第330話 ガルボ山賊団
時間を三日前に戻し、自衛官が転移した直後の頃。
自衛官五人が転移した場所は、建物の地下室のような場所だった。階段を探し外に出る。何かにより破壊された建物の残骸が散らばる寒々とした場所だ。自衛官たちは周りを調査し、そこが樹海、もしくは森の中だと判断した。
幸運にも近くに湧き水を発見した。その御陰で水の心配をする必要はなくなり、自衛官たちは喜んだ。
食料は『凍牙氷陣の神紋』を授かった自衛官が、長爪狼を<氷弾>を使って仕留め確保する。
「長爪狼か。こんな奴しか居ないのかよ」
長爪狼の肉は不味いと評判なので、他に獲物が居ないか探し始める。しかし、見付からず、初日は独特の臭いがして不味い狼肉を食べ空腹を凌いだ。
「
川越一等陸曹が四宮二等陸尉に話し掛けた。
「そうだな。肉を切る為に作った石のナイフだけじゃ戦えないからな」
「そうだ。村木、その辺の枝を切ってくれ」
村木一等陸曹は『風刃乱舞の神紋』を授かっている。村木一等陸曹は<風刃>を使って木の枝を切った。
石のナイフで枝の形を整え、手製の槍とした。
「何もないよりはマシか」
四宮二等陸尉が呟いた。
異世界に転移してから三日が経過し、二人の自衛官が日本に戻った。自衛官五人はゲートマスターとして登録されたようなので問題なく、転移門を起動させた。
異世界に残ったのは、派遣部隊の隊長である四宮二等陸尉と川越一等陸曹、村木一等陸曹である。 三人だけになると遺跡を詳しく調べ始めた。遺跡の広さはサッカーコートほどで、四つの建物が建っていたようだ。
転移門が存在する地下室は、東端にある建物の地下にある。建物自体は完全に崩壊しているので、利用出来ない。
「地震か何かで壊れたのか」
村木一等陸曹が首を傾げながら呟いた。川越一等陸曹がニヤリと笑う。
「巨大な竜が暴れたのかもしれんぞ」
「そうかもしれないな」
村木一等陸曹が同意したので、川越一等陸曹が慌てた。
「おい、冗談で言ったんだぞ」
「ここが樹海だったら冗談にならない。本当に出るかもしれないぞ」
その時、四宮二等陸尉が二人の話を止める。
「静かに、何か居るぞ」
巨木の陰に何かが動くのを見て、警戒の声を発したのだ。三人は槍を構えながら巨木に近付いた。巨木の裏側に回ると踏み荒らされた跡が残っている。
「この足跡は人間のようだ」
四宮二等陸尉が地面に残る痕跡を調べて告げた。
「近くに誰か居るんでしょうか?」
「まさか、オークじゃないだろうな」
村木一等陸曹と川越一等陸曹が真剣な顔で周囲を見回す。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
自衛官たちに見付からないように巨木の陰から離れた片眉男と潰れ鼻男は、二キロほど離れた場所にある洞窟に戻った。
そこは港湾都市モントハルからミズール大真国へと続くボルオル街道から、北へ五キロほど樹海に入った場所にある洞窟である。
「頭、本当でした。遺跡に住み着いた奴らが居ましたぜ」
片眉男が山賊団の頭であるガルボに報告した。
「何者だ、そいつら?」
潰れ鼻男が口を挟んだ。
「素性までは判らねえです。ですが、変な格好をした奴らでした」
潰れ鼻男は下着みたいな服だけで遺跡を歩き回っていた自衛官たちについて説明した。
「ふむ、下着だけだと……そういう変態の集団なのか?」
「頭、そんな連中が居るんですか?」
「世の中は広い、変態は無限だ」
山賊団の頭は嫌な事を思い出したかのような顔をして告げた。片眉男がハッとしたような顔をして、ガルボを見た。
「まさか、港湾都市の荷役組合に」
荷役とは船荷の積み下ろしをする事であり、荷役組合は荷役作業を行う者たちの組合である。
「言うな。その言葉は聞きたくない」
ガルボの顔に一瞬怯えが浮かんだ。港湾都市の荷役組合、そこは筋肉質の漢たちが支配する特殊な仕事場だった。
ミコトたちが知ったなら、港湾都市の荷役組合には絶対に近付かないだろう。
「お前ら、四、五人連れて行って、変態どもを殺して来い」
自衛官たちは変態だと思われ、消されようとしていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その変態だと思われている自衛官たちは、全裸で下着を洗濯していた。着る物が下着しかないのだから、偶には洗濯しないと臭くなる。
予定では、日本に戻った自衛官二人が転移が成功した事を報告すると、ここから一番近い転移門を管理している案内人ヘ依頼が出され、服や食料、武器などが届けられる計画になっている。
それらの品物が届くのが五日後なので、それまでは下着姿で過ごさなければならない。湧き水を使って洗濯した下着をよく絞ってから着る。
「冷たい」
「早く案内人が来てくれないかな」
村木一等陸曹と川越一等陸曹が声を上げた。二人は急いで四宮二等陸尉の下に戻った。そこには焚き火が有り、近付いて身体を温める。
「四宮隊長は、このままずっと自衛官を続けるつもりなんですか?」
川越一等陸曹が尋ねた。
「いきなり何だ?」
「初めて異世界に来た時から、考えているんですが、自衛官ていうのは、危険の割に給料が安いじゃないですか」
四宮二等陸尉が苦い顔をした。
「まあな」
「そこで考えたんですよ。どうせ危険な目に合うなら、案内人か案内人助手になるのがいいんじゃないかと」
「ほう、案内人の給料はいいのか?」
「案内人は歩合制みたいなものじゃないですか。依頼人が多ければ、一流のプロ野球選手並みに稼せげると、聞きましたよ」
「ほう、羨ましい」
「そうでしょ。自衛官を辞めて、一緒に案内人助手になりませんか」
村木一等陸曹が身を乗り出し。
「自分も辞めようかな」
四宮二等陸尉が真剣な顔になり告げた。
「自衛隊が、かなりの経費を掛け訓練した俺たちを、簡単に手放すと思うか?」
「……そうですね。魔法とか使えるようになったのは、自衛隊の御蔭ですから」
「それに、今後の作戦計画を知っているだろ。オークが占領した転移門を奪わなきゃならんのだ。もし、もう一度多数の魔物が、日本へ送り込まれるような事態になったら、どれだけの犠牲者が出るか」
「判りました。転職の話は作戦が成功した後に考えます」
川越一等陸曹もオークの脅威を知っているので思い直した。
その時、数本の矢が飛んで来た。
「敵だ!」
四宮二等陸尉が叫んで、瓦礫の陰に隠れた。村木一等陸曹と川越一等陸曹の二人も矢を避ける。二人は四宮二等陸尉が隠れている瓦礫の陰に移動した。
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