第348話 R再生薬とオークション

 二人の王子とムアトル公爵の死は、カザイル王国とマウセリア王国の間に緊張感を作り出した。


 カザイル王国では、ムアトル公爵を殺した犯人探しが懸命に行われたのだが、犯人の痕跡すら見付からない。苛立った公爵家の人間が、マウセリア王国の人間を詳しく調べ始めたのだ。


 その為、カザイル王国で不快な目にあったマウセリア王国の人間が大勢現れ、マウセリア国王へ訴えたので、国王ウラガル二世はカザイル王国に抗議した。


 両国間の緊張は高まったが、結局犯人不明のまま犯人探しは終わる。

 戦争を終えたばかりで国力に不安があるマウセリア王国は、カザイル王国との関係を修復する為に、クロムウィード宰相を派遣した。それで漸く二国の関係は修復され、元の状態に戻った。


 クロムウィード宰相が不在の間に、マウセリア王国で王子たちの葬儀が大々的に行われた。王子たちが死んだ原因は、競い合った二つの空巡艇が接触事故を起こし墜落したと発表される。


 王子同士が殺し合ったと発表出来るものではなかったのだ。この発表は国民の間で納得された。あの二人の王子なら、ありそうな事だと思われたようだ。


 王家に残った男児は、第三王子のシュマルディンと第四王子のコンデリットとなり、二人のどちらかが王位を継ぐ事となる。


 ただコンデリット王子はまだ幼いので、シュマルディン王子が王位継承者だと思われ始め、多くの貴族たちが第三王子派に擦り寄り始めた。


 シュマルディン王子と親しく付き合っている俺にも注目する貴族が現れ、王都へ行くとお茶会などに誘われる事が多くなった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 王子たちの葬儀が終わり、騒ぎが静まった頃。俺はR再生薬の件が進んでいるか確かめる為に日本に戻った。


 日本に戻った俺は、カザイル王国での出来事を報告書に纏め東條管理官に提出。その報告書を斜め読みした東條管理官は、王子たちの死よりグレーアウルの完成と試験飛行の成功を重要視した。


「アメリカから、異世界で長距離飛行が可能な魔導飛行船が早く欲しいと要望が出ているのだ」

 マウセリア王国とカザイル王国が戦争になるような事はないと判明したので、東條管理官としてはアメリカの要望の方が気に掛かるのだろう。


「アメリカが開発していると言っていた兵器は、どれくらい開発が進んでいるか知っていますか?」

「詳しくは知らん。だが、噂では順調に開発は進んでいるらしい」


 アメリカはクラダダ要塞遺跡で発見した魔導兵器に組み込まれていた補助神紋を読み取る事に成功し、その補助神紋図を記憶しアメリカ本国に持ち帰った。


 『魔導眼の神紋』の応用魔法<記憶眼>を使って知識や情報をリアルワールドへ持ち帰る事は、アメリカでも盛んに行われているらしい。


 そして、アメリカが組み上げた解析システムを使い、その機能を解析する事に成功したようだ。

 薫の神紋術式解析システムとは違い、基本となる神意文字や神印紋の知識が不完全であるのに、解析を成功させるとは凄い技術力だと感心した。将来、マナ研開発のライバルとなる会社が、アメリカで出現するかもしれない。


「グレーアウルの事は、政府経由でアメリカに知らせる事になるが、問題ないか?」

 問題ないかと訊かれると問題ありそうな気がする。画期的な魔導兵器を開発している国に、その運搬手段を教える事になるのだ。アメリカが覇権主義に傾けば、恐ろしい結果を招きそうだ。


 その危惧を東條管理官に伝えた。

「それはアメリカに限った事じゃない。科学技術を使って兵器を作り、異世界の国家を侵略しようと考える国が出て来ないとも限らんからな」


 東條管理官の答えを聞いて、陰鬱いんうつな気分になった。冷静に考えてみると、転移門に制限がなければ、確実に異世界で覇を称えようと考える国が出たはずだ。転移門の制限が有る御蔭で、そういう国が思い留まっている。


「何か怖いですね。国連とかで対策を考えていないんですか?」

「国連でも議題に上がっているらしいぞ。何らかの監視機関と抑止機構が必要なのではないかとな」


 話は少し逸れたが、アメリカにグレーアウルの同型機を渡しても、渡さなくとも大した違いはないというのが、東條管理官の意見らしい。


 アメリカが本気になれば、短期間でプロペラ機くらいは開発するだろうと東條管理官は断言した。

「でも、向こうの世界で石油を見た事がありませんよ」

「本格的に探していないだけじゃないのか。それに石炭や石油の代わりに、魔光石や魔粒子が有るだろ」


「確かに」

 魔光石は多数の迷宮で産出される。それに黒翼衛星プロジェクトは異世界でも可能なはずだ。大量の魔粒子をエネルギー源として、産業革命も夢ではない。


「アメリカが長距離飛行が可能な魔導飛行船を欲しがるのは、オーク帝国との戦いで必要だからだ。人間同士の戦いに使う気はない」


 地獄トカゲの群れをオークの奴らが送り込んで来た事件は、イギリス、フランス、中国、韓国、アメリカでも起きており、韓国とアメリカでは数多くの死者が出たらしい。


 アメリカは魔物が侵入したというニュースを聞いた一般市民が銃を持って狩りに向った。日本では考えられないが、そんな国民性なのだろう。


 しかし、地獄トカゲは予想以上に凶悪な存在で、毒爪で負傷した一般市民が手当てが間に合わず死亡した。


 後日、日本では伊丹が治療したのを知り、そんな存在が居たのかとアメリカの医療関係者は驚く。それと同時に伊丹をアメリカに呼べば、治療も可能だったのではないかと政府は非難されたらしい。


 政府非難と同時に、またオーク帝国の攻撃を受けるのではないかと不安が広まった。アメリカ大統領は、事件の根本的原因であるオーク帝国を転移門から排除する作戦を、急ぐよう命令を出したそうだ。


 韓国は日本と同じように軍が出動し、地獄トカゲを駆逐した。だが、駆逐作戦の途中で逃げ回った地獄トカゲが競輪場に逃げ込み、パニック映画のような騒ぎを引き起こし多数の死傷者を出したと聞く。


 アメリカの騒ぎは日本でニュースとして報道されなかったが、韓国の騒ぎはカメラで映像を録画していた者が居て、その映像が日本のニュース番組で流された。


「伊丹が韓国に行こうかと申し出てくれたので、神代理事長が韓国の転移門管理組織に打診したら、必要ないと断られたそうだ」


「何故です?」

「さあな。韓国の医療技術で何とかなると判断したんじゃないのか」

 実際は有効な解毒剤が開発されたのは、一ヶ月後である。毒に侵された犠牲者のほとんどは亡くなったらしい。


 俺は気が滅入って来たので、R再生薬のオークションについて尋ねた。

「準備は進んでいる。オークション会社が世界中の金持ちに連絡し、三日後から世界各地の大都市にあるオークションハウスで競売に掛けられる手筈となっている」


 一回目は、三人分ずつ一〇箇所のオークションハウスに出品される事になっていた。小分けしたのは、R再生薬の効能を信じられず、最初は高い値段が付かないのではと考えたからだ。


 最初のオークションでR再生薬を購入した者が、日本政府が用意した異世界の施設でR再生薬を服用し、リアルワールドに戻って来た時に、その価値が認められるだろう。

 二回目のオークションから、R再生薬が高値で落札されると俺は考えていた。


 一回目のオークションが終わり、予想以上の高値で落札された。落札金額は億単位とだけ言っておこう。日本政府の保証があったからだろうか。


 落札した資産家は日本へ行き、自衛隊が確保している転移門から異世界に旅立った。

 日本政府が用意した転移門は、マナ研開発の転移門初期化装置を使って獲得した転移門だ。異世界側の受け入れ施設は、俺と伊丹が協力して作り上げた。


 その施設は『神行操地の神紋』を使って作り上げたドーム型建造物を元に改造した建物で、広い空間を石壁と木材で仕切り二〇人ほどが生活可能な宿泊施設となっている。


 同じ規模のドーム型建造物をもう二つ作っているのだが、そちらはドームだけで中身が何もない風雨を凌げるだけの建造物となっている。


 元々自衛隊の駐屯基地として使う予定だったのだが、短期間だけR再生薬の落札者を受け入れる施設として使用する事になった。


 落札者全員が異世界に転移し、R再生薬を飲みリアルワールドに戻るまで一ヶ月が必要だった。

 資産家の中には主治医も連れて行けとゴネる者も居て、世話係となった厚生労働省の役人たちは大変だったようだ。

 そして、落札者が二〇歳若返ってリアルワールドへ戻ると、世界中が大騒ぎとなった。

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