第334話 デパートの戦い

 東條管理官から連絡用にと言われて預かった携帯が鳴った。

「十兵衛さんですか。昨日お会いした自衛官の木内です」

 どうやら電話の相手は病院で待っていた自衛官らしい。


「何か有ったのでござるか?」

「地獄トカゲが隣の県にあるヒルズ公園に出現し、負傷者が出たと連絡がありました」

「なるほど。拙者がそのヒルズ公園へ行けばよいのでござるな」


「いえ、ヒルズ公園の近くに在る病院へお願いします。自分が車の用意をしますので、ホテルの玄関においで下さい」


「承知した」

 レストランを出て、一旦部屋に戻って付け髭とサングラスをしてから玄関へ行くと木内三等陸尉が完全武装で待っていた。


 チェックアウトの手続きをしている間、伊丹の傍に居る木内三等陸尉を見て、ホテルの客がひそひそと不安そうに話している。


 完全武装した自衛官が来たからなのか、ホテル全体が少し騒がしい。外に出た伊丹が自衛隊の車に乗ると、すぐに走り出した。


「負傷者はどれくらい出たのでござる?」

「ヒルズ公園では、イベントが行われる予定になっていて、その関係者三〇人ほどが襲われ、九人が死亡、五人が毒で危篤状態にあると連絡がありました」


 犠牲者の数を聞いて、伊丹の顔に怒りの表情が浮かぶ。

「オークどもめ、許せんな」


 車が病院に到着し、伊丹と木内三等陸尉が中に駆け込んだ。治療室へ行く。その前には、イベントの関係者らしい数人の男女が暗い顔で長椅子に座っている。


 彼らの前を通り過ぎようとした時、一人の女性の項垂れている姿が目に入った。

「クロエではござらぬか」

 名前を呼ばれたクロエがゆっくりと顔を上げた。その顔は青褪めており、普段の彼女とは別人のようだ。


「その言葉遣い、もしかして……」

 伊丹は唇に指を当て、名前を呼ばないように合図した。

「顔色が悪い、どうしたのでござる」


「ヒルズ公園で魔物に襲われて……マネージャーと青木さんが」

 地獄トカゲに襲われた青木というのは、所属事務所の先輩らしい。マネージャーは彼女を庇って、地獄トカゲの毒爪を受け命を落としていた。

 クロエはマネージャーの死と先輩の大怪我に大変なショックを受けたようだ。


「十兵衛さん、早く」

 木内三等陸尉が呼ぶ声が聞こえた。

「十兵衛さん?」

 クロエが不審げな顔をした。


「ここでのコードネームみたいなものでござる。それより、元気を出すのだ。先輩の青木殿は拙者が何とかいたす」

 伊丹はクロエを元気付けてから、治療室に入った。


 治療室には毒に苦しんでいる患者が五人、医師は最も容体が悪い二十歳くらいの青年の前に伊丹を案内した。


「この患者から、試してみてくれ」

 医師は伊丹を見て、期待はずれというような顔をした。魔法で毒の治療をする人物と聞いて、もっと神秘的な人物を想像していたようだ。


 伊丹は頷いて、<対毒治癒>の魔法を使った。その青年はすぐに呼吸が楽になり、容体が改善した。周りの看護師や医師が驚き、目を丸くする。


 二人目は、三〇歳くらいの女性である。彼女が青木らしい。右肩から胸にかけて大きな傷跡がある。伊丹は<対毒治癒>を掛けた後、<治癒>を発動した。ここのままでは大きな傷跡が残ると思ったからだ。


 膨大な魔力に裏打ちされた<治癒>の魔法は、青木の肉体に眠る自己治癒力を最大限にまで高めた。その結果、医師や看護師たちが見ている前で、傷口が塞がり治り始める。


「そ、そんな……」

 医師の一人が常識を覆す現象に思わず声を上げた。

 すべての患者に魔法を掛け終えた頃には、周りの者の見る目が変わっていた。最初は付け髭の事もあり、若干胡散臭い者を見るような視線が有ったのだが、尊敬を通り越し崇拝するような視線に変わっている。


 御陰で居心地が悪くなった伊丹は、治療室を出た。外ではクロエがファンに取り囲まれていた。

「そこまでにしろ。彼女はショックを受けているのだ」


 静かな声だったが、従わなければならないと思うような力が篭っていた。伊丹はファンの隙間を縫ってクロエに近付き、その手を取って治療室前から離れた。ファンたちは追って来なかった。


「ありがとうございます」

「いや、これくらいは何でもござらん」

「青木さんは助かったんですか?」

「もちろんでござる」

 クロエがホッとしたように大きく息を吐いた。


 病院の食堂でお茶を飲んでいると木内三等陸尉が伊丹を見付けて近寄って来た。

「探しましたよ。十兵衛さん」

「済まん、また被害者が出たのでござるか?」


「いえ、そうでは有りません。地獄トカゲの群れがデパートに逃げ込んで、大変な事態になっているのです」


「怪我人は?」

「転んでちょっとした怪我をした者がいたくらいで、大丈夫だったようです」

「しかし、何故デパートなどに入り込んだのでござろうか?」


「食料品売場でブランド牛の特売をしていたようです」

 伊丹は木内三等陸尉の顔をジッと見た。今のは冗談なのかどうか判断しようとしたのだが……真剣な顔をしている。


「そんな馬鹿な」

 クロエがツッコミを入れた。

 木内三等陸尉がニヤリと笑う。

「良かった。スルーされたら、どうしょうかと思いました」


 結局、地獄トカゲがデパートに入った理由は判らないらしい。だが、障害物の多い場所であり、素早い動きをする地獄トカゲを仕留めるのに自衛隊は苦労しているようだ。


「専門家である拙者が行こう」

「しかし……」

「これ以上の犠牲者を出さない為でござる」


 伊丹は木内三等陸尉の躊躇いを押し切り、デパートへ行く事に決めた。

「クロエ、青木さんが病室に移されている頃でござろう。そちらで待っていた方がいいだろう」


 クロエは心配そうな顔で、

「十兵衛さんも気を付けて下さい」

「拙者は大丈夫でござる」


 伊丹は木内三等陸尉と一緒に病院を出るとデパートへ向った。途中、包丁などを売っている店で、刃渡り三〇センチの牛刀を買う。武器にしようと考えたのだ。


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