第369話 黒翼衛星基地2
廊下に出ると外に出るドアへ向かう。IDカードでドアを開け外に出る。俺は魔力塔を見上げた。魔力塔の先端から淡い輝きを放つ円柱が宇宙へと伸びている。
「おいおい、こんなにはっきりと見えるとは思ってもみなかったぞ」
俺は呟いた後、監視者が気になり<魔力感知>を発動した。監視者の何人かは、『魔力袋の神紋』を持っているようだ。慌ただしく動いている様子が判った。
「ここが単なる魔粒子生産工場じゃないとバレたか。確実に政府から問い合わせが来るな」
俺は制御室に戻る。
「どうだった?」
薫の質問に俺は渋い顔で答える。
「はっきりと見えている」
「シミュレーションじゃ全然気にしていなかったけど……仕方ないか、問題は起こるもの。テストが重要だと言う事ね」
「対応はどうする?」
俺が尋ねると、薫と荒瀬主任もすぐには思い付かないようだ。
「対応は後日行う事にしましょう」
薫が提案し、俺と荒瀬主任は了承した。
黒翼が完全に展開されたのを確認した荒瀬主任が、技術者が座っている椅子の後ろを行ったり来たりし始める。
「荒瀬主任、落ち着いて。成功したかどうかを確認するには、もう少し時間が掛かるはずよ」
薫に言われ荒瀬主任は頷くが、歩き回るのは止めない。
「猪熊、まだ魔粒子は流れ込んで来んのか?」
「まだです」
宇宙を漂っていた魔粒子が展開された黒翼に衝突し、その中心に導かれ黒翼導管の中に流れ込む。長大な黒翼導管の中を流れ落ちた魔粒子が魔力塔に落ち、魔粒子タンクの方へと導かれ蓄えられる。
「成功です。タンクに魔粒子が流れ込んでいます」
魔粒子タンクに取り付けられている魔粒子計測器をチェックしていた猪熊が報告した。その報告を聞いた途端、技術者たちが一斉に歓声を上げる。
薫も笑顔になって成功を喜んだ。
「よし、問題点は有ったものの、概ね成功だ」
俺も喜びの声を上げた。
「いいぞ、このまま三時間稼働させるんだ」
荒瀬主任の指示が飛び、技術者たちは計器類をチェックする。
今回の実証機テストにより、予想通りの性能を発揮した黒翼衛星装置は問題点を洗い直す作業が始まった。
俺と薫がマナ研開発の本社に戻ると、総理官邸からの招待状が届いていた。昼食を食べながら話をしたいらしい。
招待状の相手は、マナ研開発の社長である三条吾郎と娘の薫だった。薫を招待した所をみるとマナ研開発を実際に動かしているのが、薫だと判っているようだ。
官邸に三条父娘を招待した日、総理の補佐官である下園は会食に参加する事になっていた。
下園補佐官はマナ研開発についての情報を纏め、この会社が尋常な企業ではないと悟る。こんな短期間に、ここまで成長するとは異常だった。
社員数こそ少ないものの、資金力は日本のトップ企業に匹敵するものがある。
「総理、マナ研開発の成長力は尋常ではありません。そこには何らかの秘密が有ると私は考えています」
三田総理はドーベルマンのように精悍な雰囲気を持つ補佐官の言葉を聞いて頷く。
「私もそう思う。だが、相手はちゃんとした企業だ。企業秘密を無理やり聞き出す訳にはいかんよ」
「ですが、日本の国益にも直結するかもしれませんよ」
「日本は法治国家だ。私に出来るのは教えてくれと頼む事くらいしかない」
マナ研開発の車が官邸に到着した。乗っているのは、薫と父親の吾郎である。吾郎は珍しくドレスを着ている薫を見る。
「そういうのって、馬子にも衣装とか言うんだっけ」
薫が頬を膨らませ、父親を睨む。
「私はビジネススーツでいいと言ったのに、父さんとお母さんがドレスにしなさいと言ったんじゃない」
「一度着飾った娘の姿を見てみたかったんだよ」
吾郎が車の中で笑う。
会食が行われる官邸の部屋で、檜垣防衛大臣と下園補佐官が待っていた。檜垣防衛大臣が下園補佐官の目を見て声を上げる。
「私まで同席する必要が有るのかね?」
「あの工場から伸びた光の円柱は、成層圏を抜け通信衛星の軌道にまで到達したのですよ。これが意味する事が分かりますか?」
檜垣防衛大臣は眉間にシワを寄せる。
「まさか、衛星破壊兵器だとでも言うのかね」
「いえ、それは違うと思いますが、安全保障にも関わる技術を開発したのではないか、と心配しているのです」
総理が現れ、すぐに三条父娘が部屋に入って来た。
挨拶を交わし、会食が始まった。
「官邸の料理はどうだね?」
総理の質問に、吾郎が、
「ええ、とても美味しいです」
「良かった。ところで、率直に訊いてもいいだろうか?」
「何でしょう?」
総理が咳払いをしてから、質問を始めた。
「マナ研開発が建設中の工場について尋ねたい」
質問の内容は、テストを行った夜に魔力塔から伸びた黒翼導管が宇宙まで到達したのが観測され、それが何なのかというものだ。
「あれは魔粒子生産装置のテストで起きた現象です」
吾郎が説明した。その説明を下園補佐官が止めた。
「ちょっと待って下さい。魔粒子の生産は地下から湧き上がる不活性魔粒子を活性化し生産するものではなかったのですか?」
下園補佐官は、地下から湧き上がる魔粒子を汲み上げ生産するはずなのに、光の円柱が天に向かって伸びたのは何故かと疑問を呈したのだ。
吾郎が娘の方へ視線を向ける。薫は父親に変わり説明を始めた。
「魔粒子は、宇宙から降り注いだものが地下に溜まり、それが地上に湧き出るのだと我々は考えています」
「それで」
下園補佐官が話を促す。
「魔粒子は元々宇宙を漂っていたものです。ならば、宇宙において収集可能なのではないかと我々は考えました」
「どうやってだね?」
「巨大な収集スクリーンを宇宙に展開し、魔粒子を捕らえようと研究を進め。我が社は成功したのです」
薫の説明が進むに連れ、壮大な話に総理や防衛大臣の顔が引き攣る。
「それは危険ではないのかね」
総理が質問を投げた。
「どういう危険です?」
「例えば、集まった魔粒子が途中で大気中に流れ出すとかしないのか」
「その可能性は低いです。仮に大気中に魔粒子が流れ出したとしても、不活性魔粒子ですので、何の問題もありません」
薫は黒翼衛星装置が安全なものであり、魔粒子を収集する画期的なシステムなのだと説明する。
下園補佐官が睨むように薫を見て。
「一つ確認したい」
「何でしょう」
薫は下園補佐官の目を見返した。
「その装置を通信衛星を破壊するような兵器に変える事は可能か?」
薫は舌打ちしたい気分になった。黒翼衛星は攻撃魔法である<光翼衛星>を改造して作り上げたものである。通信衛星を破壊するどころか大型戦闘艦さえ破壊する装置に変更可能だった。
「それは……可能かもしれません。但し、その開発には莫大な費用が必要です。我が社は開発する気はありません」
薫は否定しても疑惑は残ると判断し、可能だと答えた。但し膨大な開発資金が必要だと言えば、政府も躊躇うはずだと計算する。三田総理の顔に影が差す。
「可能なのか。その事を諸外国が知れば、騒ぎになるな」
「悪い事ばかり考えないで下さい。我が社の装置が完成すれば、『魔導文明』とも呼ぶべき日本独自の文明を築き上げる事も可能になるんですよ」
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