第351話 薫の危機

 薫は縛られたまま誘拐犯たちの目的を考えた。数日前に会った韓国企業の専務の顔が頭に浮かんだが、否定する。大企業の幹部が誘拐のような成功率の低い犯罪を企てるとは思えない。


 薫は、自分を縛っているロープに意識を向けた。

 思いっきり暴れれば切れそうである。だが、それでは誘拐犯たちに気付かれてしまいそうだ。薫は『錬法変現の神紋』の<爪剣>を使い小さなナイフを作るとロープを切った。


 自由になった薫は目隠しを取る。そこは廃棄された民家の一室のようだった。板張りの床には埃が積もっており、窓ガラスは割れていた。窓の外には森が広がっており、地面が少し下に見えるので二階だろう。

 薬で眠らされていた時間はかなり長かったようで、外には朝日が輝いていた。


 身体を動かすと腰に痛みが走った。タクシーが事故に遭った時、痛めたようだ。

「イタタッ……こういう時は、伊丹師匠の<治癒>魔法が羨ましい」


 普段なら窓から飛び降りるのも可能なのだが、ちょっと腰に不安がある状態ではやりたくない。ドアに近付いて向こう側の気配を探る。

 気配はない。ドアを開け廊下に出た薫は、下の階で物音がするのを聞いた。


 階段の上まで来て、気付かれないように下の階を見下ろす。リビングのような場所に三〇代後半の女性と危険な香りのする五人の男が話をしていた。


「あの娘の親は承知したのか?」

「承諾した。但し娘の安否を確かめてからでないと駄目だそうだ」

「よし、娘の写真を録って親に送れ」


 男の一人がスマホを持って階段を上がって来る。薫は先程まで居た部屋に戻った。そして、ドアの前で待ち構える。


 男がドアを開け部屋の中に一歩足を踏み入れた時、薫の右フックが男の脇腹に当たった。

 無様な呻き声を発した男は、手に持っていたスマホを取り落とし膝を突く。そのタイミングで薫の左フックが男の顔面を捉えた。


 男は見事にノックアウトされ倒れる。薫は痛みで顔を顰めた。痛めている腰に負担が掛かったのだ。

「こいつ、どうしよう」


 傍にあった梱包用の紐を使って、男を縛り上げた。それから男の身体検査をする。気絶した男はナイフを持っていた。


 薫は落ちていたスマホを拾い上げる。

「私のじゃない」

 誘拐犯たちは薫のスマホを使って両親と連絡していたようだ。スマホの地図アプリを立ち上げる。


「あれっ、自分の位置情報が表示されない」

 設定を調べてみると位置情報サービスがオフになっている。オンにして自分の現在地を表示させた。


「お父さんに現在地を連絡して、警察が来るのを待つかな」

 メールで情報を送った後、残りの誘拐犯たちをどうするか考えた。


 こいつはナイフしか持っていなかったが、他の誘拐犯がそうだとは限らない。特に拳銃などを持っていた場合、戦うのは危険だ。


 魔法を使って奇襲するというのも考えたが、警察が来た時にどう説明するか思い付かず却下する。

「逃げるしかないか」

 薫が迷っているとドアの外から足音が聞こえる。


「遅いぞ。何やっている」

 ドアが開いて、ゲタ顔の男が勢い良く入って来た。

「小娘が逃げ出そうとしているぞ!」


 薫を見るなり、ゲタ男が怒鳴るような声で叫ぶ。

 ゲタ男が薫に向かって突進して来る。ゲタ男の手をギリギリで躱した薫は、腰を落としゲタ顔に拳を叩き付けた。鼻血を出しながら吹き飛んだゲタ男は一発で意識を刈り取られる。

 薫の拳にはそれだけの威力が有るのだ。


 あの女と下の階にいた三人の男が部屋に入って来た。女は鼻血を出して床に倒れている男と縛られている男の姿を見た。


「な、何これ。どうなってるのよ」

 男三人は顔を顰め。

「おいおい、こんな小娘にやられたのかよ」

「油断したんじゃねか」

 誘拐犯は薫の事を普通の少女だと思っていたようだ。


 男の一人がナイフを取り出した。

「おい、大人しくしろ。でないと綺麗な顔を切り刻んでやるぞ」

 薫は無言で、最初に倒した男から取り上げたナイフを見せた。


「危ねえな。ナイフの使い方なんか知っているのか」

 ナイフの男はナイフをひらひらとさせながら近付き、ナイフを無造作に突き出す。そのナイフを持つ腕を、薫の持つナイフが切り裂いた。


 男が無様に悲鳴を上げ、ナイフを落とした。薫はアドレナリンが身体中に溢れ出るのを感じた。腰の痛みも消えている。


 薫は一瞬で間合いを飛び越え、左の拳を相手の脇腹に減り込ませた。

「ぐはっ」

 男は呼吸困難にに陥ったかのように喘ぎながら両膝を突いた。その首に薫の回し蹴りが叩き込まれる。


 残るは男二人と女一人。薫は持っているナイフを男の一人に投擲。ナイフは男の太腿に命中する。その時、薫の目は獲物を狙うハンターの目になっていた。


 誘拐犯の女は薫の目を見て怯えた。自分たちは勘違いをしていたと悟る。誘拐した少女はただの金持ちのお嬢様ではなく、全く違う存在だったと知ったのだ。


 最後に残った男は、持っていたナイフを取り出すと滅茶苦茶に振り回した。

 薫はナイフを躱して踏み込むと、ローキックを男に膝上に叩き込んだ。相手の足の骨がミシッと鳴るのを感じた。ヒビが入ったと分かる。


 薫は止めとして肘を相手の胸に叩き込んだ。今度は確実に骨が折れる手応えを感じた。


 薫は残った女を睨む。誘拐犯の女は空気が抜けるような短い悲鳴を上げ、腰が砕けたように座り込んだ。その頃になって、薫の腰の痛みが戻って来た。


 薫は誘拐犯を見張りながら椅子に座る。

「後は警察が来るのを待てばいいか」

 しばらくしてから刑事と警官が雪崩込んで来た時、誘拐犯を制圧した少女が椅子に座って誘拐犯を見張っている姿を目にする事になった。


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