第350話 注目されるマナ研開発

 俺と薫はR再生薬を早めに売りたいと考えていた。リアルワールドの薬にも使用期限が有るように、異世界の薬にも使用期限がある。特に魔法薬は時間が経つに従い劣化するのが早い傾向がある。


 材料に魔物の魔晶管内容液や血清など使っているからかもしれない。

 オークションでは、R再生薬に二〇歳ほど若返る効果があると保証しているが、時間が経過し薬が劣化すると二〇歳が一五歳、一〇歳と若返り効果が薄れる可能性が高い。


 なるべく高く売りたいと思っているのに、若返り薬の詐欺事件の所為で、R再生薬にもマイナスイメージが付いてしまった。


 こういうマイナスイメージはオークションの競りにおいて、足を引っ張る原因となる。オークションに参加する者が減れば、競りが盛り上がらず落札額が上がらないかもしれない。


 黒翼衛星プロジェクトに莫大な資金が必要なのは分かっているので、R再生薬で少しでも多く稼いでおく必要がある。


 そこで世界に向け、R再生薬の効果を実証すると称し、大々的にデモンストレーションを行う事にした。


 研究が完成したらノーベル賞は間違いないと言われる研究者夫婦とハリウッドで有名なアクションスター、それに世界的な歌姫。彼らは老いを理由に活躍が鈍っており、R再生薬の広告塔となってくれるように交渉すると承知してくれた。

 特に研究者は、昔のようにアイデアが湧いて来ないと悩んでいたようで、即座に快諾した。


 デモンストレーションは成功した。詐欺事件がなければ、考えもしなかったデモンストレーションだが、若返った研究者・アクションスター・歌姫を見た世界中の資産家が、R再生薬は本物だと目の色を変えた。


 三回目と四回目のオークションが無事に終了。最終日の四回目オークションでは、R再生薬が薫の予想以上の落札額となり、黒翼衛星プロジェクトを一気に加速させるだけの資金を得た。


 オークションが終わった頃、世界各国では特許法の改正が行われた。魔粒子や魔法を使った特許が認められるようになったのだ。


 マナ研開発は大量の特許を出願した。但し核となる技術だけは特許出願せず、その周辺技術だけ特許の取得を行う。


 核となる技術の特許を出願しなかったのは、出願すると一定期間後に内容が公開される事になり、技術が流出すると恐れたからだ。それでもマナ研開発の魔法に関する特許出願数は世界一となった。


 その頃からマナ研開発の技術者を外国企業が引き抜こうとする動きが始まった。

 だが、マナ研開発の技術者で、ヘッドハンティングを受ける者はいなかった。マナ研開発における技術開発は、薫が作り上げた神紋術式解析システムを中核ツールとして使い開発が進められている。


 その神紋術式解析システムのない会社へ移っても、マナ研開発と同じように開発が続けられるとは思えなかったのだ。


 それにマナ研開発の研究者への待遇は、一流企業と遜色のないものだった。諸外国の魔法を研究している企業は、マナ研開発の技術者と交渉している過程で、神紋術式解析システムの存在を探り当て、どうにかして手に入れられないかと考える所も現れた。


 マナ研開発に韓国企業から技術提携の話が持ち込まれた。

 持ち込んだのは、与党の政調会長を努めた事もある国会議員である。社長である薫の父親三条吾郎は、議員の顔を立てる為に話だけは聞く事にしたようだ。


 三条父娘は韓国企業の鄭専務と話し合いの場を持った。

 相手の企業は韓国でも有名な大企業で、従業員数の規模でみると一〇〇倍ほど違う。そんな大企業の専務がわざわざ中小企業でしかないマナ研開発に技術提携を申し込んだのは、魔法関係の特許出願数が驚異的だったからだろう。


 鄭専務は日本語が得意らしく通訳を通さずに話が可能だった。韓国側は鄭専務の他に二人の部下を連れて来ていた。どちらも日本語が分かるらしい。


「マナ研開発の技術開発力は素晴らしいですな」

「ありがとうございます」

「そちらのお嬢さんは、三条社長のご息女ですか?」


 高校生になったばかりの若い女の子が一緒に話を聞いているので、鄭専務は奇異に思ったようだ。

「はい、次期社長にと考えておりますので一緒に同席させる事にしました」

「ほう、すでに帝王学が学び始めているという事ですか。将来が楽しみなお嬢さんですな」


 鄭専務は技術提携の内容について説明を始めた。韓国側企業の技術社員をマナ研開発に派遣し学ばせ、その代わりにマナ研開発の社員を韓国企業の先端技術研究所に受け入れるという提案だった。


 もちろん、それは手始めであり、最終的には協力して科学技術と魔導技術を組み合わせた最先端製品を開発したいと言う。


 韓国企業側は自社技術に自信を持っているようで、アメリカにも負けないだけの技術が有ると断言する。


 マナ研開発でも科学技術と魔導技術を組み合わせた製品の開発は考えていた。

 日本企業との技術提携も検討した事もあり、全く興味がないという提案でもなかった。だが、韓国企業側の目論見もくろみは明白である。


 マナ研開発が持つ魔導技術を学び取ろうと考えているのだ。日本企業も欧米先進国から技術を学び企業を成長させた歴史があるので、韓国企業の思惑も当然の企業方針だと薫は考えた。


 だが、マナ研開発の魔導技術は開発を始めたばかりで底が浅い。この段階で技術的にキャッチアップされると資本力の有る韓国企業に技術だけ取られ、マナ研開発が下請けのような立場となる可能性さえあった。

 三条父娘は提案を断った。


「何故です。御社にとっても利益となる話なんですよ」

 確かに先端技術を学べるというのは魅力だが、科学技術と魔導技術の融合という場合、先端技術が必要かどうか。


 鄭専務は色々と好条件を出して来たが、きっぱりと断わった。帰り際に、

「この日の事を後で後悔しなければいいんですがね」

 鄭専務が捨て台詞を吐いて帰って行った。


 その数日後、薫はマナ研開発の研究所で遅くまで研究をしていた。

「もうこんな時間か」

 端末の時刻表示を見ると午後九時を過ぎていた。机の周りを片付けてから、端末をシャットダウンする。


 スマホでタクシーを呼んでから、研究所を出た。研究所の前で少し待つとタクシーが来たので乗り込む。

 自宅の場所をタクシーの運転手に伝え、タクシーが走り始めたのを感じて目を閉じた。

 ちょっと疲れていると感じる。

「高校生なのに、働きすぎかな。でも、ミコトだって頑張っているからねぇ」


 その時、タクシーの運転手が急ブレーキを踏んだ。薫の身体が前に飛び出そうとするが、シートベルトが受け止める。


「何っ!」

 薫が声を上げた瞬間、タクシーに衝撃が走り薫の身体が激しく揺さぶられた。

 衝撃で、薫は少しだけ意識を失っていたようだ。誰かがタクシーのドアを開ける音がして変な臭いを嗅いだと同時に意識が遠のいた。


 頭と腰が痛い、薫の意識が戻り痛みを覚え呻いた。

「おい、お嬢ちゃんの意識が戻ったようだぞ」

 誰かの声がした。だが、目の前は真っ暗である。どうやら目隠しをされているらしい。身体は椅子に座らされ、ロープか何かで縛られているようだ。


「誰なの、何でこんな事を?」

 どこかの部屋の中らしい。人の気配が二人、先程の声は男だったので、もう一人は女性らしい。化粧の匂いがする。


「あんたは誘拐されたんだよ。大人しくしときな」

 やはり女性のようだ。それより誘拐とは……何が目的だろうか。薫は頭の中で推理を展開する。


「あんたはそろそろ電話してきな。余計な事は言わず、言われた通りの事を伝えろよ」

「五月蝿えな。分かっているよ」

 男が出て行く気配がした。残った女性が薫に近寄る。


「タクシーに車をぶつけた時、やりすぎたかと思ったが、あんたは案外丈夫なようだね」

 タクシーが受けた衝撃はこいつらの所為なのか。タクシーの運転手は大丈夫だっただろうかと薫は心配になった。


「何が狙いなの。お金?」

「まあ、そんな所さ」

 薫は女の言葉に引っ掛かった。目的はお金じゃないかもしれない。

「大人しくしていれば、家に返してやる。いいね」

 女も部屋から出て行った。

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