第314話 オーガハウス

「やっちゃったわね」

 アカネの声で正気に戻った。やらかした魔法の失敗に茫然自失していたらしい。


「ミコト様、凄い魔法ですね」

 アマンダが賞賛の言葉を贈ってくれたが、素直に喜べなかった。肩を竦め苦笑いする。

「出来ちゃったものは仕方ない。有効利用するか」


 巨大かまくらの中に入ると中は、薄暗く明かりが必要だと判った。<明かり>の魔法で天井付近に火の玉を出し周囲を照らす。


 地面は綺麗に整地され、壁は見事な曲線を描き天井と一体化していた。入り口を振り返ると縦長半円形の高さ三メートルほどに穴が開いている。


「まるでオーガの家ね」

 アカネが言った一言で、この建造物の名称が決まった。『オーガハウス』である。


「そうだ。雨が降りそうだったのよね。急いで薪を集めましょう」

 アカネが言い、アマンダたちを連れて薪拾いに向かう。見物していたハンター見習いたちも雨が降らないうちに夕食の用意をしようと動き始めた。


 俺は食材を探しに森へ入った。この森は樫に似たドングリの実が生る木が多いようだ。地面にはたくさんのドングリが落ちており、小さなネズミやリスに似た動物が時々姿を見せる。


 気配を殺し森の中を奥へと進んでいると左前方の茂みで何かの鳴き声がした。茂みの中から斑ボアの子供がトコトコ姿を現した。


「親は何処だ?」

 普通なら親と行動しているはずである。<魔力感知>を使って親の魔力を探そうとした時、

「待て、そいつはおいらたちの獲物だ」


 十三歳くらいの若いハンター見習いたちが横から飛び出して来た。四人パーティで全員が安物の装備を身に着けている。


 ハンター見習いたちは素早く斑ボアの子供を取り囲んだ。どうやら、この斑ボアの子供を追い駆けて来たらしい。


「手を出すなよ」

 生意気そうな赤毛の少年が警告した。

「お前たちだけで大丈夫なのか?」

「馬鹿にするな。これでもハンターだ……見習いだけど」


「いや、そうじゃなくて。こいつの親が探しに来てるぞ」

 俺が注意してやると、嘘だと思ったらしく無視して斑ボアの子供に武器を向けた。斑ボアの子供は怯えたような様子で逃げようとしている。


 その時、巨大な獣が駆けて来る足音が聞こえた。斑ボアの子供を取り囲んでいた少年たちが顔を青褪めさせる。


「なあ、この状況はヤバイんじゃねえか」

「早く仕留めて逃げるんだ」

 一人の少年が槍を突き出した瞬間、親の斑ボアが現れ少年たちを弾き飛ばした。ボーリングのピンのように弾かれた少年たちは空中を舞い、地面に落下した。


 見捨てる訳にもいかず、邪爪鉈を取り出すと斑ボアの前に出た。子供が襲われ気が立っている斑ボアは、俺目掛けて突進して来た。


 突進をギリギリで躱し、後ろ足に邪爪鉈をお見舞する。斑ボアは悲鳴を上げながらも、子供の方へ向かう。


「ゴホッ」

 地面に倒れていた少年の一人が血を吐いた。斑ボアの方を確認する。傷を負った斑ボアは子供と一緒に逃げて行く。


 俺は斑ボアを見逃し、血を吐いた少年の方へ走った。ポケットから治癒系魔法薬を取り出し少年に飲ませる。


 少年は少しの間苦しんでいたが、やがて落ち着いた。魔法薬の御蔭で少年は命を取り留めたようだ。


 他のハンター見習いは軽傷だったようで、血を吐いた少年の周りに集まり心配そうに様子を見ている。その中の一人が、こちらに頭を下げた。


「御蔭で助かりました。ありがとうございます」

「次からは気を付けろ」

 少年の一人が薬の値段について尋ねたが、今回だけは無料で良いと告げた。


 ハンター見習いたちと別れオーガハウスへ戻る途中、双剣鹿の群れに遭遇した。久しぶりにパチンコを取り出し鉛玉をセットすると鹿を狙って鉛玉を撃ち出した。


 狙い通り鹿の首に命中した鉛玉は太い動脈を傷付け半ば切断した。鮮血が溢れ出し双剣鹿がよろけ、バタリと倒れた。他の双剣鹿は一斉に逃げ出す。


 倒した獲物に走り寄ると首にナイフを当て掻き切った。そのまま血抜きをする。二本の剣角を切り取り、毛皮を剥ぎ取ると美味しそうな部分の肉を切り取って毛皮に包んで担いた。


 死骸を埋めようかと迷ったが、そのまま放っておく事にした。森の掃除屋と呼ばれる鬼熊ネズミやスライムが片付けてくれるからだ。


 血の臭いを嗅ぎ付けた魔物が近付いて来ているのに気付いていた。それに今にも降り出しそうな空模様になっている。急いで戻らなければならない。


 急いで鹿の死骸から離れると待っていたかのように鬼熊ネズミが現れ、死骸に群がり貪欲な食欲を満たし始めた。


 オーガハウスへ戻るとアカネたちが待っていた。オーガハウスの中には大量の薪が積んである。

「何を狩ったの?」

 アカネの声が聞こえた。


「運良く双剣鹿に遭遇したんで仕留めて来た」

 毛皮に包んだ鹿肉を見せる。

「食料の心配はなくなったわね。ところで、ここの中で料理が出来るように改造出来ないかしら」


 失敗作をわざわざ改造するのもどうかと思ったが、魔法の練習だと考えればいいかと思い直す。


 もう一度<大地操作>を発動し、地脈から少しだけ魔粒子を掬い上げると魔力に変換し地上に導く、巨大かまくらの中心にまで魔力を導き地面に浸透させ土を盛り上げ四本の柱を形成する。その柱の上に巨大なレンジフードのような構造物を作り上げ、その上に煙突を形成し天井を突き抜け完成させる。


 今度は上手くいったようだ。

「こんなもんでどうだろう?」

「上出来よ。……煙突から雨が入り込まない?」

「煙突の先端を直角に曲げてあるから大丈夫」


「……それだと風向き次第では雨が入るわね」

「そんなクオリティを要求されても、ここはテント代わりに作ったものなんだから」

 アカネが肩を竦める。


「そうだったわ」

 入り口の外で待っていたアマンダたちは、地面から土がニョキニョキと盛り上がり大きな煙突が出来上がるのを見て、唖然とした表情をしたまま固まっていた。


 アカネが四本の柱で支えられた煙突の下に薪を運んで火を点けた。その頃になってポツリポツリと雨が降り出した。


 外ではハンター見習いたちが大騒ぎしてテントに駆け込んでいる。

「あなたたちも中に入って」

 アカネがアマンダたちに声を掛けた。

 三人が中に入った途端、雨脚が強くなり大粒の雨が地面に突き刺すように降って来る。


 俺はハンター見習いたちが心配になり、入り口から外の様子を確認した。外で料理をしていた連中は、途中で諦めテントの中に入ったようだ。


 テントが風で波打っている。段々風が強くなっている証拠だ。

「アカネさん、外にいるハンター見習いたちも中に入れてあげようか」

 横に並んだアカネが、外の様子を見る。


「風が強くなってるわね。今のうちに中に入れましょう」

 俺とアカネは荷物から出したフード付きポンチョのような雨具を着て外に出ると、テントを回ってオーガハウスの中に入るよう勧めた。


 大半のハンター見習いたちは素直に従いオーガハウスに移って来たが、三組のパーティだけが断った。割りと丈夫そうなテントの持ち主だったので、これくらいの風雨なら大丈夫だと判断したのだろうと強くは勧めなかった。


 斑ボアに襲われた少年たちがオーガハウスの中に駆け込んで来た。中に入って焚き火の光で照らし出されたオーガハウスの広さに驚いて目を丸くしている。


「こんなものが魔法で出来るのか。凄えな」

「でも、こんなものを作れるハンターが、何で猪豚の森に来てるんだ?」


「ボラン家の奴らと一緒さ。下の奴らを鍛えるつもりなんだ」

「いいよな、あいつら」

 少年たちが羨ましそうにアマンダたちを見ている。


 その晩はハンター見習いたちと賑やかに遅くまで話をして過ごした。翌朝、雨は止み晴天となっていた。


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