第357話 追放オーク

 慎重に歩み始めたアカネたちは、前方で戦っている気配に気付いた。もう少し近付くと戦いの光景が目に入る。犬人族とオークの戦いだ。犬人族は六人の戦士、オークは三体である。


 戦いは互角だった。体の大きなオークはその怪力とリーチの長さを生かして戦い。犬人族は持ち前の素早さと伊丹とミコトから習った武術の技を使って戦っている。


 アカネはオークの身なりから、オーク帝国の者ではなく、追放された犯罪者ではないかと推測した。オークたちが使っている剣もオークの体格にしては小さいものだ。人間のハンターから奪ったのかもしれない。


 アカネはルキとクロエに待機しているように指示してから、戦いに加わった。その結果、戦いは犬人族側に有利となり、オークの一体が腹を刺された事をきっかけに決着する。犬人族たちの勝利である。


 犬人族の一人がアカネに近寄り。

「アカネ様、御助勢ありがとうございます」

 アカネは微笑んで頷いてから、

「こんな所にオークが現れるなんて珍しい」


 犬人族が深刻そうな雰囲気になる。

「それなんですが、最近オークをエヴァソン近くで見掛けるようになったんです」

「どういう事?」


「追放オークたちは巨木の森の西、ロロスタタル山脈の端辺りを住処にしていたんですが、こちら側へ樹海を移動して来ているようなんです」


「何故かしら? でも、このままじゃ危険ね。ミコトさんと伊丹さんに知らせましょ」

 アカネは予定を変更し、迷宮都市に戻る事にした。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、俺は趙悠館でグレイム中佐からの依頼について考えていた。アメリカの転移門から転移する駐屯地で、魔導飛行船の心臓部である浮揚タンクと魔導推進器、魔力供給装置を作ってくれという依頼である。


 魔導推進器と魔力供給装置は似たようなものが有るそうなので、アメリカも時間を掛ければ製造ノウハウを自力で手に入れるだろう。


 だが、浮揚タンクに使われている逃翔水は、迷宮で偶然発見した喪失技術を使って作り出したものだ。この技術はJTGにさえ秘密にしている。アメリカの駐屯地で逃翔水を製造すれば、その技術を秘密にしておく事は難しい。


「逃翔水の製造技術は、他人に知られたくないから、依頼は断るしかないな」

 いくらアメリカの依頼だとはいえ、こちらの不利益になる依頼を断るだけの気概は持っている。思索が一区切りした時、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 声がした方へ行ってみると、呼んでいたのはアカネとクロエ、それにルキだ。

「どうしたんだ?」

 アカネがエヴァソン遺跡の近くでオークと犬人族が戦っていた事を知らせる。


「オークがエヴァソン遺跡の近くに移動しているのか……理由は何だろう」

「分からない。けど、追放オークの集団がエヴァソン遺跡を狙っている可能性も有ると思うの」


 魔物が徘徊する樹海において、安全地帯となる場所は貴重である。追放オークが遺跡を狙うというのは、考えられる事だ。


「俺はエヴァソン遺跡へ行く。伊丹さんが戻ったら遺跡に来るよう伝えてくれ」

 アカネが少し躊躇ってから申し出た。

「私も行こうか?」


「いや、アカネさんは趙悠館を頼む。病院からの依頼者やクロエが居るからね」

 クロエは歳上なのだが、本人がさん付けはいらないというので省略している。俺は戦いの準備をしてから、改造型飛行バギーを操縦し迷宮都市を出た。


 上空からエヴァソン遺跡が見えてくる。

「異常はないようだ」

 改造型飛行バギーを遺跡に着陸させた。すぐに犬人族と虎人族が集まって来る。犬人族の長ムジェックが傍まで来た。


「ミコト様、オークどもなのですが、総勢五〇体ほど居るようなのです」

 ムジェックは犬人族の戦士を偵察に出したようだ。

「五〇体……多いな。オークどもの居場所を教えてくれ。様子を見て来る」

 俺は場所を聞いて偵察に出た。


 追放オークは遺跡から西へ二〇キロほどの場所に居た。オークたちは岩山に開いた洞窟を根城にしており、斑熊や鎧豚を仕留め食事をしている。


「ヴォラゲム魔法士長、犬人族が住んでいる遺跡は防御力が高いと聞きましたが、大丈夫なんですか?」


「心配するな。これでも青鱗帝の魔法士長だったのだぞ。遺跡の防壁など魔法の一撃で吹き飛ばしてやる」


 ヴォラゲム魔法士長は、オーク帝国の青鱗帝が誇る魔法師団の精鋭だった。だが、魔法師団の指揮官である将軍と意見が対立し、任務遂行中に命令を無視してしまった。


 任務は成功させたのだが、命令無視を問題にした将軍と口論となり、最後には将軍を殴ってしまう。結果、ヴォラゲム魔法士長はオーク帝国から追放となった。


 そして、ロロスタル山脈の端に隠れ住んでいた追放オーク集団と合流し、その長に治まったのだ。


 その過程で追放オーク数体を殺しているが、オークたちは問題にしなかった。力こそ正義というのがオークの信条だからだ。


 集団の頂点に立ったヴォラゲムは、一時的には満足した。だが、しばらくすると樹海に住む野生動物や魔物を殺して食料にする生活にも飽きた。美味しい料理や衣服、文化的な暮らしが欲しくなったのだ。


 そこで目を付けたのが、迷宮都市である。しかし、さすがに迷宮都市ほどの街を攻撃しても、追放オークだけでは落とせないと判っているので手を出さない。


 そこに犬人族が住む遺跡があるという情報を手下のオークが持って来た。

「よし、その遺跡を奪い、犬人族を配下に加えるんだ」


 ヴォラゲムは手下たちに、そう宣言する。すぐに手下のオークたちの中から数人を偵察に出した。だが、手下の多くは軍務に就いた経験がない単なる犯罪者である。犬人族に発見され警戒されてしまった。


 その結果として、俺は木に登っている。木の上から、オークたちが食事をしている洞窟を偵察しているのだ。


 この時、リーダーらしいオークが気になった。このオークが他のオークとは少し違うと感じたのだ。


 そのオークをジッと見ていると、注目していたオークが顔を上げ、こちらを見た。視覚的には木の枝葉で見えないはず。


 俺の中で警告音が鳴り響き、木から飛び降りる。それと同時に登っていた木に何かがぶつかり、粉々に砕けた。

「魔法か」

 危険だと判断した俺は逃げ出した。


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