第318話 抓裂竜とライマル
俺は絶烈鉈を取り出し構えた。最初の攻撃はコンラートの<雷槍>だった。第三階梯である『天雷嵐渦の神紋』を元に発動した攻撃魔法は、抓裂竜の腹に突き刺さった。
だが、それは巨大な抓裂竜にとって大したダメージにはならなかった。だが、痛みに怒りを覚えた抓裂竜が攻撃を加えようと近付いて来た。二足歩行する抓裂竜は、高い位置からコンラートを噛みつこうと大きな顎門を開け襲い掛かる。
「避けろ!」
山崎が叫び、それに応えるように必死で逃げるコンラートの姿が目に入る。
この峡谷という地形は巨大な魔物と戦うには不利な地形だった。自由に動き回れる範囲が狭いので、抓裂竜の攻撃を躱すのにも苦労する。
抓裂竜が大きな尻尾を振り回した。俺と山崎目掛けて丸太のような尻尾が飛んで来る。俺たちは崖目掛けて走り、勢いを殺さずに崖を駆け上る。
抓裂竜の尻尾が、俺たちの真下を通過し崖に減り込み、岩の欠片を撒き散らした。次の瞬間、爆発音に似た轟音が耳に届く。
丁度真下にある巨大な尻尾に飛び乗った。俺は絶妙なバランス感覚により、尻尾を駆け上がりゴツゴツした背中まで到達した。そこで絶烈鉈に魔力を込め赤紫に輝く絶烈刃を生み出すと、ゴツゴツした背中に突き刺した。
抓裂竜が痛みで体を震わせ、俺は弾き飛ばされて地面を転がって起き上がる。
抓裂竜の敵意が俺に向いた。凶悪な牙を見せながら大きく開いた口が迫って来る。躯豪術を使って身体能力を嵩上げし凶悪な牙を躱す。奴の黒々とした眼が、俺を睨んだ。
その眼に向って絶烈刃を振るう。抓裂竜が初めて悲鳴のような叫び声を上げた。至近距離で強烈な叫び声を聞いた俺は目眩を起こした。まずいと感じ抓裂竜から必死で離れる。
その時、山崎の攻撃魔法が抓裂竜を襲った。抓裂竜の周りに紫色の炎で作られた竜巻が現れ、抓裂竜を巻き込みながら焼こうとする。抓裂竜は炎の竜巻から離れようと死に物狂いで暴れた。
しばらく暴れた抓裂竜は、炎の竜巻から脱出する事に成功した。これが通常の抓裂竜なら大ダメージを与えていただろうが、特異体のこいつにはちょっとしたダメージを与えただけで終わったようだ。
「なんてクソ頑丈な奴なんだ」
山崎が悪態を吐く。
抓裂竜がドスドスと走り回りながら、俺たち三人を追い掛け始めた。俺たちは必死で逃げ回った。前方を確認したコンラートが声を上げた。
「おい、分かれ道だ。別々の方向へ逃げるぞ」
丁度三方向へ分かれる分岐点に到達したので、俺たちは別々に別れて逃げた。俺は右、山崎は真ん中、コンラートは左を選んだ。
後ろでドスドスと地響きを立てながら迫って来る抓裂竜の気配を感じ、スピードを上げる。しばらく走った時、背後に迫っているはずの抓裂竜が消えたのに気付いた。
「抓裂竜の奴、山崎さんかコンラートを追って行ったな」
俺は分岐点に戻り、耳を澄ませた。抓裂竜の足音が真ん中の方から聞こえた。
「奴め、山崎さんを追って行ったのか」
俺は絶烈鉈を仕舞い、マナ杖を取り出すと抓裂竜を追って走り出した。
間もなく抓裂竜に追い付いた。真ん中の道は袋小路だったらしく、山崎は追い詰められていた。
俺は<魔粒子凝集砲>の呪文を唱え始めた。周りの大気から空気が集まり始め一点に圧縮されて丸い玉になっていく。そこにマナ杖から魔粒子を注入する。
たっぷりと魔粒子を吸い込んだ魔粒子凝集弾は、抓裂竜の首に命中し、首の半分を吹き飛ばした。抓裂竜は大量の血を吹き出しながら倒れた。
山崎が青褪めた顔をして、こちらを見て深く息を吐いた。
「助かったよ」
抓裂竜に止めを刺そうとした時、<雷槍>が俺と山崎を襲った。
俺は咄嗟に<遮蔽結界>を張り<雷槍>を弾いたが、山崎は直撃を躱すだけで精一杯だったらしく<雷槍>が肩を掠め雷撃が身体に流れ込んだ。
山崎が倒れるのが目に入った。
「誰だ!」
俺は怒鳴り声を上げた。
背後から現れたのは、槍のライマルとその仲間だった。
「死んだんじゃなかったのか?」
ライマルがニヤリと笑った。
「キロルが上手くハンターギルドの奴らを騙してくれたようだな」
ライマルの仲間の一人が倒れている山崎に走り寄り、紐で両手を縛った。最初は奇襲で俺と山崎を同時に仕留める作戦だったようだが、俺が無傷で生き残ったので、山崎を人質にする作戦に変更したようだ。
俺は山崎を助けに行こうとしたが、ライマルの鋭い視線で迂闊に動けなかった。山崎を助けに行こうとすると奴に背中を見せる事になる位置に居たからだ。
「どういう事だ?」
「一芝居打ったのさ。ヤマザーキとコンラートをおびき寄せる為にな」
「何故、そんな事を?」
「五月蝿えな。邪魔だからに決まっているだろ」
ライマルがハグレに返り討ちにあったという知らせがハンターギルドに届けば、コンラートと山崎が討伐に来ると予測していたようだ。
「私をここにおびき出して始末するつもりだったのか?」
目を覚ました山崎がライマルを睨みながら声を上げた。
「あの抓裂竜が始末してくれると思ったのに、倒すとは思わなかった」
「思い通りにならなくて
山崎を縛った奴が、ナイフを突き出した。
「何勝手に喋ってんだ。そこの若造、杖を捨てろ。でないと、こいつを殺すぞ」
ライマルの仲間は街のチンピラ並みに程度が低いと思った。
俺がマナ杖を使って<魔粒子凝集砲>を撃ったのを見ていたようだ。ライマルと仲間が山崎の周りに集まる。
「どうした。杖を捨てろと言っただろ」
俺が黙って睨んでいると、
山崎の肩から血が流れ出し、その口から呻き声が漏れた。
「……ミコト君、私に構わず先程の魔法を使ってくれ」
「黙っていろ」
ライマルが山崎を殴った。
「止めろ!」
俺が叫ぶのを聞いたライマルが、こちらを見てニヤリと笑った。
「仲が良さそうじゃないか。お前にこいつを見捨てられるのか?」
どうすれば山崎を助けられるのか、俺の脳は高速回転を始めた。
しばらく沈黙が続いた後。
「そろそろ、決めて貰おうか」
ライマルが俺の眼を見詰め返事を催促した。俺は山崎に深々と頭を下げる。
「山崎さんの言葉に従います」
マナ杖を構えた俺は、<魔粒子凝集砲>の呪文を唱え始めた。
ライマルたちが顔色を変えた。
「ジレセリアス・ゴザラレム・イジェクテムジン……キメクリジェス……<魔粒子凝集砲>」
周りの大気がマナ杖の先端に向かって集まり光り始めた。抓裂竜に使ったものより小さな魔粒子凝集弾が山崎に向って飛んだ。
「クソったれ。仲間を見捨てやがった」
ライマルと仲間は山崎を離し、慌てて逃げ出した。
だが、数歩も逃げないうちに魔粒子凝集弾が山崎の近くの地面に着弾し爆散した。圧縮されていた空気が弾けるように拡散し、周囲の人間を吹き飛ばす。
今回の<魔粒子凝集砲>は魔粒子を注入しなかった。御陰で威力は最小限度になり、山崎とライマルたちは死ななかった。
俺は吹き飛ばされた山崎に駆け寄り、担ぎ上げるとライマルたちから離れた。地面に山崎を下ろし、手を縛っている紐を切る。
「山崎さん、しっかりしてくれ」
身体を揺すると山崎が目を覚ました。
「あれっ、ミコト君も死んだのかい?」
「死んでませんよ。正気に戻って下さい」
「でも、君の魔法で……」
「あれは空砲みたいなものです。威力はほとんど無かったはずです」
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