第384話 ルキの神紋
俺はアンテナ部分を処理した転移門が正常に機能する事を確認し、管理している三つの転移門全てのアンテナを処理した。これで正体が分からない者からの指示を受け付けなくなったはずだ。
趙悠館に戻ると、ミリアとルキの姉妹が真剣な顔で話をしていた。
「ルキね、お姉ちゃんやオリガちゃんみちゃいに『幻獣召喚の神紋』がほしい」
「でも、ルキには早いんじゃにゃいかにゃ。もう少し大きくにゃってから決めた方がいいとお姉ちゃんは思うの」
「しょんにゃあ、ルキだけ駄目にゃんてひどい」
珍しくルキが駄々をこねた。ミリアが困ったという顔をする。
「ミコトお兄ちゃんも、早いと思うにょ」
ルキは目をうるうるさせながら、俺に尋ねた。ルキは『魔力袋の神紋』『魔力変現の神紋』の二つを授かっている。
小さなルキには十分だと思うのだが、ミリアたちが三つ目の神紋を手に入れているので、仲間外れにされたような気持ちになっているようだ。
しかし、ルキの将来を考えると我慢して貰う方が良さそうに思える。何かの神紋が必要になった時、『幻獣召喚の神紋』を手に入れた事で神紋記憶域が足りなくなっているという可能性がある。
「ミリアは『幻獣召喚の神紋』を授かった時、神紋記憶域が残り少なくなったと感じたかい?」
ミリアは首を傾げた。
「よく分からにゃいでしゅ」
『魔導眼の神紋』を持っている者は、神紋記憶域の残りを感じ取る事が可能なのだが、所有していないミリアには無理だったようだ。
ミリアとルキが『魔力袋の神紋』を手に入れた頃、ずっと一緒に行動していた。吸収した魔力量も大体同じはずである。
そうすると『魔力袋の神紋』を手に入れた頃の魔粒子の吸収に影響を受ける神紋記憶域も同じようなものである可能性が高い。
その事をミリアとルキに説明し、ミリアの神紋記憶域を調べれば、ルキの神紋記憶域も予測出来ると伝える。
「どうやって、神紋記憶域を調べるのでしゅか?」
「魔導寺院に行って、どんな神紋に適性を示すか調べる事で、ある程度は判る」
ルキが俺に飛び付いて来た。
「ルキもしりゃべる」
ルキに急かされて、魔導寺院へ向かう。
魔導寺院の神紋の扉が並ぶ通路に行き、ルキとミリアが一つずつ試していく。神紋記憶域の残り量を調べるだけなので、第一階梯神紋、第二階梯神紋、第三階梯神紋のどれか一つをチェックすればいいだけなのだが、全部確認するようだ。
二人は第一階梯神紋のほとんどに適性を示す。ルキはニコニコである。第二階梯神紋も大丈夫なようだ。そして、第三階梯神紋。ミリアは『天雷嵐渦の神紋』に適性を示し、ルキは『崩岩神威の神紋』に適性を示す。
「神紋記憶域は十分に残っているようだな。ルキも同じだとすると、『幻獣召喚の神紋』を授かっていいんじゃないか」
「ミコト様が、そう言われるのなら」
「やったー!」
ルキが飛び跳ねて喜んだ。小さな身体、小さな手である。こんな小さな子供に『幻獣召喚の神紋』が必要なのだろうかという思いが浮かんだ。だが、一旦賛成してしまい、こんなに喜んでいる。
俺はグレーアウルでルキとミリアを王都へ連れて行った。魔導寺院で、ルキが『幻獣召喚の神紋』を授かる。
「そう言えば、ミリアは幾つの幻獣を召喚出来るんだっけ?」
ミリアは指折り数え始める
「<土精召喚><蜂鳥召喚><雷鳩召喚><小炎竜召喚><幻想蝶召喚><ロックゴーレム召喚>の六つでしゅ。<土精召喚>以外はカオル様に教えて貰いました」
俺は<ロックゴーレム召喚>について知らなかった。
「<ロックゴーレム召喚>だって、いつ教えて貰ったんだ?」
「この前、カオル様が来られた時でしゅ」
「どんな幻獣なんだ?」
「召喚しましょうか」
俺たちは魔導寺院の前にある広場に行き、ルキを休ませていた。周りには数人の王都住民が居る。
「こんな所で、召喚したら騒ぎになるだろ」
「大丈夫です。<ロックゴーレム召喚>は大きいのと小さいのが召喚出来ましゅ。小さい方にゃら騒ぎにはにゃりません」
俺は小さい方を召喚してくれと頼んだ。
ミリアが眼を瞑り精神を統一し、呪文を唱えた。
現れたのはルキと同じくらいの身長をした三等身のお地蔵さんだった。
「何故……お地蔵さん?」
このお地蔵さんはゆったりとした貫頭衣を着ている。
「服を着ているの、変わったゴーレムでしょ。カオル様に訊いたら、地元で昔から伝わる由緒正しいゴーレムだって」
「由緒正しい?」
お地蔵さんが動いたという昔話を聞いた覚えがある。その昔話の事を言っているのだろうか。……カオルの奴、適当な事を。
「かわいい!」
ルキがお地蔵さんに近付き抱きついた。
因みに大きい方のお地蔵さんは、身長が二メートル半ほどあるらしい。オーガとも力比べが出来るゴーレムだと言う。
『幻獣召喚の神紋』を授かったルキには、ミリアが応用魔法を教えるという。用事を済ませた俺たちは、帰ろうとしてハンターギルドの近くを通った。
「おい、見てみろよ。猫人族だぜ」
若いハンターの四人組が、こちらを指差し大声を上げた。若いと言っても、俺よりは歳上で二〇歳くらいだろう。昼間から酒を飲んでいるようだ。
「さあ、行こう」
俺は相手をせずに去る事にした。だが、四人組の一人が俺たちの前に回り込んで道を塞ぐ。
「小僧、猫人族を二人も連れて何しに来たんだ」
王都には猫人族が少ない。この都市には人間至上主義の者が大勢居て、猫人族には暮らし難い街なのだ。
「関係ないだろ。放っておいてくれ」
「チッ、生意気な」
正直、面倒臭いと思っていた俺は、相手にしたくなかった。
その態度が気に入らなかったようだ。
「待てよ」
俺の肩を掴もうとした。その手を掴み関節を極める。
「痛てててっ!」
痛みを訴える男を関節を決めたまま引きずり回し、勢いを付けて地面に投げる。ゴロゴロと転がった男はギルドの壁に当たって気絶した。
「何しやがる!」
仲間の三人が俺たちを取り囲んだ。
「俺は迷宮都市のハンターだ。王都のハンターは礼儀を知らんのか」
「五月蝿え!」
殴り掛かって来た奴の手を足で蹴り上げ、高く上がった足の踵を、そいつの鎖骨に落とす。俺としては軽く落としたつもりだったが、ヒビが入ったようだ。
男は道路に倒れ呻き声を上げる。もう一人の男はミリアに襲い掛かった。人質にでもするつもりだったのか、本気の攻撃ではない。だが、伊丹にしごかれたミリアは、反射的にカウンターの膝蹴りを男の鳩尾に叩き込んでいた。
残った一人は鳩尾を押さえながら崩れ落ちる男を唖然とした表情で見た。ルキが助走をつけて飛び上がり、そいつの股間に飛び蹴りを命中させる。
見物していた男たちが顔を顰め、唸り声を上げる。思わず飛び蹴りされた男の痛みを想像してしまったのだ。俺も思わず内股になっていた。
俺たちは王都見物もせずに、すぐさま迷宮都市へ戻った。
「ミコトお兄ちゃん、ありがちょうございましゅ」
趙悠館に戻ったルキが礼を言う。
俺は本当に嬉しそうなルキの笑顔を見て満足した。王都まで行った苦労が報われたと感じる。
「お姉ちゃんから、応用魔法をちゃんと習って覚えるんだぞ」
「うん♪」
ルキはミリアの手を取るとスキップしながら帰って行った。
転移門のアンテナ部分を処理した事は、やはり正しかったと思った。誰だか判らない奴に、転移門の制御を奪われる危険を放っておくなど出来ない。
俺にとって、日本と迷宮都市を行き来する生活こそが、手放したくない日常なのだ。
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