第335話 デパートの戦い2

 伊丹は自衛隊から武器を借りようとは思わなかった。銃やナイフより牛刀の方が戦いやすいと思ったのだ。

 デパートは警察により封鎖されていた。完全武装の木内三等陸尉を見て、警官は通してくれた。


 最初、食料品売場が戦いの場所となったが、地獄トカゲは逃げ出し、上の階の婦人服売り場が戦場となっているらしい。


 自衛官の数は、それほど多くないようだ。大勢を投入すると同士討ちの危険が高くなると判断したのかもしれない。銃声が聞こえた。戦いが続いているようだ。


「クソッ。奴ら、素早過ぎる」

「小隊長、笹井が負傷しました」

 地獄トカゲは、小銃の弾が一発命中したくらいでは死なず、毒爪で攻撃して来る。厄介な相手だった。


 自衛官の一人が地獄トカゲの毒爪に引っ掻かれた。パニックに陥った自衛官は地獄トカゲに向け、小銃を連射した。銃弾がデパートの壁に穴を穿つ。


 だが、肝心の地獄トカゲは、銃口が向けられると素早く逃げた。どうやら、銃という武器を学習したようだ。


 伊丹は木内三等陸尉にお願いして、自衛官を階段やエスカレーター付近に移動して貰う。負傷した自衛官に<対毒治癒>の魔法を掛け、病院へ搬送するよう指示を出した。


 伊丹は牛刀を出すと、地獄トカゲの気配を探りながら歩き出す。左前方の衣装が揺れた。


 同時に二匹の地獄トカゲが飛び掛かって来た。伊丹は毒爪の攻撃を掻い潜り地獄トカゲの首筋に牛刀の刃を走らせた。その速度は尋常なものではなく、一振りで地獄トカゲの首を切り落とす。


 もう一匹が、伊丹の顔に毒爪を突き刺すように飛び込んで来た。

「ふん」

 伊丹は前蹴りで地獄トカゲを弾き飛ばし、怯んだ地獄トカゲの眼に牛刀を投げ付けた。牛刀の切っ先は地獄トカゲの脳にまで届き、息の根を止める。


 伊丹は地獄トカゲの気配がなくなるまで戦い続け、合計五匹を仕留めた。

 最後の一匹を仕留めた時、牛刀がポキリと折れた。血糊や油で汚れた牛刀をタオルで綺麗にしながら使い続けたのだが、地獄トカゲの皮や筋肉は思っていた以上に硬く、少しずつ刃毀れして、最後には限界が来たようだ。


「包丁は駄目でござるな。鉈を選ぶべきでござった」

 この街に侵入した地獄トカゲは全部仕留められたようだ。残りの数匹は自衛隊に任せるしかないだろう。


 病院に戻った伊丹はクロエに会い、無事に地獄トカゲを退治した事を伝えた。安堵したクロエが尋ねる。


「私も異世界に行けば、伊丹のように強くなれますか?」

「拙者は案内人をしておるので、魔物より強くなる必要があったが、歌い手であるそなたには、そこまでの強さは必要ないのではござらぬか」


「そうですね。でも、目の前でマネージャーが死ぬのを見て、どうしようもなく不安に……」

 本気で怯えているようだ。伊丹は『PTSD:心的外傷後ストレス障害』という言葉を思い出した。


 その後、クロエは全国ツアーを中止し休養するとマスコミに報告した。マネージャーを亡くした彼女に対して、世間は好意的で復帰を待つというファンが多かった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 地獄トカゲが日本へ送り込まれた頃、犬人族の住むエヴァソン遺跡で、一つの騒動が持ち上がっていた。


 そこは、エヴァソン遺跡の四階テラス区の東屋である。犬人族の長であるムジェックは、眼の前に居る連中に困惑していた。


「おい、返答はどうした」

 虎の顔を持つ亜人族である虎人族の若者が大きな声で叫んだ。

「意味が判りません。何故、我々がここを虎人族に明け渡さねばならんのです?」


 虎人族の若者ボルゴは、馬鹿にしたように笑い。

「臆病者の犬人族が、抵抗するつもりか?」


 エヴァソン遺跡を探し当てた虎人族は五人、それに比べ犬人族は三〇〇人以上が住んでいる。何故、虎人族は自信満々に犬人族に喧嘩を売るのだろう。

 ムジェックは疑問に思った。だが、考えている暇はない。


「もちろん、抵抗します。ここはミコト様からお許しを頂き住んでいる我々の町です」

「生意気な!」

 ボルゴが剣を抜いて立ち上がった。


 ムジェックの後ろには、ムルカ戦士長を始めとする犬人族の戦士が五人ほど控えていた。ムルカが剛雷槌槍を構えて、ムジェックの前に出る。

「止めろ。戦いを挑むつもりなら、容赦せんぞ」


 ボルゴは制止を無視しムルカに剣を向け、戦いが始まった。体格はボルゴの方が大きい、ムルカの身長一六〇センチほどだが、ボルゴは一八〇センチを超えている。


 剣の斬撃がムルカを襲った。ムルカは斬撃を槍で弾く。

「何でだよ!」

 ボルゴは自分の斬撃を軽々と弾かれたと知って、ムルカの力に驚いたようだ。


 悔しそうな顔をしたボルゴは、連続して斬撃を放つ。そのことごとくをムルカの槍が受け流すか弾いた。ボルゴの仲間もムルカの部下たちに襲い掛かる。


 ムジェックは後ろに下がり戦いを見守った。虎人族たちは簡単に勝てると思っていたのに手強い抵抗に遭い、困惑し焦った。


 そして、ボルゴがムルカの反撃で地面に叩き伏せられると、次々に倒れた。その多くが剛雷槌槍の槌部分で殴られ気を失ったようである。


 但し犬人族の戦士は『雷発の槌』の能力を使わず、単なる鈍器として叩き気を失わせた。

「ムジェック様、こいつら『魔力袋の神紋』を持っていないようです」


 ムルカたちが勝てたのは、ミコトと伊丹から教えられた武術の技と『魔力袋の神紋』による筋力アップが原因だとムジェックは判断した。


 素の状態で虎人族と犬人族の身体能力を比べると圧倒的に虎人族の方が上である。それなのに犬人族の戦士は一対一で虎人族を圧倒した。


「ミコト様たちに感謝せねばならんな」

 ムルカが近寄って来て、

「こいつらはどういたしますか?」


「殺す訳にもいくまい。帰って貰おう」

「しかし、仲間を連れて仕返しに来るかもしれません」

「殺せと言っておるのか」


「この虎人族たちは、若輩で思慮が足りないと感じました。殺すのは……」

 ムルカも殺すのには躊躇いがあるようだ。

「殺さないなら、解放するしかあるまい」


「でしたら、ミコト様に知らせましょう」

 犬人族は虎人族を開放した後、迷宮都市に使いを送った。犬人族の中にはミコトの紹介で、ハンターギルドに登録した者が何名かおり、迷宮都市だけなら中に入れる者がいた。


 他の街なら、犬人族を中に入れなかっただろうが、太守であるシュマルディン王子が許可したのである。


 犬人族がミコトを呼びに行った頃、ボルゴたちは虎人族が野営している場所に戻り、父親であり族長のサーディンにエヴァソン遺跡の事を報告した。


「ほう、犬人族の住処か。それで見付けただけで戻って来たのか?」

「犬人族の奴らに、明け渡せと言い渡した」

「それで?」


 ボルゴたちが苦々しげに顔を歪め、犬人族に敗北した事を告げる。

「ただの犬人族ではないのか。だが、我々には住む場所が必要だ」

 サーディンは腕組みをして考え始めた。


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