第319話 抓裂竜とライマル2

 山崎のどんよりしていた目が普段のものに戻った。

「……痛っ、身体中が痛い。人を吹き飛ばすような魔法が空砲だって……それは間違っているぞ」


 魔粒子の注入無しで<魔粒子凝集砲>を撃ったのは、一年ほど前に東條管理官と一緒に異世界を旅した時以来だったので、どれほどの威力か忘れていたのである。


「このガキ、騙しやがったな」

 ライマルの仲間の一人が起き上がって怒鳴った。山崎が魔法薬を取り出して飲み、起き上がる。


「騙したのは、お前たちだろ。……絶対に許さん」

 山崎は無詠唱で紫色の炎の玉を放った。どうやら『煉獄紫炎の神紋』の基本魔法らしい。


 着弾した紫の炎は爆発し、ライマルの仲間を吹き飛ばした。眼を吊り上げた山崎は次々に紫の炎を放ち、ライマルの仲間を吹き飛ばしていく。


 仲間が吹き飛ばされるのを見て、ライマルが怒った。槍を構え山崎の方へ駆け寄る。俺は山崎の前に立ち塞がり、邪爪鉈を取り出してライマルを迎え討った。邪爪鉈を選んだのは、人間相手に絶烈鉈は過剰だと思ったからだ。


 ライマルが舌打ちした後、素早い動作で突きを放った。俺は邪爪鉈で槍の穂先を跳ね上げ、踏み込んで右のローキックを放つ。ライマルは飛び下がって蹴りを躱し、槍を薙ぎ払った。


 後ろに飛んで槍を避ける。その瞬間、ライマルの身体から魔力が溢れ出した。身体能力を上げる為に<躯力増強>の魔法を使ったようだ。


 俺も躯豪術を使い始める。爆発するような勢いでライマルが飛び掛かり、俺に槍の突きを放った。常人には見えないほど高速な突きの軌道を邪爪鉈で逸らす。


 ライマルは自慢の突きを防がれたのが意外だったようだ。奴の顔に剣呑な表情が浮かび、槍を握る腕の筋肉が盛り上がる。


 これまでにない速度の突きが俺を襲った。必死で上半身を反らし槍の穂先を躱す。躱せたと思った瞬間、槍の穂先がクルリと回転し、俺の胸を叩いた。


「ぐふっ」

 胸に痛みが走り、地面を転がる。ライマルは容赦なく追撃し、槍の穂先を何度となく突き出す。それを転げ回りながら躱し、攻撃の手が止んだ瞬間、飛び起きた。


「しぶとい奴だな。だったら……」

 ライマルが槍の穂先をこちらに向け、魔力を槍に込め始めた。次の瞬間、槍がゆらりと揺れ小さく突き出された。もちろん、こちらに届くような突きではなかったが、嫌な予感を覚えた俺は慌てて横に飛んだ。

 何かが脇を掠め飛び去り、崖に命中し抉った。その後、轟音が鳴り響く。


「チッ、神槍撃も躱したか」

 ライマルが悔しげに呟いた。俺は頭から血の気が引くのが判った。


「魔導武器じゃないかとは思っていたが、そんな機能が有ったのか」

 邪爪鉈を選んだ事を後悔した。ライマルの魔導武器は絶烈鉈にも匹敵する武器だ。躯豪術を五芒星躯豪術に変え、体内を循環する魔力量を増やした。


 再び、ライマルが槍に魔力を込め始めたので、五芒星躯豪術で集めた魔力を両足に集中し、爆発的な力で地面を蹴る。瞬時にライマルに肉薄した俺は、邪爪鉈を奴の肩に向かって振り下ろした。

 神槍撃を撃とうとしていたライマルは、慌てて槍で防いだ。


 俺はライマルに神槍撃を撃たせたくなかった。一撃目は勘だけで避けたが、次も避けられるとは限らないからだ。


 五芒星躯豪術を駆使し、超高速の攻撃を休みなく繰り出した。二撃目、三撃目は槍で防がれたが、四撃目に奴の胸を邪爪鉈の刃が切り裂いた。


 胸から血を吹き出しライマルが倒れた。かなりの重傷である。地面に横たわったライマルは、憎悪の念が篭った眼で俺を見て血を吐いた。


「ガハッ……貴様は後悔する事になるぞ。必ずボラン家の仲間がかたきを討ちに行くからな」

 俺の中で怒りと苦い感情が混ざり合い、ライマルに冷たい視線を向けた。


「仇だって、槍のライマルは抓裂竜に殺されたんだろ」

 ライマルが大きく目を見開き、次の瞬間息を引き取った。


 冷静にライマルの死を確認した俺は、山崎の方を見た。ライマルの仲間たちが血塗れで倒れており、山崎は肩で息をしながら、倒した奴らを確認している。


 ライマルと仲間は全員死んだようだ。山崎が暗い顔をしている。俺も嫌な気分になっていた。今回も正当防衛だったが、気分が落ち込んだ。


 その時、抓裂竜が動いた。よろよろと立ち上がる。止めを刺していなかったのを思い出す。


 邪爪鉈をマナ杖に取り替えた俺は、もう一度<魔粒子凝集砲>を放った。魔粒子凝集弾が抓裂竜の頭に命中し、頭の一部を吹き飛ばした。


 今度こそ仕留めた手応えがあった。抓裂竜は巨体を地面に投げ出すように倒れた。地面が揺れ、山崎が顔を顰めた。震動が傷ついた身体にはきつかったのだろう。


「なあ、抓裂竜の特異体は『竜の洗礼』を起こせるほど魔粒子が濃密だと思うか?」

 俺は判らないと首を振った。


 抓裂竜の死骸から濃密な魔粒子が放出され始めた。通常の抓裂竜なら『竜の洗礼』は無理なのだが、特異体だった抓裂竜から辛うじて『竜の洗礼』を起こせるほどの魔粒子が放出された。


 その魔粒子を吸収した山崎は気を失う。俺は少しきつかったが耐え切った。抓裂竜の死骸から魔晶管と魔晶玉、それに皮と少量の肉を剥ぎ取った。


 残った肉は魔物が食い尽くすだろう。ハンターギルドが近くにあれば、人を集めて回収するのだが、距離があるので無理だ。それにライマルの槍は残念ながら壊れていた。


 山崎が目覚めるまで待ってからコンラートを探したが、見付からなかった。先に地上に戻ったのかもと思い、俺たちも戻る事にした。


 その途中、山崎からライマルの件は黙っていてくれるように頼まれた。

「何故です」

「俺たちがライマルを返り討ちにしたと知られると、ボラン家の連中が黙っていないだろう。街の顔役である奴らと争うには、時期が早過ぎるんだ」


「でも、ライマルたちが、俺たちを罠に嵌めようとしていたのは知られているはずです。俺たちが無事で、ライマルたちが帰らなければ絶対に何か有ったと思われますよ」


「それは全部抓裂竜に殺られたという事にしてしまうつもりだ。目撃者は私たちしかいないんだから」


 地上に戻り、ハンターギルドへ行くと予想通りコンラートが居た。山崎が抓裂竜の特異体を倒したと話すと、コンラートやハンターギルドに居た者たちが驚いた。


 ライマルたちの件については山崎に任せる事にした。何か深い考えが有るのだと思ったからだ。


 抓裂竜を倒した証拠として、魔晶管や魔晶玉、皮と出すとハンターギルド内にどよめきが走った。これだけの大物を仕留めたのは久しぶりだったらしい。

 山崎はハンターギルドの知り合いに捕まり、酒を飲みに行った。大金を手にした山崎に奢らせる気なのだろう。


 魔導練館に戻った俺は、アカネたちの様子を聞いた。スヴェンとイルゼが第五階層で安定して狩りが出来るようになったそうだ。


 ただ、第五階層に出る歩兵蟻には苦労しているようだ。

「スヴェンとイルゼは十分ハンターとしてやっていけそうだな」

 二人は俺とアカネに感謝した。


 これからどうするのか尋ねると、小さな貸家を借りてハンターとして生活を始める計画だという答えが返って来た。


「ミコト様たちは、王国へ帰るんですか?」

「ええ、明日は休養を取って、明後日には出発しようと思っているの」


 アカネが答えると、スヴェンとイルゼが寂しそうな顔をする。俺とアカネさん、アマンダの三人は、予定通り翌々日にマウセリア王国に向って出発した。


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