第362話 中国案内人の実力
クワン会長のやり方は巧妙だった。俺が返事をする前に、俺とチェンだけの話を会議に出席した案内人全員に広げたのだ。
会議の出席者たちに根回しして、案内人全員が余興を見せるという事を決めたのである。初めから俺の意見など聞く気はなかったようだ。
クワン会長は余興だと言ったが、各国案内人の実力を知りたいのではないかと俺は思った。クワン会長がチェンと呼んでいた案内人は中国の代表という割には、感情の制御も出来ない半端な感じがする。
なのに代表に選ばれているのは、何か取り柄が有るからだろう。余興は会議が終わり、夕方からの親睦会の席でという事になった。
昼からの会議では、魔導細胞を手に入れた犯罪者の急増が議題となる。
異世界への旅行者の中には、『魔力袋の神紋』を手に入れスポーツ選手を超える運動能力を持つに至った者が大勢居る。
その中にはリアルワールドに戻って犯罪を犯す者も出て来た。神紋を手に入れ常人以上の力を身に備えた者が、魔物や野生動物を狩る体験をして、自分が特別な存在になったと勘違いを起こすようになったのだ。
しかも、マフィアなどの暗黒街の住人が、身元を偽り異世界で神紋を手に入れるようになり、各国でも問題になっていた。
JTGでも身元調査に力を入れるようになったが、完全な調査を行うには人員が足りず、提出された身分証明書を元に警察のシステムに身元照会をして犯罪歴でなければ、承認されるようになっている。
そうなると偽造の身分証明書を作って別人になりすまして行こうとする者も現れ、JTGの中でも問題になっていた。
韓国の転移門関連の組織を代表するダルソン総長が、その問題について話し始める。そういう犯罪者と犯罪者予備軍を、韓国では『紋強黒』と呼んでいるそうだ。
先日、その紋強黒の一人が事件を起こした。麻薬取引があるという情報を掴んだソウル警察が取引現場に乗り込み麻薬の売人たちを逮捕しようとした時、一人だけずば抜けた身体能力を持つ者が居て、アッという間に警官たちを倒し逃げ出したらしい。
「この事件により三人の警官が重傷を負い四人が死にました。強い危機感を感じた政府の中には、転移門の使用を政府が許可した者だけに制限しようと主張する政治家も出ています」
ダルソン総長の言葉に、クワン会長が反論する。
「無駄な事だ。発展途上国の中には、金さえ出せば転移門を使えるようにしている国もある」
それは事実だった。麻薬と同じで、外貨を稼ぐ為に転移門を利用するのは、貧しい国では当たり前の事なのだ。
「そんな国には、経済制裁を加えるべきだ」
ダルソン総長は吠えるように声を上げた。
韓国以外のアジア諸国の代表は難しい顔をする。経済制裁を加えられた国は抗議の声を上げ、中にはテロを考える国もあるだろう。
ダルソン総長の強硬な意見は、他国には受けいられなかった。
会議が終わる頃には、俺は疲れを感じ始めていた。国際会議には独特の緊張感があり、精神的に疲れるのだ。こんな事なら魔物がうようよ居るような樹海を歩いている方が楽だと感じる。
「ふうっ、やっと終わった」
神代理事長が苦笑する。
「大丈夫なのかね。この後の親睦会で、何か披露しなければならんのだろう?」
俺は思いっきり顔を顰めた。
「忘れてました。何を披露すればいいか」
親睦会が始まる前に韓国の案内人ビョンハと一緒になった。
「親睦会で何をやるか決まったのかい?」
俺は決めていないとビョンハに話す。
「出来れば魔法を見せてくれると嬉しいんだけど」
ビョンハは、俺がリアルワールドで魔法を使えると知っているようだ。何故……?
俺の顔を見て、ビョンハがニコリとする。
「会議に参加している案内人については、調べたんだよ。この中で『竜の洗礼』を受けているのは、君とチェンだけなんだ」
アメリカの情報機関が調査した竜殺しのリストが有るらしい。韓国はどういう方法で手に入れたのか知らないが、アジアの案内人についてのリストを所有しているらしい。ビョンハは幹部から、俺とチェンだけが竜殺しだと聞いたという。
アメリカめ、余計な事を……。
チェンも『竜の洗礼』を受けていると聞いて違和感を覚えた。『竜の洗礼』を受けた者には何人か会っている。その全員が一癖も二癖もあるような人物だった。しかし、チェンはそこまでの人物だという印象を受けなかったからだ。
「チェンが竜殺しだって?」
「いや、彼が竜殺しだとは言っていないよ」
ビョンハが矛盾するような事を言った。その言葉で、俺はピンと来た。チェンは、他の誰かが倒した竜から放出した魔粒子を吸収しただけなのだ。
ビョンハの情報によると、中国では百数十人の集団で竜の狩りをしているそうだ。
「人数だけ増やしても、犠牲者が多くなるだけじゃないのか」
ビョンハが頷く。
「そうなんだ。実際に竜を殺せるだけの魔法を所有しているのは数人で、他は竜の周りを逃げ回って、竜の攻撃を分散させる役目を果たしているんだ」
俺は酷い話だと思った。それでは凄い数の犠牲者が出るはずだ。
「チェンは運良く生き残った一人だという訳か」
「ああ、チェンは生き残って『竜の洗礼』を受けたんだ。そういう幸運な連中はエリートとして、いい待遇を受けるそうだよ」
竜の攻撃を躱し逃げ切るだけと言っても、それなりの実力がないと無理である。チェンは第二階梯神紋くらいは手に入れているはずだ。
その事実を考えると、大勢の人間が地球で魔法を使えるようになったという事だ。それに俺が竜殺しだという事は関係者の間では広まっているらしい。
ホテルの二階宴会場で親睦会が始まり、酒の入った出席者からは陽気な声が上がるようになった。クワン会長がマイクを握り、親睦会の余興として案内人が特技を披露すると告げる。
そうすると、少し酔った出席者が拍手する。案内人たちは迷惑そうな顔をした。最初に、インドの案内人がナイフ投げの妙技を披露した。
もちろん、ただのナイフ投げではなく、常人なら見えないような速さで五本のナイフを投げたのだ。ビョンハは剣舞を披露した。凄まじ速さで繰り出される剣の舞は、見ている者を圧倒する。
そして、チェンの番となった。
チェンが胸を張り壇上に上がる。宴会場の一部に一段高くなった場所があり、そこに立ったチェンは両手を前に突き出し精神を集中させているように見える。
次の瞬間、空気が動くのを感じた。
チェンの前方に空気が集まり渦を巻き始めた。その空気の動きはチェンの服が波打つ様子や床から吸い上げた砂埃が蛍光灯の光を反射して白い煙のように見える事で確認出来る。
宴会場の人々の中から感嘆の声が上がる。
「魔法だ!」
「噂通り、あの案内人は竜殺しだったのか」
ざわざわとする宴会場で小さな竜巻に成長した風の渦巻きが、チェンの周囲をぐるりと回った。
「やるじゃないか。中国の魔導研究があそこまで進んでいるとは知らなかった」
俺が感心していると、横に座っている神代理事長が腑に落ちないという顔をする。
「大した魔法ではないように思えるが」
「そうです。あれは攻撃魔法でも防御魔法でもありません。言うなれば宴会芸なんです」
「宴会芸だって?」
「そうです。誰かが宴会芸用に作った魔法。それだけ中国の魔導研究に余裕があると言う事です」
「なるほど、宴会芸か。君はどうするのかね?」
「向こうが宴会芸で来るのなら、こちらも宴会芸で迎え撃たねばならんでしょう」
俺の返事を聞いた神代理事長が微妙な表情を浮かべた。
盛大な拍手を浴びて壇上から降りるチェンが、こちらをドヤ顔で見た。
「次はお前の番だ。何を見せてくれるんだ?」
「宴会芸を見せるつもりだ」
「宴会芸だと……馬鹿にしているのか」
チェンにとって、あれは宴会芸ではなかったようだ。
俺の番になったので壇上に向かう。披露する宴会芸は決めていた。前に炎の宴会芸1号を伊丹と一緒にやった事がある。趙悠館の皆には受けたのだが、周りの住民を驚かしたようだ。
俺は宴会芸2号を開発していた。
「日本の竜殺しは何を見せてくれるんだ?」
クワン会長が声を上げる。中国も俺が竜殺しだと知っているようだ。それなら隠す必要もない。
「宴会用に開発した魔法を披露したいと思います」
俺は『錬法変現の神紋』の<精密形成>を発動した。右手で食事に使うスプーン三本を持って差し出す。
「おいおい、まさかスプーン曲げじゃないだろうな」
チェンが揶揄するように声を上げる。俺は答えず集中する。三本のスプーンの内の一本が変形を始めた。スプーンの先端から蜘蛛の糸のような細い金属の糸が伸び始めたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます