第321話 竜殺しの魔法

 屋上で警官と自殺志願者が争う様子が見えた。しばらくして、入り口から自殺志願者に付き添った警官たちが出て来た。


 自殺志願者の顔を見て驚いた。

「あれは東埜じゃないか」

「東埜……誰だ?」

 東條管理官は忘れたようだったが、俺は覚えていた。


 オークが初めて日本に転移した時、入れ違いに薫たちと一緒に異世界に転移した高校生だった。あの時は途中で逃亡したり、ウェルデア市のエンバタシュト子爵に捕まるなどして迷惑を掛けられた事を東條管理官に話した。


「ああ、思い出した。あの時の高校生か。ちょっと待ってろ。事情を聞いて来る」

 東條管理官は警官に近付くと、少し話してから戻って来た。


「判ったぞ。何で東埜が自殺騒ぎなんか起こしたか」

「もしかして、大学入試に失敗したとかですか?」

「まあ、似てはいるが違う」


「だったら、何だったんです?」

「案内人助手の採用試験に落ちたそうだ」

「当然ですね。あんなのが案内人助手になったら、案内人が苦労するだけだ」

 東條管理官が苦笑した。


「そうなんだが、本人は絶対に受かると思っていたらしい」

 それでショックを受けて自殺騒ぎか、相変わらず傍迷惑な奴だ。

「でも、何でこんな雑居ビルを選んだんだ?」


「初めは支部ビルの屋上から飛び降りるつもりだったらしい。セキュリティが厳しくなっていて、入れなかったんで、近くのビルにしたそうだ」


「あいつ、本気で飛び降りる気はなかったんじゃないか」

「私もそう思う」

 俺と東條管理官の意見が一致した。


「ところで、ミコトが帰った後、JTGの神代理事長から連絡が有った。明日の午後、JTG中央研修センターに来て欲しいそうだ」


「俺だけですか?」

「いや、伊丹も一緒だ」

「何の用なんでしょう?」


「確認したい事が有ると言っていた」

 東條管理官も詳しい事は知らされていないようだ。

 騒ぎも収まったので、東條管理官と別れアパートに帰って寝た。


 翌日、支部ビルに出勤した俺は、伊丹と一緒にJTG中央研修センターへ向った。

 この研修センターは特異体化した鉄頭鼠が逃げた研究所の近くに在った。二人は電車とバスでJTG中央研修センター近くまで行き、歩いて研修センターの玄関から入った。


 そこのロビーで意外な人物を見付けた。

「山崎さんも呼ばれたんですか?」

 クノーバル王国で世話になった山崎だった。


「ああ、君らもか。神代理事長は何の用があって、私たちを呼んだのだろう?」

 山崎も具体的な事を聞いていないようだ。


 山崎と話しながら、ロビーで待つ事になった。

「例の神紋なんだけど、伊丹さんも手に入れたいと言うんだ。案内して貰えないかな」

「JTGにも報告しようとしなかった神紋を、伊丹さんには話したんだね」


「俺にとって伊丹さんは、信頼出来る相棒なんです」

「なるほど。私ももう一度挑戦しようと思っていたんだ。一緒に行きましょう」

 伊丹が嬉しそうに頷く。

「よろしく頼む」


 伊丹と山崎の間で打ち合わせを行い、次のミッシングタイムで一緒にクノーバル王国へ行く事にしたようだ。


「伊丹さん、装備はどうするの?」

「第一〇階層までなら、普通の武器で十分でござる」

「ミノタウロスのようなハグレが出て来たら、危険だ」

「山崎殿も一緒に居るので、心配無用でござる」

 伊丹なら、普通の武器でミノタウロスを倒せそうな気がして来たので心配は止めた。


 俺は気になっていたボラン家の事を尋ねた。

「ライマルたちが戻って来ないので、返り討ちに遭ったと悟ったようだ」

「仇討ちをしようと動き出したんじゃないですか?」


「ボラン家の当主は慎重な男なんだ。最大戦力のライマルが倒されたんで、首都から援軍を呼ぼうとしている。後一〇日ほどは動かないだろう」

 山崎は一〇日の間に、『神行操地の神紋』を手に入れたいと思っているようだ。


 三人が話している間に、神代理事長と二人の人物が研修センターに到着した。俺たちは応接室のような部屋に案内され、そこで話を聞く事になった。


「さて、まずは紹介しよう。法務省の殿部課長と丸菱係長だ」

 神代理事長に紹介され、用件を切り出された。

「竜殺しは、リアルワールドでも魔法が使えるという噂話が流れた。君たちも知っていると思う」

 神代理事長が確認するように、俺たちを見たので頷いた。


 殿部課長が真面目な顔で話し始めた。

「法務省では、リアルワールドで魔法が使える者がいるという情報を手に入れ、それが現行法にどう影響するか検討しています。今日はJTGの神代理事長にお願いし、事実確認に来ました」


 山崎が神代理事長を見て尋ねた。

「どういう意味です?」

「『竜の洗礼』を受けた君たちに、リアルワールドで魔法が使える者が居るという事実を証明して欲しい」


「ちょっと待って下さい。私はリアルワールドで魔法が使えるようになったとは報告していません」

 山崎が神代理事長の話を止めた。


「まだ、試してみていないだけではないのか?」

 神代理事長が試してみるべきだと促した。

「ミコト君と伊丹さんは、魔法を使えるのかい?」

 山崎の質問に、東條管理官から報告されているので、正直に使えると答えた。


「それでは、二人から先に魔法を使って見せてくれ。場所は訓練場を予約してある」

 俺たちは訓練場に移動した。


「神代理事長、俺たちが魔法を使えるという事実は個人情報にあたると思うんですが」

「判っている。法務省の二人には君たちの名前を公表しないように約束してある」

 俺と伊丹は案内人Aと案内人Bとして、法務省には報告される事になった。


「まずは、ミコト君から披露してくれ」

 俺はどんな魔法を見せるか考えた末、<変現域>を発動し身体に蓄積されている魔粒子を流し込んだ。その魔粒子は、俺の意思に従い綺麗な結晶を形成した。


 神代理事長と法務省の役人二人は、目の前行われている魔法に注目していた。何もなかった空間にぼんやりしたものが浮かび上がり、拳ほどの大きさがあるダイヤモンドが現れた時、三人が目を見開いて驚いているのが判った。


 出来上がったダイヤモンドを殿部課長の目の前に突き出した。

「幻じゃないですよ。持ってみて下さい」

 殿部課長がダイヤモンドを掴み、目の前に近付け何か仕掛けがあるのではないかと確認した。

「本物みたいだ」


 そして、ダイヤモンドはゆっくりと存在感を消し、最後には完全に消えた。

「今の魔法は?」

 丸菱係長が尋ねた。

「魔粒子を炭素原子のように結晶化させ、ダイヤモンドみたいなものを形成したんです」


「今のダイヤモンドは消えたが、残るようにも出来るのかね?」

 神代理事長が尋ねた。

「魔粒子で出来ているので、魔力が尽きたら消えます」

「そうか。次は伊丹君、頼む」


 伊丹は<炎杖>を披露した。伊丹の手から、青白い炎が吹き出すと殿部課長と丸菱係長がビクッと反応し顔を青褪めさせていた。


 そして、最後に山崎が<爆炎弾>を試し、発動するのに成功した。火の玉が飛び、着弾して爆発したのだ。

「本当に発動した」

 魔法を使った張本人である山崎が一番驚いた。


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