第325話 カウフェンの刺客2
魔導練館の中には『念話術の神紋』を持つ魔導師が居た。念話術は一種のテレパシーであるが、思い通りに他人の知識を盗める訳ではない。
意識の表面に浮かんだ言葉を読み取れるだけなので、その人物が言葉として意識しない情報は読み取れない。
また、強固な精神力を持つ人物は読み取り難いらしい。刺客は強固な精神力の持ち主のように見える。そこで脳の機能を低下させる薬を刺客に投与した。
刺客は暴れたが、きつく縛られているので無駄だった。
「効いてきたようでござるな」
薬の効果が現れ、刺客の眼が虚ろになったのを確認した伊丹が告げた。まず、解毒剤の在り処を訊いた。薬は脳の機能を低下させるのと同時に、喋る機能にも影響するので、『念話術の神紋』を持つ魔導師が意識から読み取った。
「ククリナイフの柄の中です」
仙崎がククリナイフを調べ解毒剤を発見した。仙崎は解毒剤を持って山崎の所へ走った。残った伊丹は、誰に依頼されたのかを訊く。やはりボラン家からの依頼だった。仙崎が戻って来て、解毒剤が効いた事を知らせた。
「これで一安心でござるな」
「何もかも伊丹さんの御蔭です」
仙崎が感謝の言葉を口にした時、外から攻撃魔法が撃ち込まれた。<爆炎弾>や<雷槍>が魔導練館の建物に命中し破壊する。
刺客が失敗したと判った時、夜襲をするよう計画していたらしい。
伊丹たちの周囲で轟音と炎が湧き起こる。その炎の中には魔導練館の使用人が倒れている姿もあった。
「外に逃げろ!」
仙崎が叫び声を上げた。
伊丹は短槍を持つと外に素早く出た。その時、門が爆発したように破壊された。敵が魔法を撃ち込んだのだ。
破壊された門から、ボラン家のハンターたちが雪崩込んで来た。伊丹は躯豪術を使い脚力を上げると敵に向って飛び掛かった。先頭の男の首に狙い澄ました槍の穂先を突き入れ瞬殺する。
二人目は<躯力増強>を使い筋力をアップさせているようで、人間離れした速さで伊丹目掛けて剣を振るった。伊丹は剣を槍で弾き、懐に飛び込むと敵の顔面に拳を叩き込む。グシャリと潰れた感触を残し、敵の体が吹き飛んだ。
「あいつら正気じゃない」
山崎に肩を貸しながら外に出て来た仙崎が呟く。この国では戦争時を除き、街中で攻撃魔法を使用する事は重大な犯罪となる。使用した者はもちろん、その家族も処罰されるほどの大罪なのだ。
山崎の弟子であるハンターたちも戦闘に参加した。魔導練館に住み込んでいるハンターは六人で、全てが山崎の弟子である。
「私は大丈夫だ。お前も戦いに行け」
山崎は仙崎に指示した。
仙崎は使用人の一人に山崎を預けると駆け出す。門近くの場所では、伊丹が阿修羅のように戦っていた。敵の一人を短槍で薙ぎ払った時、その力に耐え切れず短槍の柄がボキリと折れた。
チャンスだと思ったガリオスが伊丹に駆け寄ると剣を振り下ろす。伊丹はステップして剣を避け、ガリオスの背後に回り込むと股間に蹴りを放つ。
「へげっ」
変な声を上げたガリオスが痛みで身体をブルブルと震わせ、顔を苦痛に歪める。伊丹が近付くとガリオスが内股でちょこちょこと小走りに逃げようとした。
その滑稽な姿に伊丹が眉をひそめ、敵が落とした剣を拾い上げ追い駆けた。瞬く間に追い付き、その首を剣で刎ねる。
伊丹と仙崎の活躍により戦いは有利に進み、程なく決着した。
その頃になって、街の警邏隊が駆け付けて来た。どちらが勝つのか見極めようとしていた節が有るが、今回は魔導練館側に付こうと決めたようだ。
消火活動や怪我人の手当てを終えると日が昇り始めていた。伊丹は警邏隊の一人と話している山崎に近付いた。
「そうか。ボラン家のバルシコフは逃げたのか」
山崎は警邏隊の隊長に確認した。
「どうやら、ガリオスと数人のハンターが暴走したようです。あそこに残っていた使用人に聞いたのですが、当主であるバルシコフの許可がないまま襲撃が実施されたと証言しました」
「慎重なバルシコフにしては無謀なやり方だと思ったが、ガリオスたちの仕業か」
魔導練館で戦いが始まった後、ガリオスたちが居ないのに気付いたバルシコフは戦いの趨勢を見守り、決着した頃には屋敷に戻って荷物を纏めて逃げ出したようだ。
「敵の当主があっさりと逃げたのでござるか?」
伊丹が山崎に話し掛けた。
「そうらしい。しかし、油断は出来ません。バルシコフという男は執念深い奴ですから」
魔導練館とボラン家の
山崎は、このタイミングで戻りたくなかった。しかし、日本の病院で精密検査して貰うよう仙崎に勧められ、そうする事に決めた。
日本に戻った伊丹は、魔導練館で起きた戦いについて分厚い報告書を書く羽目になった。
「本来なら山崎殿が書くはずなのでござるが、入院中では仕方ない」
山崎は病院に検査入院していた。案内人はリアルワールドに戻っても忙しい。報告書を書くだけでも多大な労力と時間が必要だった。
やっと書き上げた報告書を東條管理官に提出する。受け取った東條管理官は斜め読みしてから溜息を吐いた。
「山崎さんの所も大変だな。破壊された屋敷を修理し、死亡した使用人や弟子の後始末をせねばならん」
「検査が終わり次第、魔導練館に戻り対応する事になるでござろう」
「あそこは、案内人助手が二人抜けたからな」
山崎には助手が二人付いていたのだが、労働が過酷過ぎると辞めてしまったのだ。
「山崎殿の所に助手が居ないのは何故だろうと思っていたのでござるが、そうでござったか」
「募集はしているのだが、中々良い人材が現れない」
案内人に憧れて相当な人数が試験を受けるそうである。しかし、採用基準に達する人材は少なく、JTGでも困っているそうだ。
「案内人助手の養成学校でも作ろうかという話が出ているくらいなのだ」
「いいアイデアではござらぬか」
「どれほどの予算と教師陣となる人材を集めなければならないかを考えると、すぐにゴーサインを出せるものじゃない」
案内人の人手不足は当分解消されそうになかった。
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