第322話 山崎と伊丹

 リアルワールドでも魔法が使える事を、その目で確かめた官僚二人はさっさと帰ってしまった。残った俺たちは、神代理事長から研修センターの食堂で昼食を奢って貰う事になった。


 食堂で昼食を済ませ、神代理事長と話をする。

「ご苦労様、無理を言って済まなかったね」

 神代理事長が三人をねぎらう。


「質問が有るのでござるが、よろしいか?」

 伊丹が神代理事長に視線を向けて口を開く。

「いいとも、出来るだけ答えよう」


「諸外国で『竜の洗礼』を受けた者は、どれほどいるのでござるか?」

「正式に公表している国はおらんのだが、イギリスが三人、フランスが二人、ドイツが五人という情報を入手しておる」


「アメリカやロシア、中国はどうなのでござる?」

「その三国はガードが堅く、情報の入手が困難でのう。……ただ、中国には二〇人以上居るのではないかと噂されておる」


「さすがは人口十四億の国でござるな」

 神代理事長が苦い顔をして声を上げる。

「感心ばかりはしておられんよ。その中には中国マフィアの者も入っておるのだ」


「なるほど、それで法務省も動いているのでござるな」

「それだけという訳ではないが、テロの危機意識が高いアメリカでは、『竜の洗礼』を受けた者を識別する装置が開発中だという未確認情報もあるほどなのだ」

 俺は怖い世の中になったものだと思った。


 研修センターから戻った俺は、マナ研開発の研究所に顔を出し、薫に『神行操地の神紋』の事を伝えた。


 今日の薫は、縦縞のシャツとジーンズと言うラフな格好である。

「その神紋の情報も、神紋術式解析システムに入れておく方がいいんじゃない」


 薫の進言で、俺の神紋記憶域に刻まれている『神行操地の神紋』の情報を神紋術式解析システムに入力し解析を開始した。


「この神紋から、どんな応用魔法が開発出来そうなんだ?」

 俺が応用魔法について尋ねると、薫が真剣な顔で考え込んだ。そんな顔も可愛いと思う。

「そうね。防護壁のような石壁を作り上げる魔法は作れそう」


「ついでに樹海の中で宿泊出来るシェルターみたいなものを作る魔法も欲しい」

 俺がオーガハウスを作った時の事を話すと、薫が大笑いした。

「ミコトは、時々大雑把な事をするよね」

「初めてだったから、加減が判らなかっただけさ」


「しょうがない。私がちゃんとしたシェルターが作れるようにしてあげる」

「頑丈な奴にしてくれよ」

「任せて」


 『神行操地の神紋』を使うと地中にある魔粒子の分布が分かるようになったと聞いて、薫は鋭い口調で質問した。


「リアルワールドでも、地中の魔粒子が分かるの?」

「異世界ほど鮮明じゃないけど分かる」

 異世界の地脈が利根川などの一級河川だとすれば、リアルワールドの地脈は小川程度の小さなものだった。その事を薫に説明する。


「なるほど。地脈は存在するけど、規模が小さいのね。採取可能な魔粒子量がどのくらいになるかが問題か」


 俺と薫は、夢のような可能性について話し合っていた。本当に実現すると考えているのではなく、一種の気晴らしの遊びみたいなものだ。


「現在の技術で採取可能な量は、予想していたより少ないかもしれない」

「地脈に流れる魔粒子量が多ければ、直接地脈から魔粒子を採取して、日本のエネルギー源にしようかと思っていたんだけど」


「おいおい、今は地脈から少しだけ地上に溢れ出した魔粒子を採取している段階なんだぞ。そんな技術を開発するのは何十年も先の話だろ」


「『神行操地の神紋』を使って、地脈から魔粒子を採取出来ないかな」

「地脈の魔粒子を魔力に変換せずに、そのまま地上に導くのか……大惨事になるような予感がする」


 地脈を流れる魔粒子は凝縮された上に圧力を掛けられている。例えるなら、地下を流れるマグマのようなもので、そのまま地上に導けば、どうなるか分からない。


「うーん、駄目か」

 薫が諦めたように肩を落とした。

「黒翼衛星プロジェクトはどうなんだ?」


 黒翼衛星プロジェクトとは、宇宙にある魔粒子を採取しようという計画である。俺が尋ねると薫が待ってましたというように説明を始めた。


「シミュレーションでは成功したので、本格的な実験を始めるつもり。でも、資金が確保出来ないのよ」

「活性化魔粒子溶液の販売とかで儲かったんじゃないのか?」


「その儲けは、活性化魔粒子溶液の増産設備に投資する予定なの。金が余っている訳じゃないのよ」

 本格的な実験を始めるのは、活性化魔粒子溶液の増産設備が完成した後になりそうである。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 数日後、伊丹と山崎はクノーバル王国へ転移した。山崎がゲートマスターとなっている転移門は、魔導練館があるトラウガス市から、南へ三〇分ほど歩いた場所の森に在った。


 転移した直後、伊丹は周囲が暗いのに気付いた。明かりは転移門が微かに光っているだけである。伊丹は魔法を使った。頭上に火の玉が現れ、周囲を照らし出す。


 そこは地下室のようだった。二〇畳ほどの広さの地下室の真ん中に転移門があり、角には木製のクローゼットのようなものが並んでいる。


 山崎がクローゼットの方へ歩き、中からクノーバル王国で一般的な服を取り出した。

「伊丹さんは、このサイズでいいかな」

 服と靴を渡された伊丹は、手早く着替えた。


「武器は鉄製の剣か短槍しかないが、どちらがいい?」

 山崎が伊丹に声を掛けた。

「では、槍を頼む」


 伊丹は渡された短槍を振り回し、感触を確かめた。

「済まんな。碌な武器がなくて」

「この辺には手強い魔物は居ないのでござろう。これで十分」


 外へ出る準備が整ったので、二人は階段を登る。上に行くに従い、大きな水音が聞こえて来た。どうやら滝の音らしい。出口には金属製の扉があり、そこを開けた。出口は滝の裏側に通じていた。


「ほう、秘密基地のようでござるな」

「ええ、依頼人にも人気なんです」

 滝から離れた二人は、トラウガス市へ向った。


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