第340話 再生薬

 俺は何度もヒュドラモドキに斬撃を放った。その度に醜い首が刎ね飛び、凄惨な叫び声が上がる。そして、頭と首が再生を始めた。


 突然、ヒュドラモドキが奇妙な行動を取る。落ちた頭を自分で食べ始めたのだ。

「こいつ、どういうつもりなんだ?」

 一旦、距離を取った俺は、薫に問い掛けた。


「神様じゃないんだから、無から有は生み出せないのよ」

「そうか。再生にも何らかの元が必要なのか」

 そう言えば、ヒュドラモドキが少しスリムになったように見える。


「待って……魔物は魔晶管から発生する魔力も使っていると言われているのよね。だとしたら、これだけ魔力を使うと魔晶管の質も落ちるんじゃないの」


 人間は筋肉の魔導細胞に蓄えられている魔粒子を使って魔力を発生させていると言われているが、魔物は筋肉以外に魔晶管の中にある魔粒子も使用している。


 ヒュドラモドキが再生などで魔力を使う度に、魔晶管の魔粒子が消費されていると……まずい、こいつの魔晶管は再生薬の材料として使うつもりなんだ。


「俺に時間をくれ」

「分かった。何か考えが有るのね」

 薫は<崩岩弾>を連射し、ヒュドラモドキを近付けないように弾幕を張る。その間に、俺は<大地操作>の準備を始めた。


 魔粒子の流れを探りながら地中深くに有る地脈を探し、そこから大量の魔力を変換し地上へと導く。


 ヒュドラモドキの足元の地面が波打ち、その巨体が地面に沈み始めた。四本の足が地面に沈み、その土が圧縮され石のようなものに変わった。


 足を固定されたヒュドラモドキは、何とか抜け出そうと暴れる。そこに地面から、四本の石槍が突き出され四つの頭を貫いた。


 ヒュドラモドキを身動き出来ない状態にした俺は、奴の背中に飛び乗った。背中に乗った状態で、絶烈刃をヒュドラモドキの背中に突き刺し、切り裂き始める。


 骨を断ち内臓が見えるほどの裂け目を作ると、そこに手を入れ大きな魔晶管を引き摺り出した。ヒュドラモドキがガタガタと震え始める。


「こいつがトドメだ」

 俺は魔晶管を切り外し体外へと持ち出した。背中から飛び降り、魔晶管を持って薫の下に駆け戻る。


「持っていてくれ」

 魔晶管を渡し、ヒュドラモドキの様子を見る。弱っているが、息絶える様子はない。魔晶管が弱点という訳ではないようだ。


 俺はもう一度ヒュドラモドキの背中に飛び乗る。奴は串刺しにされた頭を強引に引き抜こうとしている。頭が裂けるのも構わず引っ張り自由になると、血塗れの頭で攻撃して来た。


 背中から飛び降りて避けた。追撃しようとする巨大な口に<崩岩弾>が命中し、頭が砕け散る。薫の援護だ。


「サンキュー、助かった」

 薫がヒュドラモドキを見詰めながら首を傾げる。

「どうした?」

「砕いた頭が再生しないようなの」

 俺も確かめると、本当に再生しないようだ。


 それからの戦いは楽になった。一つずつ首を刎ね、体内に四つ存在した心臓を切り裂くと息の根が止まった。


 足が固定されているので立ったまま息絶えているヒュドラモドキから、濃密な魔粒子が放出される。その魔粒子を俺と薫、それにポカーンと見物していたサーディンが吸収した。


「何もしていない儂が、こいつの魔粒子を頂いても良かったのか」

「構わない。その代わり、エヴァソン遺跡で働いて貰うからな」

「もちろん働く。いや、働かせて下さい」

 サーディンは実力差を感じ取り、俺を上位者として扱うと決めたようだ。


 毒を持つヒュドラモドキの肉は諦め、皮を剥ぎ取り持って帰る事にした。エヴァソン遺跡に戻った俺たちは、虎人族に村はヒュドラモドキの毒で住めない土地となり、廃棄するしかないと告げた。


 虎人族はショックを受けているようだ。俺は犬人族と話し合い、虎人族がここで暮らせるように手配した。


 俺は一人だけヒュドラモドキの魔晶管を持って趙悠館に戻り、二人の医師に再生薬の作成を頼んだ。作製に三日が必要だというので、一旦エヴァソン遺跡に戻る。


 二日ほど遺跡に泊まり、虎人族と犬人族の代表を集め、どういう風に協力して生活するのか相談した。


 ルキとオリガは虎人族の子供たちとも親しくなり、一緒に地下空間の掃除とかを手伝い始めた。一生懸命に掃除をしているオリガは楽しそうだ。


 オリガは身体に比べて大きすぎる箒を頑張って動かしていた。ルキと並んで掃除している姿を見ると何だかほっこりする。


「真希さんが、新しい神紋を授かるそうだけど見に行くか」

「「は~い」」

 俺はオリガとルキを連れて神紋付与区画まで行く。薫と真希さんがある神紋の扉の前に立っていた。


「真希姉さん、扉に触れてみて」

 真希さんが躊躇いながらも手を伸ばすのが見えた。その手が扉に触れると大気の中級神の名前が書かれた扉が光った。


「良かった。反応しなかったら、どうしようかと思った」

 真希さんがホッとしたように声を上げた。

 それを聞いた薫が、

「大丈夫よ。そんな時は一緒に大鬼蜘蛛でも狩りに行けばいいんだから」

 真希さんが嫌そうな顔をする。


「ねえ、本当にこの神紋付与陣は大丈夫なの? 元の神紋をカオルが改造したんでしょ」

「大丈夫よ。神紋術式解析システムでちゃーんと確認してあるから」


 薫が改造した神紋付与陣は、『魔導眼の神紋』である。この神紋に『数理の神紋』の演算機能を付け足したものが、扉の奥に有るのだ。


 神紋の名前も『魔導数理眼の神紋』と変わっており、この神紋を授かった者は頭の中に演算装置を持ったかのような働きをする。


 元々の『魔導眼の神紋』には応用魔法で<記憶眼>が有った。<記憶眼>は頭の中に高密度記憶領域を作り、様々な情報を溜め込む事を可能とする。


 溜め込んだ情報と演算機能を使い、一種のコンピュータのような機能を構築出来るのだ。但し演算機能を動かすにはオペレーティング・システムの代わりとなる応用魔法が必要で、その開発も終わっていた。


 因みに、薫は自分の持つ『魔導眼の神紋』を『魔導数理眼の神紋』に魔改造していた。しかも、今回の神紋付与陣で改造したものとは比べ物にならないほどの高性能な演算機能を追加している。


 神紋付与陣の『魔導眼の神紋』は、適性を判定する扉の機能との関連で、大幅な改造は無理だったのだ。薫の魔改造した『魔導数理眼の神紋』がスーパーコンピュータなら、改造した神紋付与陣のものはノートパソコン程度の性能しかなかった。


 薫は自宅にある高性能パソコンに構築されている神紋術式解析システムを、頭の中で再構築しパソコンの中のシステムは廃棄した。

 自宅に神紋術式解析システムを置いておくのはセキュリティ上危ないと考えていたからだ。


 真希さんは神紋を授かる為に部屋に入る。数分後にふらふらして出て来た時には、薫も心配した。

「私は大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから」


 二時間ほど休むと回復したようだ。

 数ヶ月後、真希さんは薫にしごかれながら『魔導数理眼の神紋』を使いこなすようになり、マナ研開発の貴重な人材となる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る