第345話 海上の王子たち2

 魔光石燃料バーを抜き取り、ミコトが用意した魔力注入装置をセットする。乗組員の一人が魔力注入装置の取っ手を握り、魔力を流し込む。


 一人の人間が保有する魔力で飛んでいられる時間は短かった。オラツェル王子以外の者が魔力を使い切り、ぐったりと床に座ってしまうまで、さほど時間は掛からなかった。


「貴様ら、不甲斐なさすぎるぞ」

 オラツェル王子が怒っても、返事をする元気は他の者になかった。


 空巡艇一号が波間を漂い始め、かなりの時間が経過した頃、上空に空巡艇二号が現れた。これは不運としかいいようのない偶然だった。


 海に不時着している空巡艇一号を発見したモルガート王子たちは近くに着水し、ゆっくりと接近を始める。

「オラツェル、生きているのか」


 モルガート王子が扉から半身を出し、声を掛ける。その声に気付いたオラツェル王子が、扉を開いて顔を見せた。


「五月蝿い、生きているに決まっているだろ」

 その様子で魔光石が尽きたのだとモルガート王子は判った。

「元気そうだな。何故、こんな場所で漂流している?」


 オラツェル王子が顔を歪める。

「気付いている癖に、白々しい」

「魔光石が尽きたか。考えも無しに無茶な飛行経路を選択するからだ」

 オラツェル王子が殺気の篭った眼でモルガート王子を睨む。

「怖い目だ。ゴールしたら助けを呼んでやる。それまで釣りでもして時間を潰していろ」


 中に身体を引っ込めたモルガート王子が飛び立つように命じた。空巡艇二号がふわりと浮き少しだけ移動した時、その推進装置に炎の塊が命中した。


 爆発音が響き渡り、空巡艇二号が煙を吐き出しながら海に墜落する。盛大に水飛沫が舞い上がり、挺内から悲鳴が上がる。


 空巡艇の扉が開かれ、頭から血を流したモルガート王子が鬼のような形相で顔を突き出した。

「き~さ~ま~」


 オラツェル王子は真っ青な顔で、魔導武器である竜炎撃を構えていた。空巡艇二号を撃墜したのは、オラツェル王子が放った竜炎撃の攻撃に間違いない。


 憎悪に歪めた顔で、<雷槍>の呪文が唱えられた。モルガート王子の得意魔法である。雷槍が空巡艇一号の操縦室に突き刺さり爆発した。この爆発でオラツェル王子以外の乗組員が命を落とす。


 壁に叩き付けられたオラツェル王子が起き上がり、恐怖に強張った手で竜炎撃を握ると発射ボタンを押した。


 この日、マウセリア王国にとって最悪の事件が起きた。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 趙悠館に迷宮都市の太守であるシュマルディン王子が駆け込んで来た。

「ミコト、何処にいる」

 その声を聞いた俺は、趙悠館の外へ出た。


「どうした、ディン」

 ただならぬ事態が起きたらしく、ディンの顔色が変わっていた。

「兄上たちが行方不明となられたのだ」


 ディンの話によると、レースのトップグループにいたはずの二人の王子が、ゴールに戻って来ないらしい。主催国のカザイル王国が捜索中だという話だが、発見されていないようだ。


「一刻も早くカザイル王国へ行かねばならない。ミコトの魔導飛行バギーを貸してくれ」

 この国で最速の魔導飛行船は、改造型飛行バギーだと考え借りに来たのだ。ディンは少しでも早く、カザイル王国へ行かねばと焦っていた。


「工房で最新の空巡艇を作っている。それを使った方が早く着くと思う」

「本当か。なら、それを貸して」

「実験機なんで、操縦方法が少し違うんだ。練習しないと操縦は無理だ。俺も一緒に行くよ」


 高速空巡艇の実験機として製作したものが、運用テストの段階まで進んでいた。カザイル王国までだったら、十分飛行可能だと思う。但し、もしもの時の為にカリス親方かドルジ親方のどちらかに同乗して貰う方がいいだろう。


 俺は急いで手配した。ドルジ親方が同乗してくれる事になり、護衛役はキャッツハンドのミリアたちに頼んだ。ルキも行きたいとゴネるのでしょうがなく許可する。


「やっちゃー、初めての外国旅行だ~」

 ルキが嬉しそうに跳び上がった。

「さあ、手早く荷物を纏めるよ。ルキも手伝いにゃさい」

 リカヤが指示すると、キャッツハンドのメンバーは着替えなどの荷物を用意する為に戻っていった。


 実験機ではあるが、一応高速空巡艇と呼んでもいい性能を持つ機体は『グレーアウル』と命名されている。灰色のフクロウという意味だが、機体を灰色に塗装しているので、そう命名した。


 この機体は一〇人乗りで、トイレもあり長時間飛行も考慮して設計されている。俺は趙悠館の事を伊丹に頼み、魔導飛行船工場へ向った。


 ディンも旅の準備をして荷物を持っている。

「ダルバル爺さんは行かないのか?」

 俺の質問に、ディンが首を振る。


「迷宮都市の仕事が忙しくて、抜けられないんだよ」

「王都へ寄って、陛下に会う?」

「いや、直接カザイル王国へ飛ぶ。王妃様や貴族たちは国の魔導飛行船で行くそうだ」


 工場では灰色の機体が引き出され、飛行準備が終わっていた。

「準備は終わっているぞ。魔光石燃料バーも予備を含めて積んである」

 ドルジ親方が威勢のいい声で報告する。


「食料と水は?」

「水は十分な量を積んだ。だが、食料は一日分だけだ。急な話で用意出来んかった」

「それで十分だよ。食料はカザイル王国で買えばいい」

 全員がグレーアウルに乗り込み、迷宮都市から飛び立った。


 グレーアウルの最大速度は時速三五〇キロとなる。巡航速度は三〇〇キロなのでカザイル王国だと一日で到着する。


「もう三本足湾を横断したのでしゅか。速いにゃ」

 ミリアがグレーアウルの飛行速度に感心する。グレーアウルの座席はあまり座り心地が良くない。空巡艇と同じものを使っているだが、これは後で変えるつもりだ。こんな椅子で長時間過ごせば、エコノミー症候群になりそうだからだ。


 座席は特注品となる予定だが、仮眠も出来る構造のリクライニングチェアにする予定である。


 予定通り一日でカザイル王国に到着し、ディンと二人でレース開催式典が行われた建物に向った。その建物に捜索本部が有ると聞いていたからだ。


「これはシュマルディン王子。迷宮都市から、もう到着されたのか」

 ムアトル公爵が驚いたような顔をしている。

「そんな事より、兄上たちは見付かったのですか?」


「いや、まだだ」

「我々も捜索します。海図の提供と捜索場所を教えて貰えますか」

「いいだろう。誰か用意しろ」


 公爵の部下が海図を持って来た。公爵たちの説明によると捜索はあまり進んでいないらしい。横風が強く捜索が難航しているそうなのだ。


 俺は海図を確かめてから、ゴール近辺の海を探す事にした。魔光石が尽きたのが原因だとすると、ゴール近くの海で遭難した可能性が高いからだ。


 遭難した空巡艇二隻の捜索を開始した。一日目は何も見付からず、二日目の昼頃。

「あそこに何か有りましゅ」

 目のいい猫人族のミリアが声を上げた。

 俺はミリアが指し示す方向に飛ばす。何かに掴まり波間を漂っている男の姿が目に入る。

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