第9章 月下の光芒編

第326話 豪剣士

 中学の卒業式が終わって数日後、薫は久しぶりにゆっくりとした日々を過ごしていた。家でのんびりしていた薫のスマホが鳴る。


「恵梨香、どうしたの?」

 クラスメイトだった堂本恵梨香どうもとえりかからの電話だった。


『前に言ってたでしょ。お祖父様の仕事場を見学したいって……明日ならいいと言われたんだけど、大丈夫?』

「大丈夫。絶対行く」


 恵梨香の祖父は有名な刀鍛冶である。その事を知った薫は、一度仕事場を見たいと恵梨香に頼んでいたのだ。


 薫は伊丹に教えて貰い、日本刀の扱い方も学んでいる。伊丹が日本に戻っている時に時間を作り、抜刀術も学んだ。その為、日本刀には関心があり、刀鍛冶の仕事場を見たいと思っていたのだ。


 翌日、薫は地方都市の駅まで行った。

「恵梨香、おはよう」

 待ち合わせをしていた恵梨香の顔を見て、薫が声を掛けた。恵梨香は小柄だが、女性らしい体型をした可愛い少女である。


「朝早くで、ごめんね。お祖父様が午前中じゃないと駄目だと言うの」

「全然大丈夫、見学出来るだけで感謝よ」


 恵梨香は祖父である刀匠宗像久嗣むなかたひさつぐの弟子が運転する車で来ていた。薫はその車に乗せて貰い、作業場に向った。


 車で三〇分ほど走って、宗像家の鍛錬場に到着した。刀鍛冶の作業場を鍛錬場と言うらしい。母屋は歴史のある日本家屋だった。鍛錬場は母屋の西側に在り、その前に黒い高級車が停まっていた。


「他にも見学者が居るのかな」

 薫は鍛錬場とは不似合いな高級車を見て、他にお客が居るのかもしれないと思った。恵梨香の方を見るといたずら小僧のような顔をして笑っている。


「へへへ……驚かそうと思って黙っていたんだけど、ミンテラの南城悠騎が見学に来ているのよ」

「そうなんだ……ところでミンテラって何?」


 薫が真面目な顔で尋ねると、恵梨香に呆れた顔をされた。恵梨香の説明によると、人気のアイドルグループで、南城は俳優としても活躍しているらしい。


「知らなかった」

 普段、あまりテレビやネット動画を見る時間もない薫は、芸能界にはうとかった。


 鍛錬場に入るとムッとする熱気が襲って来た。

 中では刀匠宗像の弟子らしい青年二人が、赤く熱した鉄の固まりを金槌で叩いていた。金槌が熱した鉄を叩いた瞬間、火花が飛び散るのが見える。


 二人の弟子は大粒の汗を流しながら真剣な顔で作業をしていた。

「はあー、こんな事を俺がやるのかよ」

 薫と同じように見学しているモデルのような青年が口を開いた。恵梨香が薫を肘で突き小声で言う。


「南城悠騎よ」

 確かにイケメンであり、仕草の一つ一つが決まっている。ただ薫の好みから言うともう少し逞しさが足りない。


「今度のドラマでは、刀匠の弟子という役なので、こういうシーンも出てくるかもしれません」

 マネージャーらしい男が南城に言う。


「勘弁してくれよ。こんな事をやったら、火傷するかもしれないだろ」

「軽い火傷くらいはするかもしれませんが、そこは我慢して……」

「馬鹿言うな。火傷だぞ。絶対イヤだからな」


 その会話を聞いて、恵梨香は少し幻滅したようだ。

「悠騎って、ヘタレなの」

 小声で薫に言ったのだが、南城にも聞こえたようで、恵梨香は睨まれた。


 その時、恵梨香の祖父である宗像久嗣が説明を始め、注意がそちらに向いたので、恵梨香はホッとする。


 日本刀の製作作業について、段取りや注意点なども含め細かく説明された。一振りの日本刀を製作するのに、材料が揃った状態から鍛冶研ぎまでで何日も掛かると聞いた南城は、顔を顰めて言う。


「一本作るのに、そんなに時間が掛かるのか。それじゃあ儲からないだろ」

 宗像は一瞬ムッとした顔をするが、それが苦笑に変わった。


 実際、日本刀を作るだけで生活が出来る刀工の数は限られているからだ。日本刀を作るには役所に製作許可申請を出さなければならない。しかも、一人の刀工が月に二通しか出せないようになっている。

 結果、年間に一人の刀工が製作出来る日本刀は二十四振りまでとなる。


 見学が終わり母屋に招かれた。母屋へ移動する途中、南城が薫に目を留め口を開く。

「へえ、こんな可愛い子が鍛冶場の見学か。そんなに暇なら、俺たちのコンサートを見に来てよ」


「ごめんなさい。あんまりアイドルには興味がなくって」

 南城が驚いたような顔をした。そんな答えが返って来るとは、思ってみなかったんだろう。


「おいおい、俺が声を掛けたのに、それはないだろ」

 薫は威圧を込めた視線を南城に向けた。その視線を受け、南城がギクリとする。何かを感じ視線を逸らした。


 母屋に上がり、居間で待っていると久嗣が綺麗な鞘に収められた日本刀と白鞘に入った日本刀を持って来た。


「これは儂が作刀したものだ」

 久嗣が綺麗な鞘に収められた日本刀を抜き、皆に刀身を見せた。

 長さが九〇センチ以上有る大太刀だった。刀身には濤乱とうらん刃と呼ばれる波紋が浮かび上がっており、独特の美しさを持つ業物だ。


「これが本物の刀か」

 南城が刀身に触ろうとして、久嗣から止められた。

「これは今日取りに来られる依頼者のものなので、見るだけにして貰いたい」

「チッ、どうせ碌に振れもしないような金持ちのコレクターかなんかじゃないのか」


 その時、二人の人物が居間に入って来た。

「誰が禄に刀も振れないような奴だと」

 一人は身長一八〇センチほどで分厚い胸板を持つ侍という感じの男だった。年齢は四〇代だろうか。少し伊丹に似ていると薫は思った。


 もう一人は、侍の雰囲気を持つ男の秘書のように付き従っていた。

「伊達さん、よくいらっしゃった。約束通りの太刀が完成しましたぞ」

 その名前を聞いて、薫はもしやと思った。


「もしかして、案内人の伊達さんですか?」

「そうだが、お嬢ちゃんは?」

「第二地区の案内人伊丹源治の弟子、三条薫と申します」

「ほう、伊丹さんの名前は聞いている。古武術の遣い手だそうだな」

「はい」


「お嬢ちゃんはいい師匠を持ったようだ」

 伊達は隙のない動きをする薫を見て、相当鍛錬していると感じたようだ。


 久嗣が薫を見て、首を傾げた。

「お嬢さんは武術を習っておるのかね。恵梨香は何も言っておらんかったが」

「少しだけです」

 久嗣は頷き、伊達に視線を向けた。


「試し切りの用意はしてあるが、どうする?」

 伊達は試し切りをしようときめていたようだ。裏庭に巻藁と竹が用意してあった。


 薫たちは試し切りを見学させて貰う事にした。裏庭には数本の巻藁が木製の土台に立てられている。


 完成した大太刀を持った伊達が、スタスタと巻藁が立ててある場所まで歩いた。ゆっくりと刀を抜き、青眼に構える。


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