第341話 再生薬2
趙悠館では、二人の医師が再生薬を作っていた。
「これで完成か」
マッチョ宮田が呟くように言う。最近は魔物狩りにも行くようになり、自慢の筋肉が一層盛り上がっている。
「上級再生薬だと思うか?」
ヒュドラの魔晶管内容液でない事を除けば、他は上級再生系魔法薬の材料を使っていた。鼻デカ神田は最後の反応が終わった液薬を見て尋ねた。
「ヒュドラではなく、ヒュドラモドキの魔晶管内容液ですからね」
「だが、上級再生薬なら、今まで不可能だった治療も可能になる」
上級再生薬が本物なら、これを欲しがる者は世界中に大勢居るだろう。もしかすると社会的問題を引き起こすかもしれない。
遺跡から戻った俺たちは、調薬工房兼研究所へ行き再生薬が完成したか確かめた。
「ああ、完成している。だけど、これが上級再生薬かどうかは判っていない」
動物実験を行い再生薬だというのは判明しているが、上級かどうかは判らないとマッチョ宮田が説明する。
「ねえ、ミコトお兄ちゃん。上級再生薬って、飲めば眼も治るんだよね」
俺が上級再生薬さえ有ればなと何度も言っていたので、オリガも覚えていたようだ。
「そうだけど、これはまだ上級再生薬かどうか分からないんだよ」
「飲んじゃ駄目なの?」
「試してみてもいいんじゃないか」
鼻デカ神田が言い出した。
「待って頂戴。副作用とか調べないでいいんですか?」
薫が副作用を心配して止めた。
「魔法薬に副作用というものは、ほとんどないという事が判っている。問題は薬効が効くかどうかというだけだ」
「心配なら、最初の被験者には、僕がなります」
マッチョ宮田が提案し、試験管に小分けされた再生薬を飲んだ。
「チッ、もったいない事を……健康体のお前が飲んでも薬効を確かめられんではないか」
鼻デカ神田が文句を言う。
「そんな事はありませんよ」
マッチョ宮田は袖をまくり、腕に有った古傷を見せた。その古傷がゆっくりと消えていった。
「どうです。今までの再生薬では消えなかった古傷が消えましたよ」
それから一時間ほど様子をみたが、被験者は元気である。
「何か、宮田先生が若返ったように見えるんだけど、目の錯覚?」
薫が首を傾げながら言い出した。
「きっと肌の張りとかが、改善して若く見えるんじゃないか」
俺が適当に言うと薫は納得したようだ。
大丈夫そうなので、オリガに飲ませる事にした。
まず、サイトバードの召喚を解除してから、試験管に入っている再生薬を渡した。
オリガが目を瞑って、再生薬を飲む。
「どうだ、目を開けてみろ」
ゆっくりと目蓋が上がり、青い瞳が見えた。周りを確認するようにキョロキョロと動いた瞳が、窓から差し込む陽光を見詰めて止まる。
その眼から涙が零れ出た。その涙を見て、俺は慌てた。
「駄目だったのか。心配するな。次は本物のヒュドラを仕留めて、本物の上級再生薬を作ってやる」
「違うの、ミコトお兄ちゃん。完全じゃないけど、ちょっとだけ見えるようになったの」
オリガの話を聞くと、月明かりの中で見ているように薄ぼんやりと見えるようになったらしい。
その結果に、俺は正直がっかりしていた。もしかすると完全に治るんじゃないかという期待が大きかったからだ。
オリガにとって、自分の眼で少しでも見えるようになったという事は、泣くほど嬉しい事だったようだ。
だが、俺は満足していない。次こそは本物の上級再生薬を手に入れてやる。
薄ぼんやりと見えるようになった眼では役に立たないようで、オリガはサイトバードを再召喚した。
オリガの眼の件は一件落着したが、ヒュドラモドキの再生薬にはもう一つの効果が有る事が判明した。
─── 若返りの効果である。
オリガが飲んだ時には判らなかったが、年老いたネズミに試した所、ネズミが若返ったのだ。
黒い毛の中に白い毛が混じり始めた年老いたネズミに、再生薬を飲ませて様子を観察した所、毛並みが若い頃のように戻り、素早い動きも出来るようになっていた。
マッチョ宮田が若返ったように見えたのは、本当に若返ったからなのだ。若返ると言っても時間が戻る訳ではないので、オリガが赤ん坊に戻るような効果はない。
老化により劣化した細胞が、再生薬の効果で一定の割合で修復されたようである。二人の医師は近所に住む老人にお願いし人体実験を行った。
その結果、最大二〇歳ほど若返る事が証明された。
俺は調薬工房兼研究所に残っている若返り効果付き再生薬の数を数えた。二〇〇人分と少し有る。
「この結果を日本に戻って、報告せねばならん」
鼻デカ神田が言い出し、次のミッシングタイムで日本に戻る事にしたようだ。
再生薬の所有権は俺に有る。調薬に必要な材料を調達したのは俺であり、再生薬を作るように依頼したのも俺だからだ。しかし、実際に作った二人の医師とも話し合い一〇人分だけ譲る事にした。
次のミッシングタイムまでの間に、オリガとルキと一緒に遊び楽しい時間を過ごした。
一方、真希さんは薫から特訓を受け、『魔導数理眼の神紋』を少しだけ使えるようになったようだ。
「この神紋が高校生の時に有ったら、もっといい大学に入れたのになー」
真希さんが呟くと薫がジト目で睨み。
「それはカンニングと同じよ」
「そうかな。でも、自分の頭の中のものしか使っていないんだから、違うような気もするけど」
薫が溜息を吐くのが見た。
ミッシングタイムが迫り、俺は鼻デカ神田を連れて旧エヴァソン遺跡の転移門へ向った。
薫と真希さん、オリガの三人は、犬人族と虎人族が居るエヴァソン遺跡へ行き、あそこの転移門から日本に帰る予定になっている。
その夜、俺たちは日本に戻った。
検査や報告書の作成が終わり、東條管理官に提出する。座り心地の良さそうな椅子に座った東條管理官が、書き上げたばかりの報告書を取り上げ読む。
「何か特別な事が有ったか?」
「……若返りの薬を手に入れました」
ゴトッと音がした。東條管理官が椅子から転げ落ちた音だ。
「な、何だと!」
起き上がった東條管理官が俺に詰め寄る。
「冗談じゃないんだろうな」
「神田先生たちも確認され、病院に報告すると言っていましたよ」
それから、東條管理官は若返り効果付き再生薬、略して『R再生薬』について詳しく報告させ、それを纏めるとJTG本部へ出掛けた。
俺はオリガたちがちゃんと日本に戻れたか確認する為に、薫に連絡した。近くの喫茶店で待ち合わせすると、眠そうなオリガを連れた薫と真希さんがやって来た。
「オリガは眠そうだね」
「ふにゅ、らいじょうぶ……」
そう応えながらも船を漕ぎ始めたオリガを、優しい目で見詰める。
薫が苦笑いをして、
「先にオリガちゃんを送ってから、来た方が良かったかな」
「俺が送っていくよ」
オリガが本格的に眠ってしまったので、早々に喫茶店から退散し帰る事になった。タクシーでオリガを送った後、東條管理官から連絡が有った。
JTG本部に来いという呼び出しである。
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