第359話 オークの魔法(2)
それを見たヴォラゲムが胸の前で手印を結ぶ。今度は胸から魔力が放出された。意表を突かれ奇妙な魔力が近付くまで対応が遅れる。
奇妙な魔力は俺の目の前まで迫っている。絶烈刃で魔力を払った。絶烈刃が当たった部分だけ奇妙な魔力は削ぎ落とされるが、残りはそのまま俺に命中した。
その瞬間、重力が何倍にもなったように身体が重くなる。
ヴォラゲムがニヤリと笑ったように見えた。しくじったという思いが湧き起こり、俺の集中力が途切れる。
魔法が俺に命中したと知った他のオークたちも、俺に剣や槍を向ける。
「非常にまずい状況……」
俺は<遮蔽結界>を発動しようとして、魔力制御が上手くいかないのに気付いた。
「ま、魔法も駄目なのか」
久しぶりに命の危険を感じ始めた。
槍を持ったオークが体当りするように突っ込んで来る。躱そうとして足に力を込めた。ところが身体の重さが半端じゃないと分かる。まるで相撲取りを背負って戦っているような感じだ。
ぎりぎりで躱した。
俺は躯豪術を五芒星躯豪術に変化させ、体内を流れる魔力量を無理やり増やす。魔法を発動させるほどの魔力制御は無理だが、魔力の流れを制御する事は可能だった。
別のオークが剣で攻撃して来た。真上から振り下ろされた剣を、一歩踏み込んで身体を捻るだけの最小限の動きで躱し、絶烈鉈をオークの首に滑り込ませる。
オークの首が刎ね飛んだ。
ヴォラゲムが放つ怒りの叫びが耳に響く。
俺が絶烈鉈をヴォラゲムに向けたと同時に、ヴォラゲムがまたも魔力を放出した。今度は左手からである。
近くで見ていたので、呪文を詠唱していないのが判った。『竜の洗礼』を受けているのかと思ったが、何か違う感じがする。
放出した魔力は周りの大気を呑み込みながら渦を巻き巨大なドリルとなって向かって来た。
五芒星躯豪術で増やした魔力を無理やり足に送り込み脚力を増大させ横に飛ぶ。巨大なドリルは俺の脇腹を掠めて飛び去った。
ヴォラゲムの魔法は背後にあるエヴァソン遺跡の門に当り鋼鉄製の蝶番を破壊し吹き飛ばす。
「畜生、迷宮都市で作って貰った特注品だったのに」
ヴォラゲムが次の魔法を準備している。
予備の武器である邪爪鉈を魔導ポーチから取り出し、ヴォラゲムに向かって投げた。ヴォラゲムには命中しなかったが、魔法を中断させるのに成功する。
魔導ポーチに触った事で、ある武器を思い出した。急いで魔導ポーチから引っ張り出す。出したのはパチンコだ。
鉛玉をセットし魔力を流し込みながら魔導ゴムを引っ張る。ヴォラゲムの頭に狙いを向け鉛玉を放つ。
狙い通り、鉛玉はヴォラゲムの頭に命中。皮膚を抉り頭蓋骨に当たって止まった。かなりの衝撃を受けたようだが、致命傷には程遠い。
「頭が駄目なら、首はどうだ!」
俺は次の鉛玉を奴の首目掛けて放ち命中させた。首に当った鉛玉は皮膚を突き破り太い血管を破壊した。首から大量の血が吹き出しヴォラゲムの動きが止まる。
リーダーであるヴォラゲムが倒れると、追放オークたちは脆かった。半数以上が虎人族と犬人族に倒され、残りは逃げるという選択肢を選んだ。
戦いが終わり、俺は負傷者の手当てを命じ、持っていた治癒系魔法薬の全てを渡した。負傷者が遺跡の内部に運ばれた後、ヴォラゲムの死骸に歩み寄る。
ヴォラゲムの鎧を脱がせ体を調べた。茶色の剛毛の下にある皮膚は薄い青色で、胸の部分にタトゥーが刻まれているのを発見する。
「何だ、このタトゥーは?」
他の部分を調べると、背中、両腕、両足にもタトゥーが存在した。細かく調べると、そのタトゥーは神意文字と回路図のようなもので構成されており、アメリカが神意回路図と呼んでいるものに似ていた。
「これはJTGに報告しないとまずいな」
オークの魔法については、アメリカを筆頭にオーク帝国に戦いを挑もうとしている国が必要としている情報だと思ったのだ。
後片付けをしている頃、伊丹が駆け付けた。
「終わったようでござるな」
「逃したオークも居たんですが、再び襲って来るような事はないと思う。それよりオークのリーダーが魔法を使ったんだ」
「ほう、どのような魔法でござるか?」
俺は伊丹にヴォラゲムが使った魔法について説明した。
「ふむ、厄介な魔法でござるな。オークと戦う時は気を付けねば」
ムジェックが傍に来た。
「お話中申し訳ありません。伊丹様、傷を負った者が居るので治療をお願いできませんか」
虎人族から二名の死者と多くの負傷者、犬人族からも数名の負傷者が出ている。渡した魔法薬では足りなかったようだ。
「おお。これは失念しておった。すぐに治療しよう」
伊丹が治療に行ってしまった。俺は深い溜息を吐き、今回の戦いで死者が出てしまった事に意識が向く。
「虎人族には、もう少し気を付けるべきだったな。ここまで脳筋が揃っているとは思わなかった」
指揮官としての訓練も勉強も何もしていないのだから、仕方ないと割り切れれば簡単なのだが、指揮下の者が死ぬという現実に直面すると心の中に冷たい氷が出来たかのような気分になる。
翌日、葬儀の手伝いにアカネとクロエが来た。代わりに伊丹が趙悠館に戻る。趙悠館には病院からの患者がおり、今日から治療を開始する予定になっていたのだ。
虎人族の葬儀は日本人から見ると奇妙なものだった。
椅子に死者を座らせ、その前で参列者が虎人族独特の踊りを踊るのだ。その横では、数人の男が丸太を木の棒で叩いてリズムを刻んでいる。
死者の親族は涙を見せながら踊り、死者に別れを告げるらしい。
クロエは虎人族の葬儀の様子をジッと見詰めていた。親族が涙を浮かべながら踊る時は、クロエ自身も涙を浮かべる。感受性が鋭く繊細な精神を持っているのだろう。
それ故に、マネージャーの死を見て精神的に傷付いたのだろうが、感受性が鋭く繊細な精神を持つという事は、アーティストとして悪い事ではない。
「クロエ、こっちの料理を配って頂戴」
アカネがクロエを呼んだ。クロエは返事をして、アカネが作った根菜と豚肉のごった煮を虎人族に配り始める。
異世界に来てから、様々な経験をしたクロエだが、今回の葬儀は特別な経験になるだろう。
虎人族は騒ぎながらも祈りを捧げるような顔をしていて、この儀式が神聖なものなのだというのを俺たちは感じたのだ。
葬儀が終わった後、エヴァソン遺跡に平穏な日々が戻った。俺は報告の為に日本へ戻る事にした。
三日後のミッシングタイムに日本へ戻った俺は、エヴァソン遺跡については報告せず、オークたちと戦う事になり、その中の一体が魔法を使ったという報告書を書き上げた。
その報告書は、JTGの上層部や自衛隊、アメリカ軍の注意を引いたらしく。詳細な報告を聞きたいと言って、JTG本部に呼ばれ事情聴取を受ける事になった。
オブザーバーとして参加する自衛隊とアメリカ軍の将校が来ていた。本当のところ、情報が欲しかったのは自衛隊とアメリカ軍のようだ。
俺はオークの皮膚に刻まれていたタトゥーについても詳細に説明した。それを聞いた軍関係者がもの凄く興奮し騒ぎ始めたので、事情聴取が長引いてしまう。
「勘弁してくれよ」
俺の呟きは誰も聞いていなかった。
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