第338話 ヒュドラモドキ

 薫はヴァーリアの傍に寄り、頼んだ。

「虎人族が何故エヴァソン遺跡へ来たのか教えて」

 族長の母親ヴァーリアは暗い顔をして話し始めた。


「私たちがここへ来たのは、村がある魔物に襲われ廃墟となったからなのです」

「へえ、村はどの辺にあったの?」

「ここから北の方角、ロロスタル山脈の麓にありました」


 俺はここに居る虎人族を見回し、ヴァーリア以外の女性や子供が居ないのを不思議に思う。ヴァーリアは、俺の視線に気付いたようだ。


「戦士以外の者は、少し離れた場所で待っております」

 ヴァーリアの疲れた様子から、虎人族の中で体力のない者が疲れ切っているのが予想される。


「ねえ、一時的にでも虎人族を遺跡に泊めてあげましょうよ」

 薫が提案しなくても、その気になっていた俺は、ムジェックと相談し虎人族に女性や子供たちを連れて来るように言った。


「良いのですか?」

 虎人族の老女が少し驚いたような顔で、俺の方を見た。

「エヴァソン遺跡には、まだ余裕が有る。但し犬人族と武器を持って争うような事が有れば、出て行って貰うぞ」


 その決定を聞いて、サーディンとヴァーリアは深く感謝したようで、約束通り俺に族長の座を譲ると言い出したが、面倒だと感じたので断った。


 虎人族の戦士たちが迎えに行き、二時間ほどで戻って来た。五〇人ほどの虎人族戦士たちと一緒に、一二〇人ほどの虎人族がエヴァソン遺跡に到着する。女性や子供たちは一様に暗い顔をしていた。それに怪我をしている者が多い。


 その虎人族たちを七階テラス区に案内する。七階テラス区から入る地下空間は、四階テラス区と同様で多数の小部屋に分かれた空間や体育館ほどの広さがある地下倉庫のような場所が有った。


「ねえ、お腹空いたよぉ」

 虎人族の幼児が、母親らしい女性の手を握って訴えた。

「もう少し待って頂戴、お父さんが獲物を狩りに行っているから」

 どうやら虎人族たちは腹を空かしているようだ。


「ミコト様、虎人族の奴が飼っている鎧豚を殺そうとしています。来て下さい」

 犬人族の一人が飛び込んで来た。


「やれやれ」

 俺は溜息を吐いて走り出す。鎧豚を飼っているエリアへ行くと、虎人族の戦士と犬人族が言い争いをしている。どうやら野生の豚と勘違いし殺そうとしたようだ。


 俺は仲裁に入り、腹を空かした虎人族の為に一匹鎧豚を貰えないかと犬人族の豚飼いに頼んだ。その犬人族は躊躇うような様子を見せた。事情を聞くと、まだ飼育を始めたばかりで、今は数を増やしている時期なのだと言う。

「それでは仕方ないな。常世の森に狩りに行って来るよ」


「儂たちも同行させてくれ」

 虎人族の族長サーディンが神妙な顔をして頼んだ。

「いいだろう」


 俺は五人ほどの虎人族を連れて常世の森に向った。常世の森には、ガルガスの樹が密生している場所がある。そこはガルガスから甘い樹液を採取する場所として、犬人族に管理させている。


 その場所は大鬼蜘蛛が巣食っている場所なので他の魔物は近付かないのだが、例外は居る。大きく成長した鎧豚である。ハンターが狙う鎧豚は、体重一〇〇キロほどの奴だ。


 それ以上大きな鎧豚だと仕留めるのが難しくなる、というのが理由だった。そして、常世の森には三〇〇キロを超える大物が居る。それだけでかいと大鬼蜘蛛とも戦えた。


 俺たちはガルガスの林に到着すると、獲物を探し始めた。<魔力感知>を使って魔物を探す。北の樹の上に魔物が居る。大鬼蜘蛛だろう。こちらに近付かない限り無視だ。


「ここは大鬼蜘蛛が居ると聞いているが」

 サーディンが助言するという感じで告げた。

「知ってるよ。向こうの樹の上に居る。襲って来なければ無視するから気にするな」


 気にするなと言われても、虎人族たちは気になるようで何度も北の方の樹に視線を向ける。

「居た。鎧豚だ」

 俺は西に向かって歩き始めた。その後ろを虎人族が付いて来る。


 一匹の鎧豚がガルガスの根本に実っているガルガス芋を夢中になって食べていた。ざっと見た感じで三〇〇キロを超えていそうだ。


「ここは我らにお任せ下さい」

 サーディンが申し出た。

「いや、俺が仕留めるから、遺跡まで持って帰るのを任せる」


 俺は一番手に馴染んでいる邪爪鉈を取り出し構える。サーディンは邪爪鉈を見て目を見開く。

「槍が得意なのでは……」

 サーディンは勘違いしていた自分に気付き落ち込んだ。


 鎧豚は俺たちに気付いているのだろうが、ガルガス芋の方が重要だと思っているようで食べるのを止めない。


 鎧豚から一〇メートルほどまで無造作に近付く。その時、鎧豚が俺の方へ顔を向けた。食事の邪魔をするなと言っているような顔だ。


 俺がもう一歩踏み込んだ途端、鎧豚が戦闘モードとなった。長い牙が突き出ている口から威嚇の鳴き声を発し、剣呑な視線で俺を睨む。


 鎧豚の背後に土煙が上がった。

「危ない!」

 虎人族の戦士が叫ぶ。鎧豚が予想以上のスピードで突撃して来たのだ。


 俺は鎧豚に向って跳んだ。すれ違いざまに邪爪鉈を下から擦り上げる。右手にズシリと来る手応えが有り、鎧豚の首から鮮血が吹き出した。鎧豚が二、三歩よろよろと歩み、ドタッと倒れた。


 オオーッと虎人族が一斉に歓声を上げる。虎人族が死んだ鎧豚に駆け寄ろうとした時、頭上から大鬼蜘蛛が襲って来た。


 <風の盾>で大鬼蜘蛛の巨体をかち上げ、バランスを崩し地面に落下した奴の頭に邪爪鉈を叩き込んだ。鎧豚の死骸の横に、大鬼蜘蛛の死骸も横たわる事となった。


 虎人族は鎧豚の血抜きと大鬼蜘蛛からの剥ぎ取りを始め、俺はガルガス芋の採取を行う。ガルガス芋と鎧豚の肉を使って料理を作るつもりなのだ。


 エヴァソン遺跡に戻った俺たちは、虎人族と犬人族の女性陣に食材を渡した。料理を用意している両種族の間から笑い声が聞こえて来る。


 料理が完成し、夕食が始まった。俺と薫、ムジェック、ヴァーリア、サーディンの五人はムジェックの部屋に行き、食事をしながら話を始めた。


「村が魔物に襲われたと言っていたけど、どんな状況だったか聞かせてくれないか」

 俺が言うとヴァーリアが頷き話し始める。

「私たちは元々ジェルズ神国の辺境に近い場所に住んでおりました」


 ジェルズ神国と言えば、魔導先進国の一つである。ジェルズ神国は一神教であるジェルズ神教の信徒が興した国で、亜人族を蔑視する者が多く、住み難かったようだ。


 ヴァーリアの先祖がジェルズ神国を出て、ロロスタル山脈の麓に村を築いたのが一五〇年ほど前の頃らしい。


「何もない村でしたが、それなりに幸せに暮らしておりました。それが一ヶ月前、西からやって来た魔物に襲われたのです」


「どんな魔物だった?」

 サーディンの説明では、胴体は巨大なトカゲで、そこから蛇のような頭が四匹分生えているらしい。

「そいつの大きさは?」

「胴の長さが儂の背丈の四倍ほど、胴の長さの半分より少し短い蛇が四つ有った」


 俺はその姿からヒュドラを連想した。

「ヒュドラにしては、大きさも頭の数も違うな」

 薫も首を傾げている。

「ヒュドラなら、その倍以上大きいし、頭の数も九つのはず」


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