第370話 日本政府とアメリカ
薫に日本独自の文明が築けるかもしれないと言われた三田総理たちは、驚いたような顔をする。その驚きの中には興奮と歓喜が少しだけ含まれていた。
「どれほどの魔粒子が収集可能な装置なのかね?」
三田総理が尋ねた。薫はどう言えば分かって貰えるか考えた。
「完成した実証機でさえ、既存の魔粒子生産工場と同等の生産量があります。本番機が完成し日本各地に黒翼衛星基地が建設されれば、アメリカのシェール石油並みの資源となる可能性があります」
薫にしては珍しく大風呂敷を広げた。
「素晴らしい!」
三田総理が顔を赤らめ興奮している。
だが、下園補佐官は冷静な顔で指摘する。
「安全面はどうなんです。あんな軌道エレベーターみたいなものを、日本に建てるなんて危険ではないのですか?」
下園補佐官は黒翼衛星の本質を理解していないようだ。
「危険はありません」
「危険がないだって、あの光る円柱に航空機が激突したら、どうするのだ?」
薫は下園補佐官が危惧している事を理解した。
「あれは実体のある物質的なものではありません。魔力に魔粒子だけを通さないような特性を与え形成した黒翼導管と呼んでいるものです」
下園補佐官は理解出来ず、顔に疑問符を着けたままだ。
薫は具体的に黒翼衛星装置を説明した。五分ほどの簡単なものだったが、三田総理たちには理解して貰えたようだ。
「実証機を作った場所は航空路から外れていますので、航空機が衝突するような事はまずありません。万が一、航空機が黒翼導管に衝突したとしても、航空機は素通りして何の支障も起こさないでしょう」
そう言って、薫が説明を締めくくる。
「物質で出来ていない装置か、不思議なものだ……ですが、この事を諸外国にどう説明すべきでしょう?」
下園補佐官は三田総理に質問した。
檜垣防衛大臣が直前に仕入れた情報を伝える。
「諸外国の中には、日本が開発した兵器ではないかと不安に思っている国も有るようです」
三田総理がやれやれという感じで溜息を吐く。
「外務省に兵器ではないと説明させよう。しかし、これだけ大掛かりな実験を行うなら、我々に知らせて欲しかった」
総理の言葉を受け、下園補佐官が、
「そうだ。何故知らせなかった。日本の企業なら、それぐらいの配慮はすべきじゃないのか」
下園補佐官の言い方に、薫はカチンと来た。
「そういう義務はないはずですが」
薫が眼に力を込め、下園補佐官を睨みながら答えると、下園補佐官が
「た、確かにそうだが、君たちの会社は国際的にも注目されている。御陰で変な疑惑を持たれたのだぞ」
薫は冷静な声で答える。
「それは深くお詫びします。私たちも黒翼衛星装置を起動すると光を発するとは思っていなかったのです」
檜垣防衛大臣が眉間にシワを寄せる。
「外部には知られずに、テストが終わるはずだったという事ですか?」
「ええ、今は何故光ったのか調査している所です。次のテストからは騒ぎは起きないはずです」
三田総理がホッとしたような顔をする。
「そうでしたか。テストの度に騒ぎが起こるとまずいと思っていたのですが、一安心というところですか」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
会食が終わり、薫たちが帰っても残った三田総理たちが話を続けていた。
「規格外の企業だと思っていましたが、今度は宇宙ですか。本当に凄いですね」
三田総理が声を上げた。
「そんな
下園補佐官が意見を言うと、三田総理は首を振る。
「いや、駄目だ。マナ研開発には、アメリカやイギリスから本社を移さないかという誘いが有ったようだ。そんな企業を締め付けるような事をすれば、本社を移すと言い出しかねない」
「まさか、そこまではしないでしょう」
「そうだろうか……あのお嬢さんならやりかねんよ。将来はイギリス初の女性首相マーガレット・サッチャーのような女傑となるんじゃないのかな」
下園補佐官は三田総理の言葉を聞いて顔を顰める。
「買い被りじゃないですか。まだ高校生ですよ」
檜垣防衛大臣が下園補佐官を見て笑う。
「先程、彼女に睨まれて冷や汗をかいておったではないか」
下園補佐官は顔を赤らめ口を閉ざした。防衛大臣が一つの提案を口にする。
「総理、マナ研開発が大量の魔粒子を供給するようになった時に備え、政府の研究機関でも利用法を研究させた方がいいのではないですか」
「それは今でも研究しておるよ」
「今は魔粒子が希少な資源であるという前提で研究しているはずです。大量の魔粒子を使った研究は行われていないのでは?」
「そうか、マナ研開発が大量の魔粒子を供給し始めると、そういう研究も必要になるのですね。検討しましょう」
その後、アメリカやイギリス、フランス、それにロシアから、黒翼衛星基地から発し衛星軌道まで到達した光は何かと問い合わせが有った。
政府は魔粒子生産工場の実証機テストで起きた不具合により発生したものだと説明する。意図的に宇宙に漂う魔粒子を収集する装置だとは伝えない。
各国政府が宇宙という言葉に敏感なのは分かっており、それを発表するのは本番機が完成してからの方がいいと判断したのだ。
正直に発表すれば、諸外国からの干渉を受け本番機の完成が遅れる可能性が有ると危惧したようだ。
だが、ほとんどの諸外国は納得しなかった。特にアメリカは国家安全保障担当補佐官を日本に送り込んだ。
国家安全保障担当補佐官のドワイト・A・アンダーソンは日本に到着すると官邸に向かった。官邸では三田総理に出迎えられ、笑顔を見せる。
「ようこそ、ミスター・アンダーソン」
挨拶もそこそこに会談が始まり、アンダーソンは詳しい説明を求めた。
「あれは日本政府が関与したものではなく、一企業であるマナ研開発が魔粒子生産工場の実証機をテストした時に発生した不具合により、発生したものなのです」
下園補佐官が説明した。下園補佐官は英語が得意であり、アメリカやイギリスから来た大物政治家との会談では通訳の代わりに臨席する事も多い。
アンダーソンは首を大きく振り、持参したアタッシュケースを開きながら。
「その説明には納得出来ない点が有ります」
アタッシュケースから一枚の写真を取り出し、三田総理たちに見せる。
その写真には、宇宙空間に展開している黒翼の姿が写っていた。暗闇の中に光る星々を背景に、巨大なパラボラアンテナを横に引っ張ったような形の微かに光る姿が確認出来る。
「これは……地上から撮影したものじゃありません」
下園補佐官が三田総理に伝えた。それを聞いて、アンダーソンが小さく頷く。
「国際宇宙ステーションに滞在している我が国の研究者が撮影したものです」
地上からは、展開した黒翼を視認出来なかったので、地上の監視者は黒翼導管の存在だけは確認したが、黒翼自体を確認していない。黒翼を確認したのは国際宇宙ステーションに滞在していた者たちだけらしい。
そして、その中で撮影までしたのは、アメリカだけだったのだ。
三田総理は同盟国であるアメリカにだけ黒翼衛星装置の本当の姿を伝えた。
「何ですと! あの装置は宇宙に漂う魔粒子を集めるものだったのですか?」
「ええ」
「安全面は大丈夫なのですか?」
「マナ研開発に問い質した結果、安全面には問題がないと判りました」
下園補佐官が薫から聞いた情報をアンダーソンに伝える。
「ふーむ、日本の魔導技術がそこまで進んでいるとは……」
「いえいえ、そこまで進んだ魔導技術を所有しているのは、マナ研開発だけです」
それを聞いたアンダーソンが、何か良からぬ事を考えているような表情を浮かべる。
「ミスター・アンダーソン、マナ研開発は日本の大事な企業です。変な誘いは困りますよ」
アンダーソンは渋々という感じで『判りました』と答えた。
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