第358話 オークの魔法

 エヴァソン遺跡に戻った俺は、犬人族の長ムジェックと虎人族の族長サーディンを呼び偵察で分かった情報を知らせる。


「オークの数だが、六〇ほど。その中のリーダーらしいオークが魔法を使うのを見た」

「魔法でございますか。それは厄介な」

 ムジェックが眉間にシワを寄せる。


 犬人族はあまり魔法が得意ではない。『魔力発移の神紋』を授かり、その神紋を元にした応用魔法を多くの者が使うようになったが、それ以外の第二階梯神紋に適正を示す者は少なかった。


 一方、虎人族はほとんどの者が『魔力袋の神紋』を授かったばかりで、他の神紋を手に入れていなかった。例外はサーディンだけで、『魔力発移の神紋』を授かり訓練しているらしい。


 ムジェックは顔に出さないようにとしているようだが、少しだけ不安が顔に出ていた。

「魔法を使うオークは、俺が相手をする」

「ですが、ミコト様は忙しいのではないですか?」


 俺が忙しく飛び回っているのを知っているムジェックは、いつまでもエヴァソン遺跡に滞在出来ないと判っている。


「そこで相談なんだが、二日待って襲って来ないようなら、こちらから仕掛けようと思う」

「大丈夫でしょうか。ここなら防壁で守られていますが、向こうへ遠征する事になりますと……」

 敵地での戦いは不利だとムジェックは言いたいのだろう。


 不安そうにしているムジェックとは反対に、サーディンは戦意を漲らせ。

「儂は何処で戦おうと構わん。叩きのめしてやる」


 虎人族とオークは体格的に同等だろう。但しサーディンだけは一回り大きい。虎人族の戦士は五〇人ほどなので戦力としては、虎人族だけでオークとほぼ同等となる。


 犬人族の戦士も一〇〇人ほどいるので、圧倒的にエヴァソン遺跡側が有利なように思える。


 俺は自分の配下に一五〇人の戦士がいると知り、少し戸惑った。

 案内人となり地道に異世界とリアルワールドを行き来しながら生きていくつもりだったのに、いつの間にか多くの人々を率いる立場となっている。


 とは言え、普段はムジェックやサーディンに任せているので、エヴァソン遺跡のトップだという意識は薄かった。


 どちらかと言うと、俺が大きな貸しビルの大家で、犬人族や虎人族がビルの部屋を借りている店子のように感じていたのだ。


 しかし、エヴァソン遺跡の未来像のようなものは考えており、その為に計画も立てていた。

 将来的には、常世の森をエヴァソン遺跡に取り込んで、迷宮都市の食糧を支える町に発展させようかと考えていたのだ。


 『神行操地の神紋』を使えば、常世の森を防壁で囲み魔物が侵入しない安全地帯とした上で、耕作地や果樹園とするのも可能である。


 俺の思考が横道に逸れていると、ムジェックが声を掛けた。

「ミコト様、塩田で働いている者はどうしましょうか?」

「塩田はオークの件が片付くまで休業とする。万が一に備え、戦いが始まったら女性や子供は十二階テラス区の地下に避難するように指示してくれ」


 十二階テラス区はエヴァソン遺跡の最上部にある区画で、そこから入る地下通路は大きな地下空間と繋がっている。


 細々とした打ち合わせをしている中で、サーディンが許可を求めて来た。

「もう一度、神紋の扉を試させてくれんか」


 前回エヴァソン遺跡にある神紋の扉を試したのは一ヶ月ほど前なので、今なら新しい神紋の扉が反応するかもしれないとサーディンが言う。


「いいだろう。他の者も試してみるか」

 神紋付与区画に入る扉の鍵は、ムジェックに預けてあるので取って来て貰う。


 犬人族と虎人族が神紋の扉を試した結果、虎人族の中で新たな神紋の扉を反応させた者が三人、その中の一人がサーディンであり、『風刃乱舞の神紋』を手に入れた。


 他の二人は『魔力発移の神紋』である。

 犬人族は『凍牙氷陣の神紋』の神紋を反応させた者が一人だけ居た。戦士長ムルカである。


 俺はサーディンとムルカに、それぞれの神紋を元にする応用魔法を一つだけ教えた。本当は状況に合わせた応用魔法を幾つか教えたかったが、それ以上を教えるだけの時間はなかった。


 一日目、追放オークは襲って来なかった。

 伊丹はグレーアウルに乗って王都へ行っており、二、三日で戻る予定になっている。ここに来れるのは、早くても明日になるはずだ。


 翌日は、朝から小雨が降り始めていた。

 俺は小雨の中、エヴァソン遺跡の周囲を見回って歩く。小さな雨粒が頬に当り、冷たく感じた。異世界の季節は夏が終わり秋になっている。


 今日一日何事もなければいいと思っていた。そうすれば、伊丹がここに駆け付け、戦力が大幅にアップするはずだ。


 昼頃までは何事もなく過ぎ、犬人族の居住区で昼食を食べていた時、オークたちが現れた。知らせを受け、俺は慌てて門まで走る。


 門に到着した時には、戦いが始まっていた。敵を発見した虎人族が勝手に門から打って出てしまったのだ。


「済みません。虎人族が命令を待たずに戦い始めてしまいました」

 犬人族のムルカが謝る。戦いを見ると虎人族とオークが互角の戦いを繰り広げていた。

「虎人族も強くなったな」


 俺が感想を口にするとムルカが顔を顰める。

「あいつら狩りもしないで、戦いの訓練ばかりしていたんですよ。我々に負けたのが悔しかったようです」


 生活が安定するまで、虎人族には自由にさせていたのだが、何か仕事を割り振った方が良かったようだ。


「リーダーのオークが出て来ました」

 犬人族の一人が声を上げた。俺はヴォラゲムと呼ばれていたオークに注目する。ワイバーンらしい革で作った鎧を装備しており、他の追放オークとは存在感が異なっていた。


 ヴォラゲムは両手の指を手印のような形に組み合わせ精神を集中しているようだ。

 俺はヴォラゲムの背中から大量の魔力が放出されるのを感じた。その魔力は虎人族ではなく、仲間であるオークに向かって飛び、その体に吸い込まれる。


「ん、何が起きたんだ?」

 俺は思わず疑問を口にする。その疑問はすぐに解明した。魔力を受け取ったオークたちがパワーアップしたように凄まじい力を発揮し始めたからだ。


 動きが速くなり、剣を振るう力強さも増している。

「まさか、支援魔法なのか」


 魔導寺院で手に入れられる神紋の中には、支援魔法に関係するものは存在しなかった。なので、この世界の魔法に支援魔法は存在しないのだと思っていた。

 違ったらしい。支援魔法により力を増幅されたオークたちは、虎人族を圧倒し始める。


「まずい、ムルカたちは虎人族を助けに向かえ。俺はオークのリーダーを相手する」

 絶烈鉈を手にした俺は、躯豪術を発動しながらヴォラゲムに向かって走る。


 ヴォラゲムはロングソードを装備していた。それはオークの鍛冶師が作ったもので、オーク帝国軍が正式装備にしているものと同じである。


 俺の前にパワーアップしたオークが立ち塞がる。そいつは俺に向かって槍を突き出した。槍を躱しながら、絶烈鉈を振るい槍の柄を真っ二つに断ち切る。


 オークが驚いたような顔をした。次の瞬間、その顔に絶烈鉈の刃を食い込ませる。倒れようとするオークの死骸を蹴飛ばし跳躍する。


 俺はヴォラゲムに向け絶烈鉈を閃かせた。ヴォラゲムは軽々と後ろに跳躍し躱す。

「やるな」

 俺は魔力を絶烈鉈に流し込み赤紫の絶烈刃を作り出す。久々に本気モードだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る