第355話 再び勇者の迷宮へ(2)

 その後、第十七階層に下り、軍曹蟻と将校蟻の群れに遭遇する。

「スライムの次は巨大蟻か。皆、全力で蟻どもを撃退するんだ」

 俺の号令でキャッツハンドは戦闘態勢に入った。


 ルキも崩牙槍を構え迫って来る軍曹蟻を睨む。ルキが躯豪術の呼吸法を始めたようだ。軍曹蟻がルキに向かって大きな顎門を突き出して来た。


「にゃあーー」

 ルキは巨大蟻の頭に崩牙槍を突き出す。崩牙槍の穂先が巨大蟻の触覚と触覚の間を貫き致命傷を与えた。軍曹蟻とルキの間で一瞬だけ押し合いが発生したが、すぐに巨大蟻が地に這いつくばった。


 これには俺も驚いた。一瞬だったが、ルキが巨大蟻と力比べで互角の力を見せたからだ。もちろん、躯豪術を使って筋肉を強化しているのだろうが、それでも未発達の肉体で、これほど強力な力を発揮出来るのは凄い才能だ。


 リカヤとマポスは新しい武器で縦横無尽に戦っていた。崩牙グレイブを振り回すリカヤは、目まぐるしく動き回りながら、一撃で巨大蟻の首を撥ね飛ばしていく。


 一方、マポスは性格とは反対にどっしりと構え、近付く巨大蟻の頭を確実にかち割っていく。師匠である伊丹の教えを忠実に守っているのだろう。


 ネリとミリアは一歩引いた位置から、魔法を発動した。ネリは<雷槍>で将校蟻を貫き、ミリアは小炎竜を召喚し巨大蟻の頭上から真っ赤な炎を浴びせる。


 ジャコブ少佐も与えられた剛雷槌槍を使って、近付く巨大蟻を撃退していた。その動きはベテランという感じで、熟練者の安心感が有った。


 だが、倒す以上の巨大蟻が集まり始めていた。

「こ、これは駄目だ。一旦引くべきだ!」

 少佐が大声で撤退を提案する。


「広域魔法を発動します。それまで耐えて下さい」

 俺は<地槍陣>の準備をしていた。地脈に流れる魔粒子から魔力を引き出し、迷宮へと導く。


「ここに集まれ!」

 他の皆が周囲に集まった事を確認し、俺は<地槍陣>を発動した。


 おびただしい数の地槍が地面から飛び出し、巨大蟻の比較的柔らかな腹部を串刺しにする。鋼鉄も弾く外殻が貫かれたのは、俺が発動した<地槍陣>は改良されていおり、地槍が魔力を帯びていたからだ。


 半径五〇メートルほどの範囲に数え切れないほどの地槍が地面から飛び出し、全ての巨大蟻を串刺しにしていた。


 ジャコブ少佐は信じられない光景を目にし呆然とした表情のまま固まっている。しばらくして漸く声を上げた。


「馬鹿な……こんな事、信じられん」

「すげえ。ミコト様、オイラも今の魔法を覚えられるかな」

 マポスが目をキラキラさせて声を上げる。


「修行して強くなったら、覚えられるかもな」

 ルキも目をキラキラさせている。ルキも『神行操地の神紋』が欲しいのだろう。


 第十八階層と第十九階層を何とか抜けて、第二〇階層に辿り着いた。この階層の中央に火山が有り、ファイアードレイクは火山岩で出来た岩山に住んでいるので、そちらに向かう。


 俺たちは三匹のファイアードレイクを探し出し、<地槍陣>で仕留める。十数本の地槍が同時にファイアードレイクを貫くとしぶとい生命力を持つ魔物でも息の根を止めた。


 キャッツハンドに手伝って貰い、牙と皮、魔晶管を剥ぎ取る。

 最後はあっさりとファイアードレイクを倒したので、ジャコブ少佐はファイアードレイクをそれほど手強くない魔物だと思ったらしく。


「噂では手強い魔物だと聞いていたが、そうでもないんだな」

 俺はファイアードレイクの火炎攻撃が凄まじい事と驚異的な回復力を持つ事を教えたが、あまり信じていないようだった。


 迷宮を出た俺たちは趙悠館へ戻る。途中、眠くなったルキを背負って帰ったので、ミリアが申し訳なさそうにしていたが、俺より少佐やキャッツハンドの皆がくたびれ果てているようだ。


 少佐などは少し足を引き摺るようにようにして歩いている。シャワーを浴び、遅い晩飯を食べた少佐は『寝る』と言って部屋に向かった。


 翌朝、元気になった少佐、それとアカネと一緒に魔導飛行船工場へ向かう。

 グレーアウルの内部は、全面的に改修され綺麗なものになっていた。座席は特注品の仮眠も出来る構造のリクライニングチェアとなり、長時間の飛行でも疲れにくくなっている。


「ほう、綺麗なものだ。これで予圧装置が付いていれば、小型ジェット機と同じだな」

 グレーアウルに乗り込んだジャコブ少佐が、感想を言った。


 魔導飛行船に予圧装置を組み込む事も考えたのだが、この世界の加工技術では難しいようだ。ジェット機が飛ぶような空気の薄い上空へ上昇出来れば、魔物も近寄れずに安全な飛行が可能なのだが。


 アメリカの駐屯地までへの飛行は快適なものだった。

「我が国にも欲しいな。上司に進言してみるから、購入する時はよろしく頼むよ」


 少佐はグレーアウルが気に入ったようだ。駐屯地でも試乗させてくれとベニングス少将やグレイム中佐に頼まれ、彼らを乗せて周辺を飛行した。


 グレイム中佐がグレーアウルの性能について質問して来た。性能については秘密ではないので、詳しく説明した。


「ふむ、我が国の転移門から行ける駐屯地でも欲しいな。ミコト君、本国の部隊が管理する駐屯地へ行って、魔導飛行船の心臓部である浮揚タンクと魔導推進器、魔力供給装置を作ってくれんか」


 その申し出に驚いた。

「それは、俺にアメリカへ行けと言っているんですか?」

「そうだ。今回の申し出は一時的にアメリカに来て仕事をして貰うというものだが、将来はどうする。いつまでも案内人を続けていてもしょうがないんじゃないか。アメリカに来てくれれば、政府が全面的に支援するぞ」


 グレイム中佐は俺をヘッドハンティングしたいようだ。

「待って下さい。俺にだってやりたい事は有るんですよ」


「それもアメリカで出来るんじゃないか。アメリカで浮遊タンクや魔導推進器の研究をする事だって可能だ」


「まさか、リアルワールドで魔導飛行船を実現しようと言っている?」

「不可能じゃないだろ。リアルワールドで魔法が使える事が実証されているんだから」

 グレイム中佐のアイデアは、魅力的だった。


 リアルワールドで魔力を使って飛ぶ乗り物を開発するというのは、非常に面白そうな仕事だ。だが、その為には大量の魔粒子が必要である。


 当座は黒翼衛星プロジェクトを進めるしかないだろう。

「でも、日本でやりたい仕事があるんで」

「そうか、残念だな」


 グレイム中佐から誘いを受けた時、俺はいつまで案内人をやるんだろうかと考えさせられた。

 ただキャッツハンドや趙悠館の人々、工房の親方たち。異世界で知り合った人たちと別れ、別の仕事を始める気にはなれなかった。


「将来か、転移門は突然現れた存在だ。突然消えるという事も有るかもしれない。転移門自体を研究する事が必要だな」

 俺は薫に相談しようと思った。薫も転移門について調べていたからだ。


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