第374話 戦ってはいけない獣

 俺たちは戻って来たロバートの姿を見て、想定外の事が起きたと判った。

「どうしたのでござる?」

 伊丹が声を掛けた途端、ロバートが崩れるように地面に座り込む。引き摺っていた国友を地面に投げ出している。


「済まん、一人だけ化物ような男が居た。追って来るかもしれん。逃げてくれ」

 俺は顔を顰める。

「部下の人たちはどうなったんです?」

 暗い表情をしたロバートが視線を落とし黙り込んだ。


 俺は<魔力感知>を発動。ロバートが来た方向を探る。膨大な魔力を持つ何者かが、こちらに向かって来るのを感じた。


 その魔力が爆発したように煌めく。俺は伊丹とクロエが立っている場所まで跳び、<遮蔽結界>を張った。その直後、赤紫に輝く紡錘形の炎の塊が雨のように俺たちを襲った。


 紫炎の雨は結界に弾かれ、俺と伊丹、クロエは無事である。だが、ロバートは腹を射抜かれ、国友は右肩と左太腿を紫炎で抉られ焼かれた。


 国友が悲鳴を上げてのた打ち回る。俺は考える余裕もなく反射的に伊丹とクロエを守るという選択をした。


 今回の依頼は制圧チームを移送するだけというものなので、依頼人の護衛は含まれていないと言い訳は出来るが、東條管理官からは失態だと言われそうだ。


「伊丹さん、二人をお願いします」

 <遮蔽結界>を解除した俺は、魔法が放たれた方へ走り出した。森に入って少し走った所で、前方から何かが高速で飛んで来た。


 俺は身体を捻り飛翔体を躱す。背後の木にガッという音がして、スローイングナイフが突き立った。

「相手の確認もせずに、殺すつもりか」


 俺はお返しとばかりに落ちている小石を拾って前方に投げる。ヒュンという風切り音を出して飛翔した小石は、背の高い雑草を切り裂きながら飛び、ガチッと音が響いた。


 小石は敵が持つ武器で弾かれたようだ。俺は絶烈鉈を抜き用心しながら進む。<魔力感知>を発動してみたが、反応が返って来なくなっていた。一度目の発動で気付かれ、何らかの対応を取られたようだ。

 俺には出来ない事だ。奴は人との戦いに慣れているのかもしれない。


 不意に左側の木の陰から人が飛び出して来た。その手に持つ偃月刀えんげつとうが、上から振り下ろされる。尋常な速さではない。


 俺は飛び退いたが、一瞬遅かった。普通の人間には見えない速さで振られた偃月刀は、俺の灼炎竜革鎧を切り裂き脇腹に浅い傷を負わせた。


「傷が浅い。いい鎧を装備しているようだな」

 日焼けした細マッチョのアジア人は、カミソリのような細い目で俺を睨み告げた。


「その得物は、特別な武器らしいな」

「ああ、竜の牙で作ったもんだ」

 こいつは強い。そう感じて気を引き締めた。俺は躯豪術を五芒星躯豪術に変え、体内の魔力を増やし始める。


 <旋風鞭>を発動しようと魔力を左手に集め始めた気配を捉え、奴が偃月刀の斬撃を放つ。足捌きだけで躱し、絶烈鉈で胴を薙ぎ払う。簡単に躱された。


 こいつは俺が魔法を発動する気配を察知し邪魔した。しかも、俺の反撃を簡単に躱し一歩踏み込み、舞うように滑らかな動きで俺の胸に肘を叩き込んで来た。胸がミシッと音を立て、身体が弾き飛ばされる。

 中国武術の中にこういう肘の使い方をする拳法が有ったような気がする。


 俺は痛みを堪えて立ち上がり。

「何者だ?」

「私はウェン。貴様は?」

「ミコトだ」


 俺は手足に魔力を送り込み高速で移動しながら攻撃を始めた。奴もスピードを上げる。『躯力強化の神紋』を持っているのだろう。


 何度か魔法を使おうとしてみたが、その度に奴に邪魔をされた。

 戦いながら絶烈鉈に魔力を流し込み絶烈刃を作り出す。絶烈鉈を両手で握り、絶烈刃を使い袈裟斬りの斬撃を放つ。


 ウェンが小さな盾のようなものを取り出す。絶烈刃が小さな盾に当たった瞬間、火花が飛び散り絶烈刃が霧散した。絶烈刃の斬撃を受け止めた盾も、相当な衝撃が有ったようでウェンの身体ごと吹き飛んだ。


「そんな馬鹿な!」

 俺は絶烈刃で切れないものはないと思っていた。だが、違ったようだ。この時、魔法を発動するチャンスだったのだが、俺はチャンスを見逃してしまった。


 俺が呆然としている間に、ウェンが<爆炎弾>の魔法を放った。<爆炎弾>は『紅炎爆火の神紋』の基本魔法である。爆炎弾が、俺の足元に着弾し爆発。


 俺は飛び退いたが、間に合わず吹き飛ばされた。

 草叢をゴロゴロと転がり起き上がると、目の前にウェンが居た。俺は相打ちを覚悟で絶烈鉈を打ち込もうとした時、ウェンの動きがピタリと止まった。


 理由は分からなかったが、俺はチャンスだと思い攻撃しようとした。

「後ろを見ろ」

 ウェンの言葉が届いた。ウェンの様子があまりにもおかしかったので、目以外の感覚でウェンを警戒しながらチラッと背後を見る。


 デビルスカンクが俺たちを睨んでいた。

 気付かない内にデビルスカンクの巣穴近くに来ていたらしい。俺は野生動物は食べる以外殺さない。特にデビルスカンクを攻撃しようとは思わない。


 デビルスカンクは死んだ瞬間に体内に溜め込んだ悪臭を発する分泌液を放出するからだ。


 この厄介な獣が不機嫌そうな唸り声を上げ始めた。ウェンがニヤリと笑い、後ろに飛びながらスローイングナイフを投擲した。俺はナイフを躱そうとして、背後にデビルスカンクが居るのに気付く。


 ウェンが狙ったのはデビルスカンクだった。

「クソ野郎!」

 俺は叫ぶと同時に絶烈鉈でナイフを叩き落とす。大きな金属音が周りに響いた。ウェンはその隙に後方に飛び距離を取っていた。背後を見るとデビルスカンクがこちらに尻を向けている。


 俺は全力で魔力を足に流し込み、最大限に増強した脚力でデビルスカンクから離れた。


 襲って来るだろう酷い臭気に備え息を止める。チラリと確認するとデビルスカンクの尻から分泌液が発射されていた。


 俺は逃げた。その背中に、ウェンが<豪炎爆火>を放つ。<豪炎爆火>は第三階梯神紋である『煉獄紫炎の神紋』の基本魔法で、<爆炎弾>の一〇倍近い爆発力を持っている。


 命の危険を感じた俺は、普段以上の集中力を発揮し<遮蔽結界>を発動するのに成功した。こんな一瞬で結界が張れたのは初めてだ。


 結界に赤紫に輝く炎玉が命中し爆ぜた。爆発エネルギーが結界を叩き、結界が揺らめく。俺は結界に魔力を注ぎ込み強化する。五芒星躯豪術で溜め込んだ魔力も使い、何とか耐えきった。


 ウェンは、隙を見せた俺に反射的に魔法を叩き込んだようだが、これは自爆だった。デビルスカンクの分泌液が爆風により周りに撒き散らかされ、ウェンの方まで飛んで行ったのだ。

 俺は結界で防いだが、ウェンは凄まじい臭気を吸い込んでしまう。


 ウェンが地面に倒れ、のた打ち回り始めた。この臭気は眼も刺激し猛烈な痛みを与えるようだ。ウェンの細い目から大量の涙、口からは呻き声が漏れている。


 俺は結界を張ったまま動けなかった。動けば地面と結界の間に隙間ができ臭気が結界の中に入りそうだったからだ。


 結界は空気も遮断しているので、長時間張ったままには出来ない。そのギリギリまで我慢し、息を止め結界を解除し走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る