第363話 中国案内人の実力2

「何だ?」

 その変化に気付いた者が声を上げる。

 銀色に輝く金属の糸は綿飴のように複雑に絡み合い、銀色の雲を作り上げた。次に残りの二本が形をなくして溶け一つの小さな玉となる。


 銀色の雲に乗った玉から、双葉のようなものが出て成長を始めた。双葉は伸びて茎になり二枚の薄い葉が形成され、次に蕾が茎の先端に現れた。


 宴会場がざわっとした騒ぎが起きる。

「これは、どういう魔法なんだ?」

「日本の案内人も、竜殺しだったな」


 蕾が開き花へと変化する。薄い花びらの一枚一枚が形成され銀色の薔薇となった。銀色の雲から生える薔薇の花が完成する。


「素晴らしい!」

 神代理事長が一番に歓声を上げた。次の瞬間、宴会場に拍手が巻き起こる。俺の宴会芸は成功したようだ。


 その後、アジア各国の代表が俺の前に現れ、宴会芸を褒め称えた。神代理事長は自分の事のように喜ぶ。


 俺が褒め称えられている間、チェンが忌々しそうな顔でこちらを見ているのが気に掛かった。それだけではない。クワン会長も不機嫌そうな顔になった。


 神代理事長が俺の横に来て説明した。今回の余興はチェンの魔法を見せて、中国の案内人が最強である事を見せつけ、アジアでの主導権を握るつもりだったらしい。


 俺も魔法が使える事を知っていたが、余興では使わないと思っていたようだ。日本人の気質なら、誇示するような真似はせず、控えめな特技でも見せるのだろうと考えていたんじゃないかという。


 翌日、俺はソウルを観光して回ろうと決め、神代理事長の了解を取る。

「韓国語は大丈夫なのかね?」

「少しだけなら話せるようになりました。それにビョンハが案内してくれるそうです」

「それじゃあ安心だ」


 俺とビョンハはソウル観光へ出発した。まずは朝鮮王朝の正宮として約六〇〇年の歴史がある景福宮キョンボックンへ行き見物。次は明洞ミョンドンへ行き食事を楽しんだ。


 昼食を終え買い物でもしようかとぶらぶらしている時、偶然にもチェンとクワン会長に遭遇した。

「クワン会長、買い物ですか?」


 ビョンハが声を掛けると、クワン会長が答える前にチェンが、

「どうでもいいだろ。そこの日本人、いい気になるなよ。案内人に必要なのは余興の技量じゃなく、戦闘の技量なんだからな」


 チェンの言っている事は間違いではないが、戦闘でも負けるとは思えなかった。クワン会長は顔を顰める。

「済まんね、ミコト君。チェンが納得していないようなんだ」

 謝りながらも目が笑っている。


 それを聞いたビョンハがニヤリと笑う。

「それなら試合をしてみればいい」

 楽しく観光しているのに、余計な事を言うなよと思ったが、チェンがその気になってしまった。


「この辺には詳しいんだろ。試合が出来る場所を教えろ」

「それなら、我々の本部が近くに在る。そこの道場を使えばいい」

「よし、行くぞ」


 勝手に話が進んでいるので、ちょっとむかつく。

「ちょっと待て、俺は試合をするとは言っていないぞ」

「怖気付いたのか?」


 チェンの言葉に腹が立った。安っぽい挑発だと判っているが、今回は乗る事にした。俺は何人かの外国人と知り合って、分かった事がある。


 こちらが一歩引いた大人の対応をすると、外国人は恐れているんだと思い、もう一歩踏み込んで来る。結局、こちらが損をするだけなのだ。道場破りと同じで実力を見せ付けるのが一番なのである。


 ビョンハが案内した韓国転移門管理組織の本部は、JTG本部よりも大きなビルだった。入り口で手続きをして中に入ると道場へ向かう。


 道場では数人の男たちが格闘技の訓練をしていた。ビョンハが声を掛けると練習が中止され、男たちが道場の隅に寄る。


「ビョンハ、何だか嬉しそうだけど」

「ミコトの実力が見れると思うとワクワクするんだ」

 野次馬根性全開のビョンハは本当に楽しそうだ。


「さて、どういうルールにする?」

 ビョンハが俺とチェンに聞いた。ルールは急所攻撃と攻撃魔法が無しとなる。攻撃魔法以外と言うと<躯力増強>などの身体能力を上げる魔法は使っても良いという事だ。


 チェンの身長は一八〇を少し超えたくらいで、体格はガッシリとしている。体格だけで言えばチェンが圧倒的に有利だろう。


 だが、チェンから漏れ出る魔力の感じからすると、それほど脅威とは思えない。漏れ出る魔力を抑えている可能性も有るが、存在感が軽い感じがする。


 クワン会長の合図で試合が始まった。チェンは<躯力増強>の魔法を発動。同時に俺も躯豪術を使う。


 お互いが時計回りに回りながら相手の隙を窺う。チェンの動きからすると中国武術を習得しているようだ。俺は中国武術には詳しくないが、本当の達人は凄いと伊丹から聞いている。


 チェンが常人離れした脚力で床を蹴り、俺に向かって来た。確かに速いが、伊丹に比べると動きに鋭さがない。

 チェンの中段突きを右手で払う。ヘビー級ボクサー並みの力強い突きである。


 中段突きを払われたチェンは、そのまま肩で体当りして来た。俺も左肩を出して受け止める。だが、体重の軽い俺の方が弾き飛ばされた。


 中国代表に選ばれただけあり、チェンの戦闘センスは一流のようだ。但し一流止まりで達人の域には達していない。


 俺は着地と同時に、魔力を両足に流し込み高速移動する。チェンの右脇に踏み込みミドルーキックを放った。ミドルーキックを受けたチェンは顔を歪め、呻き声を上げる。


 チェンがダメージを受けていない足で後ろに飛び退く。追撃する俺に、チェンが回転しながらバックハンドブローを放つ。


 一旦引いた俺を、今度はチェンが追撃する。中国武術独特の切れ目のない連続攻撃が俺に襲い掛かった。一発一発はそれほど威力がないのだが、反撃する暇を与えない攻撃だ。


 その連続攻撃を見て、クワン会長が応援の声を張り上げる。

「ミコト、どうした。反撃しろ」

 ビョンハの声が聞こえた。


 俺は冷静に連続攻撃を捌き、ほとんどダメージを負っていない。それが判っているチェンの顔色は冴えない。


 チェンの攻撃はヘビー級ボクサー並みに強烈だが、耐えられないほどじゃない。

「ふん」

 俺は気合を発し、相打ち覚悟でカウンターの掌底を繰り出す。足が床を蹴り、その反動を腰・胸・肩・腕の順番で増幅しながら伝え、掌を相手の胸に減り込ませた。


 チェンの拳も俺の頬に命中したが、首をくるりと回し衝撃を逃がす。俺の手に骨が砕ける感触があり、チェンが吹き飛んだ。チェンの身体が道場の壁まで飛び、凄まじい音を立てる。


 興奮している俺は追撃を開始する。壁に叩き付けられたチェンの身体が、床に落ちない間に飛び込んで止めを刺そうとする。


 ビョンハが間に飛び込んで来た。

「ストップ、止めろ!」

 俺は不機嫌な顔になる。


「何故、止めるんだ?」

「勝負は着いた。君の勝ちだ」

 ビョンハとクワン会長は、恐怖を覚え顔を青褪めさせていた。クワン会長が独り言のように告げる。


「日本人は温厚な民族に変わったと思っていたが、身体の底には侍だった頃の血が残っているのだな」


 この事で中国が主導権を握るという流れは止められたようだ。しかし、俺の先祖は百姓である。戦国時代には足軽として駆り出された者も居たかも知れないが、武士の先祖は存在しないはずだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る