第332話 オークの転移門初期化装置

 ミコトたちが新しく使えるようになった転移門に物資を届けている頃、オークに占拠された火山観測所遺跡の転移門で大勢のオーク軍人たちが作業をしていた。


「新型の転移門初期化装置は完成したのか?」

 オーク軍のボグジャ隊長が、年寄りの技術者ガリョドに確認した。

「もちろんじゃ。今度の新規機能は素晴らしいもんじゃぞ」


「今度の装置だと、本当にゲートマスターになって戻れるんだろうな」

 オーク軍では、リアルワールドに転移させた仲間が戻って来ない事が問題になっていた。戻って来れないという事は、そのオークをゲートマスターとして使えないという事である。


 例外は、韓国へ転移させたオークだけだったので、オーク帝国の青鱗帝は激怒した。そして、技術者たちにゲートマスターを必ず確保する技術を開発しろと命じたのだ。


「必ず青鱗帝の期待に応えるつもりじゃ。……ところで、軍は何故魔物を集めている。今回は実験だけではないのか?」


 ボグジャ隊長が凶暴な顔で笑い。

「青鱗帝が、向こうの世界の人間共に恐怖と混乱を与えよと命ぜられたのだ」

「何故、このタイミングで?」


「我々が確保した転移門の近くで、人間共の活動が活発化した。人間共が何か企んでいると軍では推測している」

「なるほど、先手を打とうという事じゃな」

「そうだ」


 数日後、ミッシングタイムが訪れた。火山観測所遺跡の転移門に三体のオークが立っていた。転移門が光を放ち始め、周りの空間が振動する。転移門に立つボグジャ隊長が大声で指示を出す。


「タイミングを間違えるなよ」

 大勢のオークが吠えるような声で応えた。

 新型の転移門初期化装置が稼働し、転移が始まった。光りに包まれた三体のオークが消えた。


 転移したオークは、自衛隊が駐屯している場所に転移する。今回も通常の転移場所から少し離れた地点に転移していた。


 だが、その可能性を考慮していた自衛隊は、転移門から半径一〇〇メートルのエリアを囲むように、自衛官を配置していた。


 そして、前回ゴブリンが出現したのは、本来の転移門出現位置から三〇メートルほど離れた地点だったので、半径五〇メートルの範囲をフェンスで囲い、魔物が出現しても外へ出られないようにしている。


 だが、自衛隊の予測は甘かった。元の位置から六〇メートルほど離れたフェンスの外に転移門が出現し、そこに三体のオークが出現したのだ。


 自衛官たちは反射的に小銃をオークたちに向け、命令を待った。指揮官の永井二等陸佐は、オークの姿を見て捕獲か射殺か迷った。その間に、現れたオークたちの姿が消える。


「何だったんだ、今のは?」

 永井二等陸佐が呟いた瞬間、同じ場所に黒っぽいものが出現した。その数はどんどん増え、三〇を少し超えた所で止まった。


「照明を当てろ!」

 永井二等陸佐が命じた。その命令により、サーチライトが黒っぽいものに向けられる。明るい光が照らし出す、自衛官たちは、それが魔物だと判った。地獄トカゲである。


「撃て!」

 永井二等陸佐の命令で、一斉に引き金が引かれた。銃弾が地獄トカゲに命中し、悲鳴を上げさせる。悲鳴を聞いた他の地獄トカゲは一斉に動き出した。


 地獄トカゲは自衛官たちに襲い掛かった。銃で撃たれて倒れる地獄トカゲも居たが、傷つきながらも突進し毒爪で自衛官を切り裂いた。


 一人の自衛官が素早い動きで近付いて来る地獄トカゲに銃口を向け引き金を引いた。銃弾は地獄トカゲの肩を掠め飛び去り、甲高い叫び声を上げた地獄トカゲが宙に飛び上がり、上から自衛官に襲い掛かった。


 その自衛官は必死で横に飛び攻撃を躱す。着地した地獄トカゲは、素早い動きで自衛官を追撃し、毒爪を振る。毒爪が自衛官の太腿を掠めた。


 自衛官は呻き声を上げながら、小銃を地獄トカゲに向けて引き金を引いた。銃声と同時に地獄トカゲの脇腹に穴が空き血が飛び散った。


 地獄トカゲはまたも甲高い声を上げ逃げ出す。負傷した自衛官は立ち上がろうとして、身体の異変に気付く。身体に力が入らず、息苦しくなっていたのだ。


 自衛官たちは勇敢に戦い、多くの死傷者を出しながらも二〇匹ほどを仕留めた。しかし、残り十数匹は逃してしまう。


「ま、まずい。増援の要請をしろ」

 永井二等陸佐の声が血の臭いが漂う戦場に響いた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 物資輸送という自衛隊からの依頼を終わらせた伊丹は、報告の為に日本に戻った。日本に戻って早々東條管理官に呼ばれた。


「東條管理官、自衛隊からの依頼は万事抜かりなく終わらせましたぞ」

「ご苦労様。ところで、地獄トカゲの件を聞いたかね?」


 伊丹は転移門からJTG支部に来る間、ニュースの類いは何も見なかったので知らなかった。

「何かあったのでござるか?」

「オークに占拠された転移門から、地獄トカゲが転移して来たのだ」


「あの強烈な毒を持つ魔物か。厄介な事でござるな」

「それよりも気になるのが、自衛官の証言なのだ」

「何でござる。その証言というのは?」


「転移門が発動した最初に、オークが現れたのだが、すぐに消えたそうなのだ」

 伊丹はそれが何を意味するのか判らず、首をひねり。

「ふむ、面妖な」


「私の推測なのだが、オークはゲートマスターを手に入れたいが為に、転移門一回の起動で往復可能な技術を開発したのではないだろうか」


 転移門は一度転移した生物を、起動中は二度と転移対象にしないように作られている。そうでなければ転移フィールド内に立っている間、異世界とリアルワールドを行ったり来たりする事になる。


 転移門には個体を識別する機能があり、起動中に一度しか転移しないように制御していると、転移門を研究している科学者は言っている。


「という事は、オークがゲートマスターを手に入れ、ミッシングタイムの時はいつでもオーク自身や魔物を送り込めるようになったという事でござるな」


「そういう事になる。オークは今まで、転移門が半年以上使われなかった状態の時に、転移門初期化装置を使ってリアルワールドへ攻撃を仕掛けて来たが、次からは違う」

 東條管理官は危機感を高めた。


「それで地獄トカゲの討伐は、順調なのでござるか?」

「警察と自衛隊が共同で頑張っているようだ」

「もしかして、拙者に地獄トカゲの討伐に参加しろと」


「いや、それは警察と自衛隊に任せるつもりでいる。頼みたいのは、地獄トカゲの爪にやられた自衛官たちの治療なのだ」


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