第328話 転移門初期化装置
厚生労働省の真壁大臣は、マナ研開発から渡された資料を手に三田総理の下へ向った。総理執務室に入った真壁大臣は、三田総理に人払いを頼んだ。
秘書達が部屋を出る。
「真壁さん、いきなりどうしたんです?」
「マナ研開発から、ある装置を開発したと報告がありました。向こうは日本政府、または他国の政府に売りたいと言っています」
「また、あの会社ですか。どんな装置を開発したと言うのです?」
真壁大臣は資料を三田総理に渡した。
「それを読んで下さい」
三田総理は資料を読んで、顔色を変えた。
「馬鹿な。これが本当なら、各国の政府が目の色を変えて交渉に来るぞ」
その資料に書かれていたのは、オークたちが開発した転移門初期化装置の概要を記述したものだった。
転移門初期化装置とは、半年以上転移機能が稼働しなかった転移門を初期化し、登録されているゲートマスターを削除する装置である。
稼働している転移門は対象外となるが、各国は数多くの使用不能転移門を抱えており、それが使えるようになる事は物凄い朗報だった。
「このタイミングで、こんな装置を売りに出すとは、マナ研開発は何を考えている?」
三田総理の質問に真壁大臣が答える。
「マナ研開発は、資金が欲しいだけのようです」
「……あの会社は、かなり業績を伸ばしていると聞いたが、その資金を何に使うつもりなのだ?」
真壁大臣が複雑な顔をする。
「何か聞いているのかね?」
「噂話として聞いたのですが、どうやら宇宙開発に乗り出すつもりだと……」
「馬鹿な……小型ロケットでも開発しようというのかね」
三田総理は、一度マナ研開発の代表と話す必要が有ると思った。
「それより、その装置が本物だった場合、他国も欲しがると思いますが、対応をどういたしますか?」
真壁大臣が総理に尋ねた。
三田総理は防衛大臣と外務大臣を呼び、この件について話し合った。
決論は、その装置が本当に機能するか、実際に確かめる事を条件に購入するというものだ。三田総理は、テストする為に派遣する部隊を準備するように、防衛大臣に命じる。
マナ研開発が開発した転移門初期化装置は、リアルワールド側に現れる転移門に設置すれば機能するように、薫が改良したものである。そうしなければ、異世界側で時間を掛け転移門を探し出さねばならなかっただろう。
「アメリカを始めとする諸国に、装置の存在を伝えますか?」
外務大臣は三田総理に確認した。
「まだ早い。装置が本物か確認してからだ」
防衛大臣の命令により、五名の精鋭自衛官が選び出された。
装置の確認に選ばれた転移門は、マウセリア王国とミズール大真国の国境付近に転移するだろうと予測されている使用不能転移門である。
この転移門が選ばれたのは、オークが占拠している火山地帯の転移門から近いという点が考慮されたからだ。成功した場合、偵察する為の基地にしようと考えたのである。
数日後の夜明け頃、使用不能転移門が現れるポイントに自衛官五人とマナ研開発の柄本技師が集まった。
周りは広葉樹の林で、小山が連なっている地形である。
今回のミッシングタイムに、転移門初期化装置を試す事になったのは、ミッシングタイムの間隔が三日と短かったからだ。三日なら周りに食料や水がなくとも生き残れると判断されたのだ。
時間が来て、林の中がざわめき始めた。近くの木が振動し、枝葉がカサカサと音を響かせる。こういう状態になった転移門からは、強い電磁波が放たれている。その電磁波により転移門が発見される事が多い。
但し、この転移門にはゲートマスターが存在しないので、転移は起きないはずだった。
柄本技師が転移門の中心辺りに、転移門初期化装置を設置する。
「用意が出来ました。装置の周りに集まって下さい」
五人の自衛官が装置の周りに集まる。
柄本技師は、彼らから離れリモコンを取り出した。
「いいですか。3・2・1、ポチッとな」
この技師はひょうきんな性格らしい。
転移門の中心から強い光が放たれ、自衛官たちを呑み込んだ。数秒後、その光が消えると、自衛官たちの姿も消えていた。残っているのは着衣と靴だけである。
少し離れた所で見守っていた背広姿の役人たちが、転移門に近付いて来た。
「消えましたね。本当に機能したようだ」
「外務省に戻って、交渉能力の優れた人員の増員を要求しなくては」
「アメリカなどは、すぐに嗅ぎ付けるに違いないですからな。対応をどうするか検討しておかなければ、主導権を取られてしまいますよ」
役人たちはがやがやと話しながら去って行く。
三日後、自衛官二人が無事に戻った。異世界側の転移門は、樹海の中で朽ち果てた遺跡の中に在ったらしい。
周りが樹海なので正確な位置は判らなかったが、遠くに火山を視認したので、オークが占拠している転移門近くなのは間違いないようだ。
戻って来たのが二人だけなのは、当初からの予定である。食料や水が近くで調達出来、一〇日以上滞在可能なら、三人は残って周囲の調査を続行し、二人だけが報告に戻るという事になっていたのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
小学校が春休みになった日に、オリガと薫、それに三条真希は異世界に転移した。転移した場所は、エヴァソン遺跡の転移門である。
薫がオリガを心配して声を掛ける。
「オリガちゃん、気分は大丈夫?」
オリガは少し目眩がしたので、深呼吸をした。そうすると頭の中がはっきりとして来て目眩が治まった。
「大丈夫、頭の中がチカチカしたけど治ったよ」
「そう、良かった。真希姉さんはどう?」
「ちょっとふらふらするけど、問題ない」
薫の従姉妹で女子大生である真希が同行しているのは、真希がマナ研開発へ就職する事を決めたからだ。
マナ研開発の研究所へ度々訪れた真希は、会社の研究者や従業員と話をするうちに、どうしても入社したくなった。マナ研開発は世界の有名企業にも匹敵する将来性が有ると感じたのだ。
それに薫が経営する会社なので、コネで入れるのは間違いない。コネを使うのは後ろめたい感じもするが、ゼミの先輩からコネが有るのに使わないのは馬鹿だと聞いていた。
真希からマナ研開発に入社したいと聞いた時、薫は喜んだ。自分の周りに信用出来る人間を増やしたいと思っていたからだ。そして、信用出来る人間が手に入ったら、鍛えて使える部下にしようと決めていた。
この時、薫の心の中を覗けたら、真希はマナ研開発に入ろうと思わなかったかもしれない。
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