第368話 黒翼衛星基地

 日本に戻った俺は、薫と会い黒翼衛星プロジェクトについて打ち合わせを行った。マナ研開発にある薫の部屋で、ポテトチップをパリパリ食べながら薫の話を聞く。


「ちょっと、ポテトチップばっかり食べていないで、ちゃんと聞いてよ」

「聞いているよ。ただちょっと腹が空いているんだ」

「仕方ないわね。三日後には実証機のテストを行うのよ」


「やっと実証機のテストか。長かったような短かったような」

「こんな短期間にテストが行えるのは奇跡よ。本来なら何年も先になるはずだったんだから」

 R再生薬の販売により儲けた大金を湯水のように注ぎ込んで、テストにこぎ着けたのだ。


「それで問題になっているのは、何だい?」

「黒翼衛星基地を見張っている奴らが居るのよ」

 薫たちは黒翼衛星プロジェクトによって出来上がりつつある魔粒子生産工場を『黒翼衛星基地』と呼んでいた。


「そいつらを捕まえるか追い払えないのか?」

「無理よ。敷地内に入って来る訳じゃなくて、外から監視しているだけなんだから」


鬱陶うっとうしいな。それに何か不安になってきた」

「そうなのよ。私も不安になって」

 薫は警備員の数を増やしたが、不安感は無くならないらしい。


「何が目的なんだろう?」

「それはマナ研開発が有名になったからだと思うのよ。魔法を実現し魔粒子の販売をしている企業の動向を知りたいと思うのは、当たり前じゃないかな」


 監視しているだけなら鬱陶しいだけだが、何か企んでいるのなら問題である。

「奴らが狙うとすれば、実証研究館にある黒翼衛星装置か、黒翼衛星の研究データが蓄積されているサーバーでしょうね」


 黒翼衛星基地で働く人が増えるに従い、秘密保持が難しくなっていた。それでも最重要な黒翼衛星装置と研究データは厳重に守られており、近付ける者は限られている。


「俺たちらしい方法で、セキュリティを構築するのはどうだ?」

「それって、魔法を使ってという事?」

「ああ、神紋の中に『幻影夢の神紋』があっただろ。あれは他人の精神に干渉し幻影を見せる事も可能なんだろ?」


「ええ、でも、強靭な精神力を持つ者には、効果がないという話だけど」

「それなら、『導光術の神紋』を利用して、幻影を補強する事は出来ないか」


 『導光術の神紋』は迷宮都市にはないが、王都の魔導寺院には存在する神紋である。魔力により光を制御する事が可能で、基本魔法は望遠鏡のような効果を魔法で実現するものだ。


「黒翼衛星装置やサーバーが設置されている場所まで行く通路を迷路のようにしようか。面白くなりそう」


 俺と薫は様々な案を出し、<魔力感知>を利用したセンサーシステムも構築する事にした。但し、<魔力感知>で感知可能なのは、魔力を持つ者のみである。


 『魔力袋の神紋』を持たない人間は感知出来ない。だが、そう言う人間には『幻影夢の神紋』が発揮する精神への干渉力が大きな効果を及ぼすはずだ。


 三日後、俺と薫は黒翼衛星基地に来ていた。今日の夜、黒翼衛星装置のテストを行う予定になっている。


 荒瀬主任の姿が見えた。何だか疲れた様子の彼はテストの準備をする為に、一週間前から泊まり込んでいるらしい。


「二人共来ましたね」

 彼の様子を見た薫が気を使い。

「疲れているようね。少し休んだら」


「休んでなんかいられませんよ。最終チェックが終わっていないんです」

 薫が溜息を吐く。

「何度目の最終チェックよ。チェックは昨日終わったと報告を受けてるけど」


「天気や気温が違えば、条件が変わるんです」

「その条件はパラメータの変更で対応出来るでしょ。荒瀬主任が泊まり込んで準備していたんでしょ。自信を持って」

 薫に言われ、荒瀬主任は照れ笑いを浮かべる。


「ところで、出歯亀たちはどうしてる?」

 俺が黒翼衛星基地を監視している奴らの事を尋ねると、荒瀬主任が、

「相変わらずです。飽きもせずに見張っている」


 俺は溜息を吐いて、荒瀬主任にテストを夜に行う理由を尋ねた。

「薫さんから聞いていませんか。太陽風の影響だと思われるのですが、夜の方が魔粒子を捕獲しやすいんです」

「そうなのか」


 もう少しで午後九時になるという頃、俺と薫、それに荒瀬主任が黒翼衛星装置の制御室に入った。実証機なので精鋭五人の技術者が、黒翼衛星装置の制御と管理を行っている。


「いよいよですね、主任」

 技術者の一人が荒瀬主任に声を掛けた。

「シミュレーションでは上手くいっている。絶対に成功させるぞ」

 荒瀬主任の掛け声に、技術者たちが興奮した声で返事をする。


 九時になり、テストが始まった。技術者の一人がメインスイッチを入れ、魔力供給装置から魔力が流れ出す。


 俺が迷宮都市で開発した魔力供給装置は魔光石を動力源としていたが、日本で開発されたものは活性化魔粒子溶液を動力源としている。


 動力源ばかりでなく魔粒子を魔力に変換する原理も異なり、日本製の魔力供給装置は特殊な補助神紋が使われていた。


 魔力供給装置から流れ出した魔力は、魔力塔と呼ばれる煙突のような塔に流れ込む。その魔力塔の内側には数十の黒翼制御魔導基盤が貼り付けられていた。


 魔力は複数の黒翼制御魔導基盤に流れ込み筒状の黒翼導管を形成する。その黒翼導管は魔力塔に沿って伸び、上部の開口から宇宙へと向かって伸びる。

 夜の闇の中に薄っすらと金色に輝く黒翼導管が伸びていく。


 黒翼衛星基地の外側で監視していた者たちは、黒翼導管を見て急いでカメラを用意する。

 魔力塔の撮影を開始すると同時に、それぞれの上司に連絡を取った。その中の一人、日本政府の命令で監視していた者は、内閣情報調査室に撮影した録画データを送信。


 その録画データを分析した内閣情報調査室の分析官は、異常事態だと判断し指示に基づき内閣情報官に連絡した。連絡を受けた内閣情報官はすべての手段を使って調査するよう命じる。


 黒翼導管は対流圏を抜け成層圏に到達した。時間を掛け成層圏を抜けた黒翼導管は、通信衛星などが回っている高度まで到達すると、黒翼と呼ばれる魔粒子収集スクリーンを展開する。


 実証機なので黒翼の大きさは三キロメートルでしかない。だが、日本にある一箇所のパワースポットから一日に採取可能な魔粒子と同等の量を一晩で収集する能力を持っている。


 制御室に警備員の一人が入って来た。

「荒瀬主任、塔から光るものが天に向かって伸びています。これは今日のテストの結果なんですか?」


「何……はっきりと目視出来るのか?」

「ええ」

 荒瀬主任と薫が顔を見合わせる。


「それはまずいんじゃない」

 薫の呟きを聞いた俺は立ち上がる。

「俺が確認して来る」


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