第346話 宰相の諫言
俺は海を漂っている男の近くにグレーアウルを着水させ、男に近寄せる。ディンとマポスの二人が、その男をグレーアウルに引き上げた。男は気を失っているだけのようだ。
「ニムリスではないか。起きろ、しっかりするのだ」
男はモルガート王子の護衛である魔導師ニムリスだった。ディンは気絶しているニムリスの身体を揺する。
「……うっううう」
ニムリスが目を覚ました。
「ニムリス、分かるか」
「み、水……」
ミリアが水を持って来て、ニムリスに飲ませる。
「……シュマルディン殿下。何故ここに?」
「兄上たちを探しに来たに、決まっている」
何かを思い出したのだろう。ニムリスが目に涙を浮かべた。
「も、申し訳ありません。殿下をお護り出来ませんでした」
ニムリスが殿下というのは、モルガート王子の事だろう。静かに涙を流すニムリスが落ち着くまで待った。しばらくしてから、ニムリスが当時の状況を語り始める。
「偶然、我々がオラツェル王子の空巡艇を見付けなければ、こんな事にならなかったのです」
モルガート王子が空巡艇二号を着水させ、オラツェル王子と話をした後、空巡艇二号が飛び去ろうとした。
その時、爆発音がして不時着したらしい。原因はオラツェル王子の攻撃である。
「そんな……」
ディンが思わず声を上げた。
「本当の事でございます。それに気付いたモルガート殿下が怒りの声を上げ、空巡艇一号に<雷槍>を放たれたのです」
俺は顔を顰めた。これは兄弟喧嘩の範囲を超えている。何故そこまで憎しみ合わなければならなかったのか。
ニムリスによれば、最初の攻撃はオラツェル王子が竜炎撃を使ったと言う。
「竜炎撃は、王城で管理しているのでは、なかったのか?」
俺が確認するとディンが、
「たぶん、オラツェル兄上が持ち出したのです。昔から権威を笠に着て王家で所有するものを持ち出していましたから」
オラツェル王子は昔から問題児だったようだ。最後にオラツェル王子が竜炎撃で空巡艇二号を吹き飛ばし、ニムリスは海に投げ出されたという。
「それでモルガート王子とオラツェル王子はどうなったのです?」
俺が話を促すと、
「モルガート殿下は、竜炎撃の攻撃で致命傷を負われ海中に沈んでしまいました。オラツェル王子と空巡艇一号はしばらくの間、海を漂っていたのですが、魔導飛行船が現れオラツェル王子と空巡艇を引き上げ、飛んで行きました」
ニムリスは波間を漂う空巡艇二号の残骸に隠れて見ていたようだ。その時は、オラツェル王子と一緒に助けられた場合、命の危険があると判断し助けを呼ばなかった。これが三日ほど前の事だと言う。
「おかしいではないか。オラツェル兄上が救助されたという話は聞いていないぞ」
「あの魔導飛行船に乗っていた者の中に、ムアトル公爵の部下らしい者がいました」
俺はムアトル公爵の顔を思い出し、不愉快な気分となっていた。
「あいつ、オラツェル王子の事は一言も言わなかったぞ」
「カザイル王国は同盟国ではにゃかったのでしゅか」
ミリアたちが当然の疑問を抱いたようだ。
「魔導先進国の奴らは、空巡艇の技術を知りたがっていたんだ。それを調べる為に空巡艇一号を回収し、ついでにオラツェル王子も連れて行ったのだろう」
「戻って、ムアトル公爵に抗議しましょう」
ディンが怖い顔で声を上げた。
「待て、他の者の捜索は打ち切るのか?」
モルガート王子が死んだのは、ニムリスが目撃しほぼ確定している。だが、他の者は生きて漂流している可能性もある。
話し合い、暗くなる直前まで捜索を続ける事になった。結局、見付からずカザイル王国の首都ベリオルに戻る。
ベリオルに戻った俺とディンは、捜索本部が設置された建物へ行き状況を聞いた。ムアトル公爵は居なかったが、担当の役人らしい人物から発見の連絡は届いていないという情報を受け取る。
「ムアトル公爵は、どちらに居られるのですか?」
俺が尋ねると役人が、
「屋敷に戻られました。明日また来られるそうです」
ムアトル公爵の屋敷は、ベリオル城の近くにあるらしい。捜査本部を出た俺たちは、グレーアウルへ戻る。
カザイル王国の役人が、ディンの為に宿泊施設を用意していると言っていたが、断った。砂浜に着地させたグレーアウルの中で休む事にしたのだ。
翌朝、ムアトル公爵から連絡が届く。オラツェル王子が発見されたという連絡である。俺とディンが発見されたと聞いた海岸へ行くと、オラツェル王子とその部下二人の遺体が待っていた。
ムアトル公爵が暗い顔をして、ディンに話し掛ける。
「誠に残念な結果だ。オラツェル王子の遺体は、海岸に打ち上げられていたのを漁師が発見したそうだ」
ディンが唇を噛み締め、返事をしないままオラツェル王子の遺体を見ている。
俺が代わりに、
「そうですか。残念です」
「遺体は捜査本部の方へ運ぶ予定だが、それでよろしいか?」
「はい、お願いします」
ムアトル公爵の部下たちが、オラツェル王子たちの遺体を運び去って行く。残った俺とディンは、海を見ながら相談した。
「ミコト、何故オラツェル兄上は死んだのだ。ムアトル公爵の部下が助けたのではなかったのか?」
「分からない。何か不測の事態が起きたとしか思えない。初めから殺すつもりなら、空巡艇一号だけを奪い、オラツェル王子は海に落とせば良かったのだから」
俺の想像だが、空巡艇一号の調査を始めたカザイル王国の者を見て、オラツェル王子は文句を言ったのではないだろうか。その揉め事がオラツェル王子の死という悲劇に発展したのでは……。
その日の昼頃、マウセリア王国の魔導飛行船が到着した。驚いた事に、船には宰相クロムウィード侯爵も乗っていた。
マウセリア王国の一行は、オラツェル王子の遺体と対面し悲嘆に暮れる。特にオラツェル王子の母親である第三王妃は大声で泣き始めた。
俺とディンは宰相をグレーアウルの所まで連れ出し、ニムリスと会わせた。ニムリスがもう一度、レース終盤の出来事を語ると、宰相が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「それは本当なのか?」
「神に誓って偽りは申しません」
「な、なんと愚かな。一国の王子同士が殺し合うとは……」
ムアトル公爵の部下らしい男が乗る魔導飛行船が、オラツェル王子を救助したとニムリスが証言する。
「それは確かな情報なのか。本当にムアトル公爵の部下だったのか?」
「体力が尽き果て朦朧とした状態で見ておりましたので、確実だとは申せません」
クロムウィード宰相は、あやふやな証言で同盟国であるカザイル王国を非難するような事は出来ないと判断したようだ。
ディンが不服そうな顔をする。
「殿下、国の舵取りをする者が私情に流され、軽率な行動をすれば、国が不利益を被るのですよ」
「判っている。だが、このまま見過ごすのか」
「いえ、ニムリスの話が本当なら、ムアトル公爵は空巡艇一号の残骸を所有しているはず。それを確かめます」
「どうやって?」
「……王家にも、それなりに人材は居ます」
人材というのは、諜報員という意味だろう。宰相は暗い表情を浮かべながら、モルガート王子とオラツェル王子の親族が待つ捜査本部へ戻って行った。
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