第347話 復讐の決意

 同じ頃、ムアトル公爵の所へ部下の一人が報告に現れた。

「公爵様、マウセリア王国の動きを探っていた密偵から、知らせが届きました」

「何だ?」


「シュマルディン王子が、モルガート王子の空巡艇に乗っていた者を発見し救助したようなのです」

「まさか、当家の魔導飛行船がオラツェルの奴を拾い上げたのを、見ていたのではないだろうな」

「その可能性が有ります」


 ムアトル公爵は両目を半眼にして考え、裏の仕事を頼んでいる配下を呼んだ。

 報告に来た部下が、

「シュマルディン王子を始末なさるのですか?」


「馬鹿者。救助された男だけだ。その男さえ始末すれば、証人は居なくなる」

「ですが、シュマルディン王子が、すでに話を聞いているかもしれません」

「生き証人さえ始末すれば、マウセリア王国の奴らも強く追及出来んはずだ」


 間もなく、一人の男が姿を見せた。

「お呼びですか」

「マウセリア王国のシュマルディン王子が、海で救助した男が居る。そいつを始末して来るのだ」


「何者でございます?」

「モルガート王子の部下だった男だ」

「承知致しました」


 男は『夜走衆やそうしゅう』と呼ばれる暗殺集団の一員である。

「さて、どういう手筈で殺るか」

 夜走衆の武器は暗器である。特に猛毒を塗った針型手裏剣を得意としていた。


 男は、海岸の砂浜まで行き見慣れない魔導飛行船を監視する。猫人族のハンターが警護しているのを確認した。


 救助されたモルガート王子の部下は、魔導飛行船の中で休んでいるようで姿を見せない。

「標的を誘い出すか」

 男は役人の格好に変装し、シュマルディン王子の下へ行く。

「シュマルディン殿下、捜索隊の者です。確認したい件があり、参りました」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺がグレーアウルの中でディンと話をしている時、外で声がした。ディンと二人で外に出ると、この国の役人がよく着るサーコートを着た人物が立っている。


 その役人は、海上で見付かったモルガート王子の上着らしい服を持って来たと言う。

「これが誰の服か分かる方は、いませんか」


 ディンがニムリスを呼んで来ると言って、グレーアウルに入った。

 ニムリスがグレーアウルの扉から姿を現す。その時、ただの役人だと思っていた男から、微かな殺気が漏れ出た。それを違和感として感じ取った俺は、役人の動きに注目する。


 ニムリスが近付き、役人が持つ上着を手に取った。

「これは……」

 役人が奇妙な動きをした。何気ない仕草でニムリスの腕に触ったのだ。


 腕にチクリとした痛みを感じ、ニムリスが顔を顰めた。その身体がゆらりと揺れ、砂浜に倒れる。

「ど、どうした、ニムリス」

 ディンが倒れているニムリスに近寄り抱き起こそうとする。


 俺はニムリスの腕にポツリと小さな血の痕が有るのに気付いた。そして、その部分の皮膚がシミのように赤黒く変色していくのを確認する。


「毒なのか!」

 俺は腰の魔導ポーチから毒消しの魔法薬を取り出し、ディンに渡そうと腕を伸ばす。

「毒消しだ、飲ませろ」

「私が飲ませましょう」


 役人が毒消しの魔法薬を取り上げようとした。俺は役人の顔に裏拳を叩き込んだ。役人の身体が砂浜を転がる。口から血を流した役人が起き上がる。

「何を……」

「下手な芝居は止めろ。お前、殺し屋だな」


 その瞬間、身を翻した暗殺者が逃げ出した。目を丸くしているディンに毒消しを渡し、飲ませるように指示する。


 キャッツハンドのメンバーが暗殺者を追い駆けようと動き出したのを見て止めた。

「待て、ミリアたちはディンの警護を頼む」

「了解でしゅ」


 一〇メートルほど離れた場所を逃走している暗殺者を追って、全力で駆け始める。暗殺者はオリンピック選手ともタメを張れるほどの脚力を持っていた。だが、俺が追い駆け始めるとすぐに追い付き、その背中に飛び蹴りを食らわす。


 暗殺者は砂浜を転がりながら、俺に向って毒針を投げた。慌てて飛び退き躱す。その隙に暗殺者は立ち上がり、続けざまに毒針を投げる。俺は<遮蔽結界>を張り、毒針を撥ね返した。


 それを見て攻撃を諦めた暗殺者は、逃げるという選択肢を選んだ。暗殺者の背中を睨みながら、『流体統御の神紋』の応用魔法<旋風鞭>を発動し、風の鞭を振り下ろす。渦巻く風の鞭は、スルスルと伸び暗殺者の肩の骨を砕く。


 暗殺者が砂の上に倒れ動かなくなった。気を失ったのかと思い、注意しながら歩み寄り確かめる。

「チッ、死んでいる」


 即効性の毒を飲んだようだ。口から吐瀉物を吐き出し白目を剥いていた。その死に顔を見て、背中に寒気が走り嫌な気分になる。


「こんな奴ら、相手にしたくはないな」

 ニムリスの所へ戻ると、毒消しの魔法薬が効いたようで容体は安定していた。この毒消しの魔法薬は、地獄トカゲの毒にやられた経験から、魔導ポーチに常備するようになったものだ。


 後数分、毒消しの魔法薬を飲ませるタイミングが遅かったら、ニムリスは死んでいただろう。

「ミコトが毒消しを持っていたから助かったけど、本当なら確実に死んでいた」


「誰が殺し屋を寄越したと思う?」

「決まっているムアトル公爵だ」

 ディンは、普段見せた事のない怒りの表情を浮かべている。


「宰相も言っていたが、感情に任せて動くなよ」

「判っている」

 その後、モルガート王子の遺体が発見され、二人の王子が亡くなった事が確定したので、俺たちはマウセリア王国へ帰国した。


 帰国後、宰相が言っていた者たちが、空巡艇一号の残骸が隠されている場所を突き止め、それがムアトル公爵の関係している場所だと判明する。


 ただカザイル王国の国王が、この件に関与しているかどうかまでは判らなかった。

 周辺諸国から慎重な性格だと評価されている国王ウラガル二世が、密かにムアトル公爵を暗殺するように命じた。その命令の一ヶ月後、ムアトル公爵が急死したという情報がマウセリア王国へ届く。

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