第313話 見習いハンターの森

 俺はスヴェンとイルゼの背中をポンと叩いた。山崎と相談しスヴェンとイルゼの二人を魔導練館に泊まらせる事にした。大金を持つ二人が心配だったのだ。


 魔導練館に戻るとアカネが鎧豚の肉を使った生姜焼きを用意してくれていた。初めて食べるスヴェンとイルゼはもちろん、山崎も異世界で食べる生姜焼きの美味さに感激する。


 翌朝、庭の片隅で普段通りに鍛練しているとアマンダが起きて来た。

「おはようございます」

「おはよう」


 時々目では追えないほど速い動きで攻守の型を繰り返しているのを見て、アマンダは目を丸くしている。


 しばらく俺が鍛練している様子を見ていたアマンダが尋ねた。

「一流のハンターというのは、皆ミコト様みたいな動きが出来るのですか?」


「いや、ハンターにもいろんなタイプが有るから一概には言えないよ。でも近接戦闘が得意な一流ハンターはこれくらいの動きは出来ると思う」


「練習したら、あたしも出来ますか?」

 アマンダに見せた鍛練は普通の躯豪術を使ったもので、アカネにも可能な動きだった。

「努力次第だな」

「が、頑張ります」


 アカネが来て、アマンダの修行を始めた。最初は基本の体捌きから教えるようだ。修行が終わり朝食を食べた後、アマンダに泊まり掛けで近くの森へ狩りへ行く事を伝えた。


「でも、あたしの実力だと皆の足を引っ張るかも……」

「何を言ってるんだ。その実力を付ける為に森に行くんじゃないか」

「判りました」


 アカネとアマンダには後で合流する約束をして別れ、スヴェンとイルゼの二人を連れて魔導寺院へ向かった。


 まずは二人に『魔力袋の神紋』を授かって貰う為である。クノーバル王国の魔導寺院はマウセリア王国とあまり変わらなかったが、『魔力袋の神紋』は少し高かった。


 ふらふらしながら二人が神紋の間から出て来る。

「どうだ、神紋を初めて授かった感想は?」

「何か気持ち悪い。頭が変になったみたい」

 スヴェンは答えたが、イルゼは返事も出来ない様子だ。


 二人が回復するまで待ち、武器兼防具屋を探して入った。

「二人は何か得意な武器が有るか?」

 スヴェンとイルゼは首を振った。


「でも、剣がかっこいいと思うんだよね」

 スヴェンが小さな声で憧れる武器の名を挙げた。


 有名なハンターが剣を得意としているからなのか、武器に剣を選ぶ者は多い。だが、剣は魔物相手に戦う場合を考えると難しい武器である。


「判った。得意な武器がないなら、槍にしよう」

 成長途中である二人のリーチを考えると槍が最適だと判断した。


「えっ、剣じゃ駄目なの?」

「魔物相手に戦うなら、リーチの長い槍から始めた方がいい」

「ふーん、コンラートさんみたいなハンターになりたいんだけどな」


「誰だ、コンラートと言うのは?」

 スヴェンの説明によると街でトップクラスのハンターらしい。剣のコンラート、槍のライマル、魔法のヤマザーキが街のトップスリーと呼ばれているようだ。


「へえ、山崎さんもトップスリーに入っているのか」

 俺が感心するとスヴェンが調子に乗って、山崎の強さを語り始めた。

「ちょっと待て。そんな事より、まずは武器を選ぶぞ」


 いつまでも話が尽きそうにないので黙らせると、槍が置いてある場所へ行った。腕力のないスヴェンやイルゼが扱える槍は限られている。軽そうな槍の中から四本ほど手に取り、二人に選ばせた。


 武器が決まったので、防具を見に行くと鎧豚製革鎧のいいものが揃っていた。

「防具は鎧豚製革鎧でいいとして、金が有るんだから籠手と脛当ても揃えるか」

 昨日の迷宮でかなりの金額を稼いだ二人は、安い防具なら問題なく買えるだけの金は有った。


 防具と武器を買い揃えた後、魔導練館で待っていたアカネたちと合流し、山崎に事情を伝えて西に向かった。


 トラウガス市の西には猪豚の森と呼ばれる場所が有り、ここで迷宮に入れないハンター見習いが腕を磨くのだという。


 万里の長城のように長い防壁から外に出ると一〇分ほどで、猪豚の森に到着した。猪豚の森の周辺にはテントが幾つか張られていた。ハンター見習いたちがテントに泊まり込んで狩りをしているらしい。


「若い子たちが一杯居るわね」

 アカネが声を上げた。アマンダやスヴェンたちと同じ年頃のハンター見習いたちが森とテントの間を行き来している。


 一組のハンター見習いのパーティが跳兎を仕留めて戻って来た。

「おっ、クルトたちが跳兎を仕留めて来たぞ」

「良かった。今日の晩飯が堅パンだけにならずに済んだ」

 見習いたちは森で取れた獲物を食料にしているらしい。


 森に到着した頃から空模様が怪しくなった。黒い雲が姿を見せ空を覆い始める。

「まずいわ。テントを用意して来なかった」

 アカネが空模様を見ながら告げた。


「心配ないよ。俺に考えがある」

 第一階梯神紋『土砂導術の神紋』の応用魔法に<土壁クレイウォール>と言うものがある。魔力で地面から土を盛り上げ防護壁とする魔法で、それと同じ事を『神行操地の神紋』の基本魔法<大地操作>を使って再現出来ると思ったのだ。


 俺はテントから少し離れた場所に移動し、精神を集中する。

 <大地操作>で地脈を探し魔粒子を掬い上げると魔力に変換し地上に導く、目の前に有る地面に魔力を浸透させ土を掻き集め盛り上げるように意識すると、ゴゴゴッと音を立て土が盛り上がり始めた。


 俺は心の中で『あっ!』と驚きの声を上げていた。予想していた以上の土が動き始めたからだ。

 何とか意識を集中し大量の土を『かまくら』のような形に形成し、最後に土を圧縮し煉瓦れんがのようなものに変える。


 傍で見ていたアカネたちが目を丸くしている。

「何これ、デカ過ぎるわ」

 魔粒子を掬い上げる量を間違えたようだ。その為に膨大な魔力が導かれ、考えていた以上の広範囲に魔力が浸透し大量の土を集めてしまった。


 かまくらは直径二〇メートル、高さ七メートルほどの大規模なものになっていた。アカネたちの背後にハンター見習いたちが集まりガヤガヤと騒ぎ出す。


「何だこりゃ」

「これ、魔法で作ったんだよな」

「そんな魔法、聞いた事ないぞ」


 アカネがジト目で俺を睨んでいる。こんなものを作ってどうするのと言いたいのだろう。


 ハンター見習いたちから、どんな魔法を使ったのか訊かれたら、『土砂導術の神紋』の応用魔法だと答えるつもりだったが、この規模は第一階梯神紋の範囲を超えていた。


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