第354話 再び勇者の迷宮へ

 アメリカ主導で開発中の魔導兵器の試射が行われた数日後。

 アメリカ国防総省から、JTGに一つの依頼があった。それは迷宮都市を根拠地としている俺への依頼であり、魔導兵器の開発に関連したものではないかという噂と一緒に引き受けた。


 依頼自体は迷宮に潜って、特定の魔物を倒すというものだった。珍しい依頼ではない。ただ倒す相手がファイアードレイクというのは珍しい。


 竜殺しである俺や伊丹にとっては、難しい仕事ではなかったので引き受けた。報酬も良かったが、魔導兵器の開発状況が聞けるかもしれないと期待したのだ。


 そして、現在。俺と依頼者であるジャコブ少佐は、迷宮都市に向かって道を歩いている。

「迷宮都市と聞いて、周りには強力な魔物が数多く居るのかと思っていたが、そうでもないのだな」


 ジャコブ少佐の感想に、俺は心の中で異議を唱えた。ここまでの道程で、足軽蟷螂と長爪狼の群れに遭遇している。二つとも俺が短時間で仕留めたのだが、普通の者なら死んでもおかしくない敵だった。ジャコブ少佐は余程の強者なのかもしれない。


「少佐は魔物との戦いに慣れているのですね」

「それほどでもない。だが、ルーク級までなら倒した経験がある」

 話を聞いた限りではベテランハンター並みの実力が有るようだ。


「得意な武器は槍と聞いていますが、用意する武器は槍でいいですか?」

 ジャコブ少佐は持っている槍を掲げる。

「用意するとは……この槍じゃないのかね?」

「それはただの鉄槍。勇者の迷宮の最下層まで行くには力不足なんです」


 趙悠館に戻った俺は、ジャコブ少佐を部屋に案内し休んで貰う。俺はキャッツハンドのミリアたちを探した。勇者の迷宮に一緒に行く予定になっているのだ。


 ミリアたちは道場で鍛錬をしていた。リカヤが趙悠館で引き取った孤児たちに武術を教えている。キャッツハンドのメンバーの中で近接戦闘が得意なのが、リーダーであるリカヤと唯一の男性マポスなのだ。


 リカヤは稽古用の槍を使って、孤児たちの攻撃を捌き駄目出しをする。

「攻撃を躱されたら、素早く離れて!」

「よし、いい突きよ。でも、もう少し深く踏み込めばもっと良くにゃる」


 別の孤児が、模擬刀を構えるマポスに向かっていく。

「手だけで剣を振ろうとするにゃ。体全体を使うんだ」

 孤児の中にルキも混じって鍛錬をしていた。孤児たちがへとへとになるまで鍛錬は続けられ、最後の一人が倒れると終わる。


「ちょっといいか」

 俺はリカヤたちに声を掛けた。

「ミコト様、にゃんでしょう?」

 少しだけ息の荒いリカヤが返事をする。


「明日から一緒に迷宮へ行くのだが、皆の武器が威力不足となっているのではないかと考えている。そこで新しい武器を提供しようと思う」


 ミリアが複雑な表情を浮かべた。嬉しさと何か困ったような表情である。

「でも、それは高価な武器にゃんじゃにゃいでしゅか」

「まあ、そうだけど。これは今回の迷宮行きの報酬だと思ってくれ」


「それにゃら遠慮にゃく貰います」

 マポスが元気よく答える。マポスは遠慮という言葉を知らない男だった。


 俺はキャッツハンドに崩風竜の牙と爪から作った武器を渡した。リカヤに崩牙グレイブ、ミリアとルキに崩牙槍、ネリに崩爪鉈、マポスに崩爪刀である。

 マポスの崩爪刀は普通の刀ではなく、三国志に出て来る関羽が使う青龍刀に似た形の武器だ。リカヤの崩牙グレイブに似ているが、柄が少し短い。


 崩風竜の素材を手に入れた時には、すでに真龍クラムナーガの素材を手に入れていたので、自分たち用の武器としては使うつもりはなかった。それに金銭的に困っていないので売るつもりもなく、ハンターギルドの貸し倉庫に仕舞っていたものだ。


 いつまでも死蔵していても仕方ないと考えた俺は、ミリアたちに提供しようと思ったのだ。

 キャッツハンドのメンバーは掛け替えのない仲間である。その生存率を高めるのなら、崩風竜の素材など惜しくはなかった。


「こんにゃ凄い武器を頂いてもいいんでしゅか」

 ミリアが高価な美術品でも触るような手付きで崩牙槍を持っていた。牙の長さは三〇センチほど、その牙に一五〇センチほどの柄が付いている。


「崩風竜の素材は使い切れないほど、たくさん有るんだ。遠慮せずに使えばいい」

「ありがとうございましゅ」

 ミリアから感謝の言葉が発せられると、他のメンバーも口々に感謝する。


 ルキは崩牙槍を持ったまま、俺に抱きついて来て感謝した。

「ルキは、この槍でいっぴゃい魔物を倒しゅね」

「そんなに頑張らなくてもいいから、怪我しないようにするんだぞ」

「うん」


 その日の夜、食堂でジャコブ少佐と打ち合わせをしてから、キャッツハンドのメンバーを紹介した。

「ほう、猫人族か。若いようだが、大丈夫なのか?」

「ええ、彼女らは十分に強いです」


 俺はキャッツハンドが十分な実力を持つハンターだと保証した。

「判った。明日は頼むよ」

 その後、食堂で夕食を取った。


「こ、この生ハムと葉野菜のサラダは美味いな」

 フランスの美食家でもある少佐が竜肉ハムを使ったサラダを褒めた。

「ええ、趙悠館では一級品の生ハムを使っていますから」


 俺はわざと竜肉ハムだとは言わなかった。竜肉ハムだと言うと、その名前だけで凄く美味しいものだという先入観が起きて、本来の味を知って貰えないからだ。


 翌朝、俺とジャコブ少佐、キャッツハンドは勇者の迷宮へ向かった。

 少佐がルキを見る。

「おい、こんな子供も連れて行くのか?」


「ルキもハンターですよ」

 ルキが少佐の方を見て、ニコリと笑う。

「ルキもがんびゃるね」

 少佐は肩を竦め、諦めたように溜息を吐く。


 迷宮ギルドへの届け出は俺が全て行い、勇者の迷宮へ行く。

 勇者の迷宮を攻略した俺は、第四ゲートを使う資格を持っている。第四ゲートは第十六階層へ繋がっている階段の入り口である。キャッツハンドも第十五階層までは攻略し、第十六階層のスライムの楽園で止まっているらしい。


 第十六階層へ降りると、目の前にうじゃうじゃと這い回っているスライムの姿が目に入った。少佐は顔を顰めてスライムの海を見詰めている。


「ミコト様、どうやって突破しますか?」

 ネリが尋ねる。

「そうだな。ここは新しい魔法を試してみるか」


 俺は『神行操地の神紋』を元に薫に頼んで開発して貰った応用魔法<防壁>を発動した。この魔法は、俺がイメージした大きさの防壁を地面から押し出すもので、幅一メートル、高さ二メートル、長さ五〇メートルの土の防壁が出現する。


 防壁の出現に驚いたスライムは、防壁から逃げようとしている。

「今のうちに防壁に上がって」

 俺に促され少佐が防壁によじ登り、キャッツハンドも登る。ルキはミリアたちに手伝って貰って登った。


 最後に俺が跳び上がって、防壁の上に着地する。

「逃げて行ったスライムが戻って来る」

 危険じゃないと判ったのか。スライムが戻って来て防壁を這い登ろうとしている。


「急いで端まで行くんだ」

 俺たちは防壁の端まで行くと、次の防壁を出す。その繰り返しでスライム草原を突破した。


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