第333話 解毒魔法

「病院の治療では治せなかったのでござるか?」

「毒の成分を分析中で、それが終わらないと解毒剤を作れないという事だ。今は対症療法で延命している状態だと聞いている」


 すでに絶命した自衛官も数人出ており、状況を知ったJTGの神代理事長が、伊丹の事を思い出し東條管理官に連絡して来たのは、少し前の事だった。

「了解でござる」


「これを持って行け」

 東條管理官はレジ袋を渡した。

 伊丹が中を見ると、仙人が生やしているような付け髭とサングラスだった。

「これは何故?」


「病院では魔法を使う事になる。顔を隠す方が良いだろう」

 伊丹はげんなりしたような顔をして部屋を出た。


 伊丹はタクシーに乗って、病院へ向った。

 タクシーの中で付け髭とサングラスを着ける。タクシードライバーが不審げな目をして、伊丹の方をチラチラと見ている。


「お客さんは、テレビ関係の仕事をしている方ですか?」

「拙者は……」

「ああ、俳優さんですか。もしかして銀行強盗でもするのかと思ってびっくりしましたよ」

 タクシードライバーは相手の話を聞かないタイプの人間だった。


 伊丹が病院に治療に行くと言うと。

「へえ、そんな芝居が有るんですか」

 チグハグな問答を続けながら病院に到着した。


 病院では自衛官が待っており、伊丹の顔を怪訝そうに見てから。

「あなたがJTGから来られた方ですか?」

「そうでござる」

「同僚を助けてくれ。お願いします」


 自衛官は必死な様子で頼み、伊丹を毒に侵された自衛官が治療を受けている治療室に案内した。治療室で懸命な治療が行われていたが、医師の表情は暗かった。


「いかん、サチュレーションが下がっている」

 治療を受けている自衛官が三人、青白い顔をしてベッドに横たわっている。


 伊丹と一緒に来た自衛官が、

「葛城先生、治療出来るという方を連れて来ました」

 治療をしている医師が振り返り、伊丹を見た。


「その人は医者なのか?」

「……医者ではないと思います」

 周りいた看護師が呆れた顔になって、自衛官を見る。葛城医師も溜息を吐く。

「それじゃあ、駄目だ。医者でない者に治療はさせられない」


 今にも死にそうな自衛官を見て、緊急事態だと感じた伊丹は、医師の前に出て力強く言った。

「治療するのではない。魔法を掛けるだけでござる」

 葛城医師はイラッときたようだ。


「ここは病院だぞ。魔法なんて馬鹿言うんじゃない!」

 伊丹は冷静な態度で、葛城医師に視線を向ける。

「葛城殿、冷静になられよ。魔法は存在する。それは証明されている事でござる」

 伊丹の身体から静かな威圧感が放たれ、葛城医師は患者の前から身を引いた。


 数人の看護師と自衛官は、何が起こったのか判らず、身体を強張らせる。伊丹は患者の前に来ると精神を集中させ、頭の中で<対毒治癒ポイズンキュア>の引き金を引く。


 葛城医師の背中にゾクリとした感触が走った。突然現れた付け髭男から凄まじい存在感が放たれ始めたのを感じたのだ。それは伊丹が持つ魔力が活性化し、漏れ出したのが原因である。


 それを感じたのは葛城医師だけではなく、近くに居た全員が感じ伊丹を見詰める。

「何なんだ?」

 葛城医師が呟いた瞬間、伊丹の身体から放たれる存在感が魔力に変わり淡い光を放ち始めた。伊丹の持つ膨大な魔力が、漏れ出て発光化しているのだ。


 その光はベッドに横たわる自衛官へと放射され、その身体を淡い光で包み込んだ。しばらくした後、自衛官を包み込んでいた光が消える。


 自衛官が呆然とした顔で伊丹を見詰める。

「まさか……竜殺しなのか」

 危篤状態にあった自衛官の身体から毒が消え、顔に赤みが戻った。


「解毒しただと……嘘だろ!」

 葛城医師が急いで診察した。患者はぐったりしているが、脈拍や体温は平常に戻っている。


「本当に魔法は存在したのね」

 看護師の一人が呟いた。

「これは奇跡。天使様よ」


 クリスチャンらしい看護師が十字を切り神に祈る。

 傍にいた看護師が、付け髭にサングラスという伊丹を見て、

「いや、天使はないと思う。どちらかというと若い武○老師って感じよ」

 有名な漫画に出て来る武術の師匠の名前が出ると看護師たちが、なるほどと頷いた。


 伊丹は次々に毒に侵された患者を魔法で治す。隣の部屋にも地獄トカゲの毒爪で切られた自衛官が居たので、合計六人を魔法で治し、依頼を達成した。


 伊丹を案内した自衛官が、

「すみません、何とお呼びしたらいいのでしょう」


 江戸時代の剣豪である柳生三厳やぎゅうみつよし十兵衛じゅうべいの名前が、頭に浮かんだ伊丹は、

「そうでござるな。十兵衛と呼んでくれ」


「はあ、十兵衛……さんですか。いいでしょう」

 自衛隊としては、伊丹に残って貰いたいらしい。地獄トカゲの捜索は続いており、今後も毒爪にやられる者が出るかもしれないからだ。


 伊丹は近くのホテルに部屋を取り、しばらく滞在する事になった。ホテルに着いた時、すでに日が暮れていた。


 この町は、地獄トカゲが出現した転移門から一番近い町である。その所為で、自衛隊が町の各所で見回りをしていた。


「家でゆっくりしたかったのだが、仕方ござらんか」

 伊丹はホテルの部屋で日本酒を飲みながら、夜景を眺める。もちろん、付け髭は外していた。


 自衛官から聞いた話では、地獄トカゲ一〇匹が発見されておらず、この町にも侵入する危険が有る。


「平和そうに見えるのでござるが」

 テレビを点けると、魔物が侵入したニュースが流れていた。オークの攻撃に受けたのは、日本だけではないようだ。イギリス、フランス、中国、韓国、アメリカも魔物が転移して来たとニュースが流れていた。


 オークにとって、ゲートマスターを獲得するついでに、魔物を送り込んだ程度の作戦だったのだろう。送り込まれた魔物の数は多いが、普通の兵士でも倒せるほどの強さしかない魔物だった。

「これは警告?」

 伊丹が呟いた。


 翌朝、伊丹にしては遅くに目を覚まし、レストランでビュッフェ形式の朝食を食べる。食事が終わり、コーヒーを飲んでいると騒がしい声が聞こえてきた。


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