第382話 刺客と有識者会議

 繁華街の方へ向かう。段々と行き交う人が増えて来て、すでに酔っ払っている陽気なサラリーマンの姿も見える。


 付けて来るのは誰だろうと頭を捻りながら、何気なく薫との会話を続ける。

「そこの角にあるお寿司屋さんが美味しいの」

「へえ、楽しみだな」


 俺たちは尾行者を無視して寿司屋に入った。カウンターとテーブルが四つだけの小さな店である。俺たちはカウンターに座って、店の主人と話しながら食事を楽しんだ。

 会計を済ませ店を出る。尾行者は待っていたようだ。粘つくような視線を感じる。


「気付いているんでしょ」

 唐突に薫が話し掛けて来た。

「ああ、尾行してくる奴だろ。何者だろう」


「誘き出して、正体を突き止めない?」

「……そうするか」

 俺たちは近くを流れる川の河川敷に向かった。そこなら人気がなく他人の迷惑にはならないだろう。


 俺たちが河川敷に到着するとミトア語で話し掛けられた。

「ふん、尾行に気付かれていたか」

 姿を現したのは、顔を包帯でぐるぐる巻きにした怪しい男だった。


「何故、後を付けて来た?」

「貴様、私を忘れたとは言わさんぞ」

 俺は首を傾げた。俺の知り合いにミイラ男は居ない。


「すまん、ミイラ男の知り合いは思い出せない」

 そこに薫が口を挟んだ。

「ちょっと、この人は怪我したから包帯してるのよ。趣味で包帯を巻いている訳じゃないんだから、体型とか声に聞き覚えはないの?」


 その男はがっしりしているが、特徴のある体型とは言えなかった。声については聞いた事が有るような気もするが、頻繁に耳にしていた声ではない。


 俺は真顔になって、

「すみません。人違いじゃないですか?」

 ミイラ男が身体をブルブルと震わせ始めた。


「人違いな訳がないだろ。貴様の魔法で、こんな身体になったんだからな」

 俺は魔法と聞いて、思い出した。最近、人に向けて魔法を使ったのは、眼が細い中国人ウェンに対してだけだった。

「あんた、ウェンなのか」


 ウェンが怒りを滲ませながら答える。

「やっと、思い出したか。あの時の借りを返させて貰うぞ」

 俺はウェンが復讐に来たんだと悟った。しかし、<魔粒子凝集砲>を受けて死なないとは相当タフな奴だと感心する。


「薫、少し離れてくれ」

「大丈夫なの?」

 ウェンの目は血走り、尋常な様子ではなかった。薫もウェンから放たれる気配から相当な強者だと感じたようだ。


「負けはしないよ」

 薫は俺を気遣いながら、戦いの邪魔にならないだけ離れた。


 俺は薫に負けないと言ったが、自信はなかった。前回の戦いでは主導権を取られ、戦いは劣勢だったからだ。


 とは言え、俺も対策を考えなかった訳ではない。長期的には経験を積み、様々な武術を体験する事で対応力を身に着けようと考えている。一方、短期的には伊丹と相談し、二つの隠し玉を用意していた。


 ウェンは<魔粒子凝集砲>の爆発で重度の火傷、もしくは怪我をしたようだ。

 そのハンデも有り、この戦いは五分五分だと俺は判断した。だが、それは大きな間違いだった。俺もウェンも一つ忘れていた事があったのだ。


 俺とウェンは戦い始めた。素手での戦いである。最初は相手に魔法を使う機会を与えないように高速の攻防が繰り返された。


 だが、戦う内に魔法の存在が忘れられた。基礎能力は魔導細胞の比率が高い俺が上で、戦闘技術はウェンの方が上のようだ。

 攻防は一進一退が続き、俺とウェンは身体のあちこちから血を流しながら戦い続けた。


 両者とも体力が残り少なくなった頃、勝負を付けようと俺は隠し玉を出した。魔力を変質させる事により物質に干渉出来るようにした特殊魔力で作り上げた直径三〇センチほどの円盤『操魔盤』を俺は持っていた。


 この操魔盤はほとんど質量がないので、武器としての威力はない。だが、空中に固定する事ができ、操魔盤を足場として空中を飛ぶ事が可能だった。


 但し、操魔盤は魔力で形成されているので、魔力に敏感な者は知覚可能だった。

 俺は五芒星躯豪術を使いながら、周りに魔力をばら撒いていた。この状態なら、操魔盤がウェンに気付かれる事はないだろう。


 俺はウェンの右横に操魔盤を固定した。チャンスを窺いながら戦い、その時を待つ。

 奴が踏み込んで右の拳を突き出した。俺は躱しながら操魔盤に向けて跳ぶ、操魔盤を足場としてウェンの死角に回り込み右フックを奴の脇腹に叩き込む。


 奴は吹き飛び河川敷の草叢を転がる。そして、口から血を吐き出しながら起き上がった。

「貴様、何をした?」

 どうして死角に回り込まれたのか分からなかったようだ。


 ウェンは血を吐きながら後ろに大きく跳んだ。距離を取った奴は俺を狙って何か魔法を放とうとする。


 その時、見守っていた薫が<気槌撃>を発動した。圧縮された空気が頭上からウェンを押し潰した。ウェンは薫に倒された。


 俺は何で手を出したんだという顔をしていたようだ。薫が半眼にした目で俺を睨む。

「何、倒しちゃ駄目だったの?」

「いや、駄目じゃないけど」

 俺的にはちょっと残念だった。もう一つの隠し玉を使う機会が失われたからだ。


 俺はスマホで東條管理官に連絡しウェンの事を報告する。

 数人の警察官と一緒に現れた東條管理官は、ウェンを拘束し連れて行った。何人ものアメリカ兵を殺したウェンはアメリカに引き渡されるそうだ。

 二度とウェンと遭う事はないだろう。


 翌日、マナ研開発は転移門についての新発見を政府に伝えた。逸早く情報を掴んだ檜垣防衛大臣は、三田総理に面会を取り付けた。


「総理、マナ研開発から伝えられた情報を聞かれましたか?」

「転移門に組み込まれている受信装置の件かね。聞いたよ」

「どう思われます?」


「それなんだが、有識者を集めて意見が聞きたい」

「では、下園補佐官に命じて用意させましょう」


 数日後、俺は官邸に来ていた。マナ研開発の代表として有識者会議で意見を言う為である。

 会議場に入った俺は、某有名大学の教授やテレビでよく見る有名人が揃っているのを見て、何だか場違いな場所に来てしまったと感じた。


 本来ならマナ研開発の薫か、荒瀬主任が来る予定だったのだが、黒翼衛星プロジェクトに問題が起こったとかで二人とも黒翼衛星基地へ行ってしまった。


 それで急遽代理として俺が参加する事になったのだ。総理の招集を蹴って社内プロジェクトの方を優先させるなど薫たちも大概である。


 代わりに行ってくれと頼まれた時、薫に理由を聞いたら、有識者会議なんて退屈そうだからと言っていた。


 俺が会議室に入ると場違いな小僧が来たという視線が身体中に刺さる。三田総理が集まってくれた有識者に礼を言い、会議が始まった。


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