第371話 ボルデル王国と制圧チーム

 薫たちが官邸に招かれた数日後。

 俺は官邸でどんな話が出たのか聞きたかったので、マナ研開発向かった。

「黒翼衛星装置について説明しただけ。特別な話は無かったけど、諸外国が黒翼衛星装置の事を兵器じゃないかと勘違いしていると言っていたのが気になるかな」


「ふーん、そうなると監視者が増えるか。……面倒臭いな。黒翼衛星基地が完成するまで放っておいてくれるとありがたいのに」

 薫が同感という顔をする。


「何で監視なんて面倒な事をするのかしら。見学したいと申し出てくれれば見学させてあげるのに」


 マナ研開発では黒翼衛星基地自体を企業機密としている訳ではない。見学の申し出が有れば見学を許可するつもりだ。但し、魔力塔や黒翼衛星装置やサーバーが置いてある部屋は部外者立入禁止となっている。


 今後、マナ研開発では実証機のテストを何度か繰り返す事になる。もちろん、最初のテストで発覚した不具合を直してからになるが、たぶん順調に進むだろう。


 テストが終われば、本番機の完成を目指す。その建設も急ピッチで進んでいる。基礎工事は終わり、工場と本格的な魔力塔の建設が始まっていた。


 翌日、JTG支部に顔を出すと、東條管理官から呼び出された。

「お呼びですか、管理官」

 東條管理官の部屋には、グレイム中佐が待っていた。


「グレイム中佐、お久しぶりです」

「ああ、今日は君に頼みが有って来たんだよ」

「何でしょう?」


「私と一緒に、ボルデル王国へ行ってくれないか?」

「ボルデル王国!」

 ちょっと驚いた。意外な国名を聞いたからだ。ボルデル王国は、ミズール大真国の西、イスタール帝国のそのまた西に有る国である。リアルワールドのバングラデシュと繋がっていると聞いた覚えが有った。


 東條管理官がグレイム中佐の依頼を説明してくれた。それによると、アメリカ軍が開発していた魔導兵器の開発者を殺し、その情報を手に入れた日本人がボルデル王国に逃げ込んだそうなのだ。


 俺の頭に疑問が浮かんだ。仮にもアメリカ軍が極秘に開発していた魔導兵器の情報なのだ。簡単に手に入るはずがない。


 研究室からUSBなどの記憶媒体を持ち出す事は禁止されているはずなので、盗み出す事は難しいだろう。

「そいつらはどうやって魔導兵器の情報を手に入れたんです?」

 グレイム中佐は苦々しい顔をすると話してくれた。


 開発者のラッセルという男は、スパイだと知らずに奴らの仲間である女と付き合うようになり、その女と一緒に誘拐されたらしい。


 そいつらは魔導兵器の情報を教えないと女を殺すと脅した。女は怯えている芝居をして、ラッセルに助けを求め、ラッセルは仕方なく情報を奴らに渡したようだ。


 ラッセルは記憶している魔導兵器の情報を奴らに教えたが、最後に抵抗したので殺されてしまう。そして、そいつらは死体を捨て逃げたらしい。


「我々は女を捕まえ白状させたが、主犯である国友信行は逃げた後だったのだよ」

 国友が逃げ込んだのが、異世界のボルデル王国にある古い砦跡である。そこに仲間と一緒に隠れているらしい。


「我々は制圧チームを送り込み、奴を捕まえるつもりでいる」

「それだったら、俺の協力なんて要らないでしょ。どうしてここに?」


 アメリカ軍の制圧チームが一人の日本人を捕まえるのに手子摺るはずがない。何か事情があるのだろうと思い、探りを入れてみた。


「その砦には、変な奴らが住み着いていて、我々も近付けなかったのだ」

 その砦にはアジア人らしい連中とボルデル王国の犯罪者が住み着いており、簡単には手が出せない状況だと言う。


 アメリカ軍が躊躇っているのは、制圧チームの装備の問題が有る為らしい。バングラデシュの転移門を使って現地に向かえば、装備を持ち込めず不慣れな武器と粗末な防具で戦う事になる。


 そこで、俺たちのグレーアウルで装備ごと制圧チームを送って欲しいと言う。

「この依頼、引き受けるつもりだが、問題ないな」

 東條管理官が俺に確認する。断る事もできたが、それで制圧チームに死傷者が出たという話になると、後悔しそうだ。


「装備と制圧チームを送るだけでいいんですよね」

「そうだ」

 過去の経験から、送るだけで済むはずがないと疑ったが、東條管理官はどんどん話を進めグレーアウルで制圧チームを送る事が決まった。


 次のミッシングタイムで迷宮都市に戻った俺は、依頼内容を伊丹に伝えた。

「ほほう、制圧チームをボルデル王国まで送るのでござるか」

「そうなんだ。送るだけでいいという話なんだけど、変な事に巻き込まれそうな気がするんだよな」


「それでは、拙者もお供致そうか?」

「でも、クロエの修行は? 一緒に連れていくの?」

 伊丹は腕を組んで考え。

「修行ばかりでは精神的にきつい。偶には、息抜きも必要でござろう」

 俺は伊丹がらしからぬ事を言ったので、ニヤッと笑う。


「クロエの事は大事にしているんだね」

「そ、そんな事はござらん」

 慌てたように否定する伊丹に、俺は生暖かい視線を送った。


 俺と伊丹、クロエの三人がグレーアウルに乗って、ボルデル王国へ行く事になった。制圧チームはミズール大真国の米軍駐屯地で拾い上げる予定になっている。


 グレーアウルに搭乗した俺たちは、ミズール大真国の米軍駐屯地を目指して飛ぶ。途中、クレボ峡谷へ進路を取る。


「ミコトさん、クレボ峡谷にはワイバーンが居るって聞いたんですけど」

 クロエの質問に、俺は頷く。

「その通り。クロエの為にワイバーンを狩る事にしたんだ」


 クロエの修行は新しい段階に入っていた。ボイストレーニングを続けた効果が出て来ており、増えた声量をコントロールしパワフルな歌い方も出来るようになっている。それにボイストレーナーの佐々木から厳しい指導を受け、ファルセットやビブラートなどの技術も進歩していた。


 次の段階は声に魔力を乗せる修行だ。

 俺が異世界に来てハンターを始めた頃、聞きかじった剣の奥義をアレンジして練習した事がある。魔力を込めた気合で相手を威圧し、その隙をついて倒すというものだ。


 日本に帰って古武術の香月師匠に確かめると、そんなものは奥義じゃないと言われた。そんな気合で隙を作るのは素人だけだと言うのだ。こうして奥義だと思っていた技は、俺の黒歴史の一部となった。


 しかし、練習した声に魔力を乗せるという技術も無駄ではなかった。その技術をクロエが必要としていたからだ。


 それは何故か。クロエは時々ゾクリと来るようなハスキーボイスを発する瞬間がある。そのハスキーボイスを調べた結果、声に魔力が乗った時にハスキーボイスが出る事が判明する。


 クロエはそのハスキーボイスを出す修行を始めたのだが、修行するには魔力量が足りないと判り、伊丹と俺に相談した。


 俺と伊丹は一緒になって検討し、今回の依頼の途中にクレボ峡谷に寄りワイバーンを倒して、クロエに大量の魔粒子を浴びて貰おうという話になったのだ。


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