第337話 虎人族の族長サーディン2
虎人族の戦士が飛び掛かろうとするのを、族長が止めた。
「やめろ、ギルダ。まずは儂が話す」
族長に止められた虎人族の戦士が下がった。
俺とサーディンは話し合いを始めた。虎人族との話を総合すると、『儂ら虎人族は新しい住処として、ここが気に入った。ここを賭けて勝負をしようではないか』という事だ。
あまりにも脳筋な考え方だが、それが虎人族の流儀らしい。勝負の方法は、魔道具や魔法無しの真剣勝負だと言う。虎人族は犬人族の戦士に負けたのは、何らかの魔法または魔道具を使ったのではないかと考えたようだ。
魔道具が駄目だという事は、源紋を秘めている絶烈鉈や邪爪鉈も駄目だと気付き、俺は眉間にシワを作る。とは言え、負けるとは思わない。
「では、虎人族が負けた時は、何を差し出すんだ?」
俺が確かめると、
「そんな事になるとは思わんが、万が一負けた場合、族長の地位をお前に譲る」
そんなものは欲しくない。だが、勝負を拒んだ場合、虎人族全員でここを攻めると言う。撃退する自信は有る。俺が返事をする前に、ムジェックが口を開いた。
「何と愚かな。ミコト様の実力も知らずに勝負を挑むとは」
「ほう、その人族はそんなに強いのか。面白い」
いつの間にか傍に来ていた薫が、虎人族を見ながら告げる。
「虎人族って脳筋ばかりなのかな。ミコトも大変ね」
虎人族の戦士が薫を睨む。
「脳筋とは何だ?」
「筋肉が凄い人の事よ」
「ふん、そうか」
虎人族の連中が得意そうに胸を反らす。真剣に悩む事が馬鹿らしくなった俺は、勝負を受ける事にした。
「決着の判定は?」
「相手が死ぬか、降参するかだ」
使い慣れた武器で戦えないのは、かなり不利になる。その事に薫も気付いたようで。
「ちょっと、不利なルールだけど大丈夫なの?」
「心配ない。族長だけは『魔力袋の神紋』を持っているようだが、神紋レベルは4ほどだ。身体能力だけで言えば、俺の方が上だと思う」
俺は族長が無意識に放つ魔力から、族長の神紋レベルを推定した。確かに油断出来ない相手だが、『竜の洗礼』を受けた俺や薫に比べるとまだまだという感じがする。
俺は武器として、犬人族が使っていた普通の槍を選んだ。
門の前に、犬人族や虎人族の者たちが集まり、大きな輪を描くように並んだ。その中心に俺と虎人族の族長が進み出る。
サーディンは自信有り気に大剣を抜いて素振りをしている。
「見てみろ。あの力強い剣捌きを」
「あの重い剣を軽々と振れるのは、サーディン様しかおらんからな」
虎人族は族長の勝利を疑っていないようだ。
見守っている者たちの中に、オリガの顔が有った。心配そうな顔をしている。
「ミコトお兄ちゃん、怪我をしないでね」
「怪我なんかしないさ」
ムジェックの合図で戦いが始まった。サーディンが大剣を掲げ飛び掛かって来た。鋭い斬撃が俺に向って放たれる。
上から迫る斬撃を槍の柄で弾き、軌道を逸らす。そして、素早く引いた槍をサーディンの胸目掛けて突き出した。サーディンが飛び退き槍を躱す。
「ガッハハハ……」
突然、サーディンが笑いながら大剣を振り回し始める。どうやら虎人族の族長は戦闘狂らしい。
縦横無尽に閃く斬撃が、俺に襲い掛かった。俺はギリギリで躱しながら敵の隙を窺う。それから一分ほど何度も何度も襲い掛かる斬撃を紙一重で躱した。
その様子を見ていた虎人族が、その調子でやっつけろと声援を上げる。
少し息が荒くなったサーディンが、
「ハアハア……どうした。避けてばかりで攻撃しないのか?」
「息が荒いな。もうへたばったのか?」
「チッ、減らず口を」
サーディンが気合を発し大剣を振りかざして踏み込んだ時、俺も同時に踏み込み、奴の足を槍の石突きで払った。
サーディンは面白いほど簡単に転んだ。虎人族の巨体が勢い良く宙に舞い、顔面から地面に落ちた。名古屋城の金のしゃちほこのようになったサーディンの身体がゆっくりと地面に倒れる。
そこに槍が突き出され、その切っ先がサーディンの喉元でピタリと止まる。
見守っていた虎人族が、この急展開を理解出来ないという顔で黙り込んだ。
「勝負ありだな」
地面から顔を上げたサーディンは、鼻血を出しながら唖然とした顔になり俺を見ている。
「そんな馬鹿な。今のは油断しただけだ」
俺は本気で虎人族の族長に威圧を放った。それを感じたサーディンの顔から血の気が引く。
「真剣勝負に待ったは無しだ。そうだろ」
見ていた虎人族の一人が、剣を抜いて走り出る。俺は族長に槍を突き付けたまま<地槍陣>の魔法を放った。
剣を抜いた虎人族の前に、地面から石の槍が突き出た。石の槍はその戦士の腕を掠め、握っていた剣を手放させた。
「貴様ら、皆殺しにされたいのか!」
俺の声には虎人族を金縛りにする力が込められていた。この時になって初めて、虎人族は俺の実力に気付いたようだ。
「クッ、殺せ!」
サーディンが大声を上げた。その言葉を聞いた俺はサーディンを見る。
「毛むくじゃらのオッさんが言うと、本気で息の根を止めたくなる」
その時、虎人族の中から声が上がる。
「お待ち下さい」
声を上げたのは、虎人族の老婆だった。
「息子の負けです。どうか命だけは奪わないで下さい」
族長の母親らしい。その老婆は疲れているようで、足元がおぼつかない。
「ミコト、ちょっと待って。虎人族にも事情が有りそうだから、聞いてみましょう」
薫が声を上げた。俺は何だか面倒事に巻き込まれそうな予感がした。
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