第364話 クロエのマネージャー
国際会議が終わってからも数日間、俺は韓国観光を楽しんだ。
その後、帰国したのだが、東條管理官からは『一人だけ観光を楽しんだようで、良かったな』と皮肉を言われた。
俺は、東條管理官に中国の案内人チェンと争いとなった事を報告した。
「チェンか、噂は聞いている。『竜の洗礼』を受けた男だそうだな」
「ええ、魔法を使っていましたから、そうなんじゃないですか」
俺がどうでもいいような口調で答えたので、東條管理官が目を細める。
「大した奴じゃなかったのか?」
「韓国の案内人から聞いたんですけど」
ビョンハから聞いたチェンの話を東條管理官に伝えた。
「何故、中国はそれほど『竜の洗礼』を受けた者を欲しがるのか。大国の意地、それとも他に目的が有るのだろうか?」
「俺には分かりませんよ。それより、他国の政府が同じ事を始めないかが心配です」
「日本は政府の管轄で人命が失われる事が嫌いな国だ。それはないだろ」
「日本はそうかも知れないけど、アメリカは魔導兵器を完成させ、その威力で竜を殺そうと考えるかもしれないですよ」
東條管理官は少し躊躇うような様子を見せる。
「その可能性は有るかもしれん。だが、魔導兵器の威力も不明なのに心配しても仕方ないだろ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
魔導兵器を開発している沖縄米軍基地では、魔導技術の第一人者であるラッセルが上機嫌で宿舎を出た。
最近、沖縄の旅行会社で働いている女性と知り合い、付き合うようになっていたのだ。待ち合わせている喫茶店で彼女の顔を見付けたラッセルは幸せそうな表情を浮かべる。
「ごめん、待たせたかい」
「いいえ、私も来たばかりよ」
ラッセルは語学に関して天才的な才能を持ち日本語も堪能で、二人の間では言葉の不自由はなかった。
「今日は何処へ行く?」
ラッセルが尋ねるとリサが。
「ラッセルは水族館に行った事がなかったでしょ。一緒に行きましょうか」
「いいね」
ラッセルは自分の事より、相手を気遣う彼女がますます好きになった。二人は水族館でデートをした後、洒落たレストランで食事をする。ラッセルにとって本当に楽しい時間だった。
ラッセルがリサを送って、彼女のマンションまで行く。
「コーヒーでも淹れるから、上がって」
幸せそうな顔のラッセルが、リサと一緒にマンションに入ろうとした時、物陰から二つの人影が飛び出した。
無言のまま人影はラッセルとリサに襲い掛かり拘束すると、マンションの表に停めてある車に押し込めた。次の瞬間、ラッセルは刺激的な臭いのするものを鼻に押し当てられ気が遠くなる。
ラッセルは痺れるような痛みで目を覚ました。知らない天井が見える。何かを言おうとして、自分が手足を縛られ冷たい床に座っているのに気付いた。
「目を覚ましたようだな」
スカーフみたいなもので目以外を隠した男が傍に居た。日本語を喋った事から考え、相手は日本人のようだ。
「な、何が目的だ?」
「お前たちが開発している魔導兵器の情報が欲しい」
「私を人質にしても、アメリカは魔導兵器の情報を渡さないぞ」
「あんたを人質にだって、……違う。人質は彼女さ」
誘拐犯がドアと反対側に視線を向けた。ラッセルも視線を向けるとリサが縛られ、床に倒れていた。ラッセルは顔を青褪めさせる。
ラッセルが行方不明になったのに気付いたアメリカ軍は、沖縄警察にも協力を仰ぎ捜索した。そして、一週間後。その死体が沖縄の海で見付かった時、魔導兵器を開発していたチームは大騒ぎとなる。
魔導兵器の開発者であるラッセルの事件は、日本政府にも報告された。
本気になったアメリカは、ラッセルが付き合っていた女性が居る事を突き止め、それが実在する女性ではなかった事を知る。
グレイム中佐は調査チームを指揮してラッセル殺人事件の真相を調べ上げた。そして、日本人の国友信行が関係しているらしい事を突き止める。
だが、それを突き止めた時、国友もアメリカの捜査が自分にまで到達した事を知り、何もかも捨てラッセルから聞き出した魔導兵器の情報と溜め込んだ金だけを持って国外へ逃亡した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺がJTG支部でスケジュール表を書いている時、支部の事務員から来客があると連絡を受けた。何事かと思い、一階にある応接室へ行くと見知らぬ男が待っていた。
「ミコトです。あなたは?」
「初めまして、クロエのマネージャーをしていた前田といいます」
「ああ、クロエの。どうしてここに?」
「彼女がここで働いているというのは本当ですか?」
部外者で、クロエが案内人助手になったのを知っているのは、クロエの両親だけである。前田は両親から教えられ、ここに来た事になる。
「クロエのご両親から聞いたのですか?」
「そうです」
俺は前田と名乗った男の様子を観察した。真面目そうな男である。
「クロエは仕事で出張しています。どういうご用件でしょうか?」
前田は俺を観察するように見詰める。
「……クロエの上司の方だと聞いたのですが」
クロエより年下の高校生みたいな奴が出て来て、クロエの上司だと言っても信用出来ないのは理解していた。
「クロエの直属上司は伊丹という者なんですが、私は伊丹の同僚になります」
「そうなんですか……実はクロエが所属していた事務所を、私も退職する事になり、最後にクロエに済まなかったと謝りたくて来たんです」
俺は前田から事情を聞き、マネージャーとしての前田はクロエと仲が悪かった訳ではなかったのだと判った。結局、事務所の社長がクロエを見限った事が原因なのだ。
何故、前田も辞める事になったか尋ねると、社長と意見が合わず辞めさせられたようだ。俺は前田という男が使えると直感した。
クロエは心に傷を負い一時的に人の前で歌えなくなっただけだ。心の傷が癒えれば、歌いたくなる日が来るだろう。その時の為に用意しておこうと思った。
「これから、どうするんです?」
「自分で事務所を立ち上げようとも考えたんですが、資金の問題で断念しました。田舎に帰って家業の豆腐屋でも手伝います」
「これまでのキャリアがもったいない。どうです、資金を出しますので新しい事務所を立ち上げてみませんか?」
前田が苦笑した。
「大金が必要なんですよ」
そんな大金を出せるはずがないと思われたようだ。
「当座は五〇〇〇万円ほど有れば大丈夫ですか?」
前田が息を呑み、まじまじと俺を見詰める。
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