第375話 トドメを刺す
グレーアウルの着陸地点まで到達したが、グレーアウルの姿はなかった。恐るべき臭気は、伊丹たちの所まで到達したのだろう。飛んで逃げたのだ。
俺は止めていた呼吸を再開した。
「く、臭え!」
大分離れたと思ったが、十分ではなかったようだ。だが、地面をのた打ち回っているウェンよりはマシだった。これだけ離れても、この臭いだ。近距離で吸い込んだら俺ものた打ち回っただろう。
上空をグレーアウルが旋回しているのが見える。ホッとした瞬間、ウェンに切られた脇腹の傷が痛む。腰の魔導ポーチから魔法薬を取り出して傷口に少し掛けてから残りを飲んだ。
もう少し離れた場所で伊丹たちと合流する。俺が近付くと伊丹とクロエが鼻を摘んだ。あの臭いが鎧や身体に染み込んでいるらしい。
「ミコト殿、<洗浄>を使うのでござる」
伊丹が『魔力変現の神紋』の応用魔法である<洗浄>を使うようにアドバイスしてくれた。二度<洗浄>を発動し伊丹たちからOKを貰う。
「あの臭いは、ミコト殿の<臭気爆弾>ではなかったようでござるが?」
「デビルスカンクが戦いに巻き込まれたんです」
伊丹が嫌そうな顔をする。クロエが俺の鎧に傷が付いているのを見付ける。
「大丈夫なんですか?」
「掠り傷だ。魔法薬も飲んだから大丈夫」
伊丹が鎧を脱いで傷を見せるように言う。俺は上半身だけ裸になり、傷を見せた。
俺の身体には多くの傷がある。まだ半人前のハンターだった頃、魔物と戦い怪我した時の傷が残っているのだ。
脇腹を見ると一旦は<洗浄>で洗い流された血が、また少しだけ流れ出ている。動いた為に傷口が開いたようだ。
「ふむ、強敵だったようでござるな」
そう言って、<治癒>の魔法を掛けてくれた。
「ありがとう」
「敵はどうしたのでござる?」
「デビルスカンクの臭いでのた打ち回っていたけど、止めは差していないから回復すると思う」
「止めを刺す必要がござる」
「だけど、あそこには近付きたくない」
伊丹も同感だと頷く。
「上空から魔法で攻撃してはどうでござる」
一瞬、デビルスカンクの事が頭に
俺たちはグレーアウルに乗り込み、ウェンと戦った場所の上空に行く。そこから<魔粒子凝集砲>を撃ち込んだ。巨大な爆発が起こり、デビルスカンクの巣穴がクレーターとなって消えた。
ロバートと国友は伊丹の魔法と魔法薬の御陰で一命を取り留めたようだ。ロバートから詳しい状況を聞き、彼の部下たちを探しに行こうと俺と伊丹が提案した。
「いや、ここで危険を犯す訳にはいかない。このまま戻ってくれ」
ロバートは部下たちが生きていないと判断したようだ。俺たちは彼の判断に従った。
クロエはこの様子を見ていて、悲しそうな表情を浮かべる。ロバートが悲しみ・無念さ・怒りなどの滲み出た複雑な表情を浮かべているのに気付いたからだ。
途中何事もなくミズール大真国の米軍駐屯地に到着。ロバートと国友を降ろした俺たちは、ベニングス少将に簡単な報告をしてから迷宮都市への帰路に就いた。
迷宮都市に戻った俺は、ちょっと落ち込んでいた。ウェンとの戦いでいい所がなかったからだ。そんな俺を見て、伊丹が言う。
「ウェンという男に戦いの主導権を取られたのは、経験不足が原因でござる」
「それは仕方ない。俺は武術の訓練を始めて二、三年、向こうは二〇年以上は修行している感じだった」
魔物とは数多くの戦闘経験があるが、人間と戦った経験は少ない。伊丹や香月師範との組み手は頻繁に行っているが、その二人だけだと対応力が伸びない。
「武者修行の旅にでも出るかな」
冗談で言った言葉だった。本気で武者修行とか始めたら、薫に笑われるだろう。
「それはいい」
「いやだなあ。冗談で言ったんだけど」
「武者修行とは言い過ぎでござるが、格闘技の道場や剣術道場を見学して廻るのも、いい経験でござる」
伊丹も一〇年ほど前に各地の道場を廻って修行したそうだ。幾つか為になりそうな道場を教えて貰い、暇な時に見学に行こうかと思う。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
伊丹と一緒にクロエは日本に戻った。検査や報告書の作成を終えたクロエのスマホが鳴る。しばらく話していたクロエが通話を切り、伊丹に申し訳なさそうに告げた。
「伊丹さん、ちょっと困った事が起きました」
「何でござろう」
「伯父さんが伊丹に会いたいと言っているんです」
「貴岬大臣が?」
「そうです。今日の夕食に招待したいと言っています」
「それは困った。拙者は偉い方に会う為の服など持っておらぬのでござる」
「プライベートな食事ですから、それほどちゃんとした格好でなくといいです」
「それにしても、何の用なのでござろう?」
クロエが困ったような顔をする。
「済みません。案内人の助手になる事を伯父さんには内緒にしていたんです」
「それがバレたのでござるか?」
「はい。凄く心配しているらしくて、直属の上司にどんな仕事をさせているか説明して欲しいそうです」
伊丹はクロエを案内人助手として採用してからの事を思い出し、修行ばかりでなく業務の事も教えていた方が良かったかと反省する。
環境大臣である貴岬邸では、貴岬大臣と貴岬夫人が話をしていた。
「クロエが、上司だという男の事ばかり話していると麻理恵さんが言っていましたよ」
麻理恵というのは、クロエの母親だった。
「かなり歳上の男らしいじゃないか。身元ははっきりしているのか?」
「JTGの職員らしいから、身元は確かじゃないかしら」
「それだけじゃ確実じゃない。警察官だって犯罪を犯す世の中なのだ。私が調べさせよう」
「そんな事をして、クロエにバレたら嫌われますよ」
「可愛い姪に幸せになって欲しいだけ。嫌われる訳がない」
「まずは、会ってからですよ」
「会って、つまらない男だったら、クロエに近付けないようにしてやる」
貴岬大臣はクロエを小さい頃から自分の娘のように可愛がっていた。
伊丹は立派な屋敷を見上げ溜息を吐いた。
「さすが大臣の屋敷でござるな」
クロエと一緒に屋敷に入ると、屋敷の主人である貴岬大臣が待っていた。大臣の横には貴岬夫人がニコニコして立っている。
「案内人をしている伊丹でござる」
貴岬大臣と貴岬夫人の表情が固まった。
「伊丹さんは古武術の武芸者で、侍のような人間になりたいと思っているんです」
クロエが弁解するように言うと、貴岬大臣は鋭い視線を伊丹に向けた。
「変わり者のようだな」
「あなた、失礼ですよ」
二人の言葉に伊丹は苦笑する。
「この言葉遣いは、拙者が自由に生きようと決めた印のようなものでござる」
「ほう、自由に生きるか。羨ましい」
貴岬大臣は自由に生きると言った伊丹に期待が外れたという第一印象を持った。姪のクロエが尊敬出来る人物に出会い一緒に働きたいと言っていたと聞き、志の高い人物だと思っていたのだ。
食事が始まり、貴岬大臣を相手にクロエは異世界で体験した出来事を話した。
「伊丹さんたちは、あの大学病院と取引があるの。あそこは異世界の魔法薬を使った再生治療で有名な所でしょ?」
貴岬夫人が声を上げた。
「ちょって待て、それはR再生薬を作った病院じゃないのか」
「そうでござる。我々が材料を集め、R再生薬をその病院の医師に作って貰ったのでござる」
ヒュドラモドキの素材はミコトと薫が手に入れたが、他の材料の中には伊丹が手に入れたものも有った。貴岬大臣は内閣でも話題になったR再生薬の件を思い出し、伊丹の事を見直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます