第323話 山崎と伊丹2

 街に入った伊丹たちは武器兼防具屋に入る。明日から迷宮に潜る予定なので武器と防具を整えようと考えたのだ。さすがに鉄製の槍だけで迷宮に潜るのは無謀だ。


 ただ代金を山崎に立て替えて貰うので、高額なものは買えなかった。伊丹が選んだのはミスリル合金製の短槍と黒大蜥蜴の革鎧である。


「もう少し高いものでも構わなかったのに」

 伊丹は遠慮しているつもりはなかった。ただ短期間しか使わない装備に金を掛けるのも馬鹿馬鹿しく思えたのだ。本来なら、万全な態勢で迷宮に潜るのがベストなのだが、第一〇階層までなら大丈夫だろうと伊丹は考えた。

「いや、これで十分でござる」


 武器兼防具屋を出た伊丹たちは魔導練館へ向った。到着すると留守番をしていた仙崎に何かなかったか、と山崎が尋ねた。


「何もありません。ボラン家の動きも特に有りません」

「そうか、まだ準備が整っていないようだな」

 その夜、伊丹は歓迎された。


 翌日、登録証を持たない伊丹は、ハンターギルドで登録を済ませてから迷宮に向った。第一階層から第五階層までは駆け足で通り抜け、第六階層の迷路エリアでスケルトンの集団と遭遇した。


 三〇体ほどのスケルトンが骨を鳴らしながら近寄って来る。

「数が多いな。魔法を使うか」

 山崎が呟いた。


「お待ちを。拙者が相手をしよう」

「自信が有るようだね。お任せする」

 伊丹は槍をしごきながら前に出ると、躯豪術を使い始める。十分な魔力が体内を循環し始めると、その魔力を手足へと導き一時的に筋力を増強した。


 人間離れした脚力で地面を蹴り、スケルトンに肉薄する。槍を捻りながら突き出すと穂先がドリルのようにスケルトンの頭蓋骨を穿ち粉砕する。


 伊丹は滑るような足取りでスケルトンの間を移動し、その頭蓋骨を粉砕していく。頭蓋骨を失ったスケルトンは、崩れ落ちるように倒れ動かなくなった。


 山崎は伊丹の動きを見ながら呟く。

「こいつは凄い。ミコト君のスピードも驚異的だったが、伊丹さんの動きは舞うように優雅なのに無駄がない」


 数分でスケルトンが全滅した。

「大したものだ。仙崎が尊敬するのも納得だ」

 山崎が感心していると、伊丹は息も切らせず戻って来た。


「少し休みますか?」

「いや、無用でござる」

 本当に全然疲れていないように見える。山崎は伊丹の底知れない強さが、少し怖くなった。


 第七階層から第九階層までは魔物を蹴散らし突破した。そして、第一〇階層に到着する。地下のはずなのに草原が広がっている。


 山まであるので地上に戻ったのかと錯覚しそうになるが、上には太陽はなく、岩の天井が光を発している。天井の光は特殊な苔らしい。魔粒子を吸収し光を発しているのだと学者が言っている。


「神紋は何処にあるのでござる?」

「あそこに見える湖です」

 二人は警戒しながらも湖に近付いて行く。湖畔に到着した山崎が湖を凍らせ、道を作った。


 湖の中央にある島に辿り着くと山崎が驚いたような声を出した。

「ほう、ミコト君がバラバラにした大岩が再生している。迷宮の復元力とは凄いな」


 迷宮内部を壊しても、復元する事で知られている。この復元力を知った者は、迷宮が生物なのではないかとの思うようだ。


「この大岩をどかさなければならぬのでござるか?」

「私が魔法で爆破します」

 山崎が申し出た。


 山崎は三度<炎爆雷>を放ち、大岩を粉々にした。二人は現れた扉を開き階段を下りた。このフロアーにはトラップが仕掛けれれていると教えられたので、伊丹は山崎の指示を仰いだ。


 その指示に従いトラップを突破し、神紋の間に似た部屋の前に到着した。

「ここの扉が反応すれば、『神行操地の神紋』が手に入るのでござるな」

「私から試したいのですが、いいですか?」


「もちろんでござる」

 山崎はゆっくりと手を伸ばし、大地の上級神メラニクスと刻まれている扉に触れた。今度は扉に刻まれた文字が光った。


「……おお、反応した」

 山崎は握り締めた拳を突き上げて、喜びを表現する。

「山崎殿、さすがでござる」

「ミコト君の御蔭です。彼と一緒に抓裂竜の特異体を倒していなければ、手に入れられずにいたでしょう」


 次に伊丹が扉に触ると、あっさりと反応して光った。

「おめでとうございます。この神紋を手に入れるには『竜の洗礼』を受けるという条件が必要なんですかね」


「それは判らぬが、ある程度の強者でなければ、反応しないのでござろう」

 その後、伊丹と山崎は『神行操地の神紋』を授かり、湖の島に戻った。


「前回はここに戻った途端、ミノタウロスが現れたのだが」

 山崎が不安そうに周りを見回す。

「偶然ではござらぬのか」


「悪意の迷宮を、甘く見ない方がいい……ほら」

 山崎が何かを発見して指差した。伊丹がその方角に目を凝らすと、巨大な蛇のような奴が体をくねらせながら近付いて来るのが見えた。


「竜王ワームでござるな」

 二人は急いで島から湖畔へ移動する。

 『神行操地の神紋』を試すには手頃な相手だった。伊丹は<地槍陣>を竜王ワーム目掛けて放った。


 地脈の魔粒子を魔力へ変換し迷宮へ導いた伊丹は、竜王ワームの腹を目掛けて数十本の地槍を地面から突き出させた。魔力で強化された地槍はワームの外殻を突き破り、内臓に穴を開けた。

 竜王ワームは苦しそうに藻掻き、突き刺さった地槍を巨大な体でへし折る。


「山崎殿」

 伊丹の呼び掛けに応え、山崎も<地槍陣>を放った。伊丹より少ない数の地槍が竜王ワームを串刺しにする。


 竜王ワームはしぶとかった。伊丹はもう一度<地槍陣>を放って止めを刺した。

「穴だらけでござるな」

 全体が穴だらけになった竜王ワームを見て、剥ぎ取れる部位が残っているか、伊丹は心配した。結局、魔晶玉と外殻の一部だけを持ち帰る事になる。


 地上に戻った山崎と伊丹は、魔導練館でボラン家の動きを警戒した。その頃、ボラン家の当主バルシコフに、首都から呼んだ助っ人が街に到着したという知らせが届いた。


 助っ人はカウフェンと呼ばれる暗殺教団の人間である。バルシコフが屋敷のリビングで、その知らせを聞いた時、一緒に居た甥のガリオスが不服そうな顔をした。


「何か言いたい事が有るのか?」

「叔父上、従兄弟のライマルはヤマザーキに殺されたんですよ。俺たちの手で仇討ちをすべきじゃないんですか」


 バルシコフが短慮な甥を笑う。

「考えが浅いぞ、ガリオス。ヤマザーキがライマルに騙し討ちされた事をハンターギルドに報告しなかったのは何故だと思う。奴らにちょっかいを出したら、ライマルの騙し討ちを公表するという脅しだ」


「しかし、奴らを皆殺しにすれば……」

「馬鹿を言うな。奴らの方が戦力的には上だ。返り討ちにあった上に、ライマルの騙し討ちを公表されれば、ボラン家はお終いだ」


 ガリオスは納得出来ないという顔をしていた。

「ですが、そのカウフェンとかいう奴らは信用出来るんですか?」

「先代の財務卿を殺したのが、あの暗殺教団だと言う噂だ。それだけ凄腕揃いなのだ」


「では、カウフェンにヤマザーキを殺させるんですか」

「ああ、ヤマザーキの息の根を止めれば、魔導練館など瓦解する」


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