第352話 魔導兵器の開発

 誘拐犯たちが警察で取り調べられ事件の詳細が判明した。だが、誘拐犯たちの裏に黒幕が存在し、その黒幕の素性を誘拐犯たちが全く知らなかった事から、捜査は行き詰った。


 誘拐犯たちはネットを介して金で雇われ、メールで指示された通りに行動しただけらしい。誘拐犯たちには手付金として一〇〇万円が払われており、成功報酬は一人一〇〇〇万円だったようだ。


 但し、誘拐犯たちの要求がマナ研開発の神紋術式解析システムであった事から、黒幕は魔法を研究している企業ではないかと推測された。


 薫が無事に家に帰った翌日、父親である三条吾郎から心配の声が上がった。

「ボディガードが必要だな」

「それは嫌。暑苦しいオッさんに四六時中付きまとわれたら、ストレスが溜まりまくりよ」


「女性のボディガードだって居るぞ」

「あの巨乳のボディガード。あれは絶対父さんの趣味でしょ」

 吾郎は慌てて否定する。


「ち、違う。なんて事を言うんだ。母さんに聞かれたら、アイアンクローで頭を掴まれ、脳味噌を揺さぶられてしまう」


 吾郎は一年ほど前にキャバクラのママにネックレスをプレゼントした事がバレ、頭蓋骨がミシミシと音が鳴るまで攻められた事を思い出し身震いした。


「ボディガードが、そんなに嫌なら送り迎え用の運転手付き車を用意しよう。日本車の中にも防弾仕様車が有ったはずだ」


 吾郎は娘の為に、何千万もする防弾仕様車を用意するつもりのようだ。

「まあ、送迎車ならいいか」

 薫が承知すると、社長である吾郎は黒翼衛星プロジェクトの進捗状況を伝えた。


「基礎工事が終わり、実証研究館の建屋が完成するのは三ヶ月後か。特注品の特殊ポンプや貯蔵タンク、冷却装置などの設備も同じ頃に出来上がるから、後は研究所で作っている黒翼衛星制御装置が完成すれば、夏頃に実験出来る」


 薫が計算していると、吾郎が、

「なあ、税金対策で設備投資を前倒しにしているのは分かっているが、大丈夫なのか?」

 急ぎ過ぎではないかと心配しているらしい。


 マナ研開発では今期に莫大な利益が出た。このまま利益として計上すれば、多額の税金を徴収されるだろう。そこで、その利益を使って設備投資する事に決めたのだ。


 但し建物、建物附属設備、機械装置、器具備品、車両運搬具などの資産は、取得した時に全額必要経費となる訳ではなく、その資産の使用可能期間の全期間にわたり分割して必要経費となる。


 例えば、パソコンであれば法定耐用年数が四年と定められているので、四年に分けて経費として計上する事になる。


 それでは節税効果も薄い。だが、政府は景気浮揚策の一つとして、設備投資促進税制を制定していた。この税制を使って一気に経費として計上する予定なのだ。その為には今期の間に、黒翼衛星プロジェクトを出来るだけ進めておく必要が有った。


 マナ研開発は黒翼衛星プロジェクトに潤沢な資金を注ぎ込み、世間の注目を集めた。そして、誘拐事件から五日後、一人の国会議員がマナ研開発を訪れる。


 韓国企業とマナ研開発との技術提携をお膳立てした国会議員藤堂義勝だ。三条社長が出迎える。

「マナ研開発は、素晴らしい会社に成長しましたね」

「いえいえ、まだまだ小さな会社ですよ」

 三条社長が謙遜すると、藤堂議員が大袈裟にマナ研開発の業績を称えた。


「ところで、近畿地方で建設されている工場ですが、あれは何の工場なのですか?」

 黒翼衛星プロジェクトについて、探りに来たらしい。

「あれは活性化魔粒子を大量生産する設備です」


「それは素晴らしい。ですが、何故あんな不便な場所に建設されたのです?」

「我が社の社運を賭けた一大プロジェクトですから、最高レベルの機密保持体制を構築可能な場所が必要だったのです」


「ほう、それでですか。しかし、これまでの魔粒子生産工場も山の中や湖畔など不便な場所が多かったようですが、何か魔粒子を生産するのに場所が関係するのですか?」


「それは企業機密なので、お答え出来ません」

 それを聞いて、藤堂議員がドヤ顔を浮かべる。


「隠さなくともよろしい。魔粒子研究を行っている者の間では、温泉が湧き出す場所が有るように、魔粒子が湧き出す場所が存在するというのが定説となっているそうじゃありませんか」


 薫たちは魔粒子が湧き出している場所を『パワースポット』と呼んでいる。三条社長は困ったような顔をする。


「藤堂先生は博識ですな。我々はパワースポットと呼んでいます」

「ふむ、パワースポットですか。御社はパワースポットを見付ける特別な技術を持っているようですな」


 三条社長は否定しようかと迷ったが、否定しても信じるとは思えず。

「まあ、我が社が発展して来た原動力の一つですから、それなりのノウハウは持っています」


「そのノウハウを国に買わせて貰えませんか?」

「そ、それは御勘弁下さい」

「やはり駄目ですか。国益の為に承知して欲しかったのですが」

 藤堂議員が残念そうな顔をした。


 この議員は国益の為にと言うが、本当だろうかと三条社長は疑った。仮に国に技術を売ったとして、それが諸外国へ漏れないと言い切れるのだろうか。


 そんな事態になったら国益が損なわれる。国に技術が渡ったら、大勢の人間が技術に触れる機会を持つだろう。その技術を確かめる為に国の技術者が検証し、その技術を使う者も増える。


 そうなれば、諸外国に技術情報が漏れる可能性は高くなる。とは言え、パワースポットを発見する方法は、技術ではなく能力である。魔粒子を感知する能力を持つ者を見付けるだけなので、特許とか取れるものでもない。


「ところで、お嬢さんが大変な目に遭われたそうですな」

 三条社長が顔を顰める。

「ええ。ですが、無事に戻って来ましたのでホッとしています」


「犯人も捕まったそうで、良かったですな」

「しかし、黒幕が判明していないそうなのです。警察も捜査を続けているらしいのですが、手掛かりがないそうなのですよ」


「黒幕ですか……それより、お嬢さんは大丈夫だったのですか?」

「はい、腰を痛めた以外は至って元気です」

「それは良かった」

 藤堂議員は、もう一度マナ研開発の技術を国に売る気はないかと確認した後、帰って行った。


 マナ研開発を辞去した藤堂議員は、埼玉県にある研究所を訪れた。その所長室に入った議員は、初老の男に向って口を開く。


「探りを入れてきた。警察は誘拐事件に黒幕が居ると判明しているが、手掛かりは掴んでおらんようだ」

「当然ですな」


 そう言ったのは、逮捕された加藤代議士の盟友であり、財界の実力者国友信行だった。この人物が誘拐事件の黒幕だったらしい。


 ここは国友信行が作った特殊技術研究所で、魔導技術を研究している場所である。

 国友はここで異世界から生物以外を転移させる研究をさせていたのだが、研究は行き詰まった。そこにマナ研開発が製作した転移門初期化装置が売りに出され、この分野では太刀打ち出来ないと研究を中止した。


 遥かに優れた魔導技術を持つマナ研開発でさえ、生物以外を転移させるのは難しいとマナ研開発の技術陣が断言していると聞いたのだ。


 藤堂議員は三条社長との会話を国友に伝えた。

「ふむ、パワースポットを見付ける方法ですか。是非欲しいのですが、今はタイミングが悪い。警察の捜査が終わるまで静かにしていた方がいいでしょう」


「君らしくもない。臆病風に吹かれたか」

 藤堂議員が、揶揄するように言う。

「おいおい、儂をそこらの考えなしと一緒にしないで欲しいね」


「それで、今後どうするつもりなのだ?」

「狙いを変える。アメリカが沖縄の米軍基地で開発している魔導兵器の情報を集めるつもりだ。藤堂先生にも尽力して貰いたい」


「相手はアメリカだぞ。大丈夫なのか」

「取り敢えず、日本政府が持っている情報の全てが欲しい。よろしく頼むよ。代わりに政治献金させて貰うから」


 藤堂議員は政治力を発揮し、米軍が開発中の魔導兵器について情報を集め、国友へ渡した。国友は渡された情報を研究員に分析させると同時に、魔導兵器開発の中心人物への接触を始める。

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