第312話 スヴェンとイルゼ

 迷宮から戻った俺たちは、ハンターギルドへ向かった。すでに日が沈み、暗くなっていた。スヴェンとイルゼはヘロヘロになっていたが、顔だけは明るい。


「スヴェンとイルゼの家は近くにあるのか?」

 俺の質問にイルゼが答える。

「……旧教会の建物に住んでいます」


 旧教会というのは三年前に教会が移転した時に打ち捨てられた建物で、四〇人ほどの孤児が住み着いているそうだ。一日一日を生きていくだけで大変な環境だと言う。


 ハンターギルドへ到着すると買取カウンターへ移動する。この国には迷宮ギルドが存在せず、国に依頼されたハンターギルドが迷宮を管理していた。


 その為、迷宮で取れた素材はハンターギルドで買い取るシステムになっている。カウンターは少し混んでいて三組のパーティが並んでいた。


「これで全部でしょうか?」

 美人の受付嬢が確認した。

 迷宮に潜り始めたばかりらしい少年二人少女一人のパーティが「そうです」と返事をする。


 後ろで待っているベテランらしい二人のハンターが待たされてイライラしているらしく。

「おい、早くしてくれ。そんなガラクタ適当でいいだろ」


 受付嬢が困ったような顔をして、

「規則が有りますので、きちんと確認しない訳には……」

 カウンターに並べられている素材は、陰狼や跳兎の毛皮や肉が多い。どれもポーン級の魔物から取れたものだ。


 それを見たベテランハンターの眉毛が三角の男がブツブツ文句を言う。

「チッ、全部合わせても銀貨一枚にもならねえじゃねえか」

 三角眉毛が少年たちを睨んだ。


 山崎が咎める気になったようで、前に出る。

「大人げない事は止めろ。君たちだって、彼らみたいな時があっただろ」

 不機嫌な顔になった三角眉毛が山崎を睨み怒鳴る。


「横から口を挟むな」

 その時、三角眉毛の相棒が止めた。

「止せ、あいつは魔導師のヤマザーキだ」

 相棒は山崎の事を知っていたようだ。指摘され、もう一度山崎の顔を確認した三角眉毛の顔から血の気が引く。


「だ、だから何だってんだ。俺だって狼牙棒のミュスルと言われた男だ。実力ならこいつにも引けは取らねえ」

 虚勢を張っているとしか思えない三角眉毛の言葉に、スヴェンが反応した。

「狼牙棒のミュスル……聞いた事ない」


 騒ぎを聞き付け集まった野次馬が失笑する。怒りで顔を真赤にした三角眉毛がスヴェンを睨み付け。

「ハンターでもないガキは黙ってろ」

 スヴェンは怯えて俺の後ろに隠れた。


 無責任な野次馬が提案した。

「実力を比べるんなら、今日の獲物を比べるのが一番じゃねえか」

「そうだ。どんな魔物を狩ったのか、見せてみろよ」

 何だか話がすり替えられたような気がする。実力を競っている訳ではなかったはずだ。


 三角眉毛がニヤッと笑った。自信が有るようだ。大きな背負い袋から光沢のある毛皮と牙、魔晶管と魔晶玉を取り出した。


「どうだ。帝王猿の素材だぞ」

 帝王猿は迷宮の第二三階層に住む魔物である。往復するだけで何日も掛かる階層であり、そこで取れた素材は珍重される。


 三角眉毛は荷物運びだと思われるスヴェンとイルゼを値踏みした。深い階層へは絶対に行けそうにないガキだった。こんな荷物運びを連れていたのでは深く潜れなかったに違いない。


 そうなるとヤマザーキは浅い階層で狩りをしていた事になる。三角眉毛は勝利を確信したように薄笑いを浮かべた。


 野次馬たちがガヤガヤと騒ぎ出す。少し驚いたようだ。

「へえー、あいつら帝王猿なんて大物を仕留めていたのかよ。道理で自信が有りそうな態度だ」


 何処の国にも嫌な奴は居るものだと思っていると、山崎が困ったような顔をしている。

「どうしたんです?」

「野次馬の中に、我々魔導練館の者と揉めている奴らが居るんだ。わざと騒ぎを大きくしようとしている」


 獲物を比べようと言い出した二人の野次馬ハンターは、この街の名士であるボラン家の配下だそうだ。


 ボラン家は貴族ではないが、迷宮から産出する魔光石を定期的に採取出来るハンターを育て、一つの勢力を築き上げていた。


 この街に山崎が住み着き魔導練館を建てた頃から、ボラン家の奴らと衝突するようになったそうだ。


「ほら、おまえらも出せよ」

 三角眉毛が狩りの成果を見せるように催促した。山崎が仕方ないという感じで、歩兵蟻とホブゴブリンメイジの魔晶管と魔晶玉を取り出した。


「ふん、歩兵蟻とホブゴブリンメイジか」

 三角眉毛が鼻で笑った。スヴェンとイルゼがムッとする。山崎は冷たい視線を二人のベテランに向けてから、第五階層で倒したアサシン蟷螂の外殻と魔晶管、魔晶玉を取り出した。


 野次馬がざわっと騒ぐ。

「おい、あれはアサシン蟷螂の外殻だろ。ルーク級上位の魔物だ。ランクとしては帝王猿より低いが、希少さで言えば帝王猿より上だ」

「という事は、勝負は引き分けか」


 例の野次馬ハンターが異議を唱える。

「そいつはおかしいだろ。珍しいものを手に入れたと言うだけなら、運が良かっただけだ。実力は帝王猿を狩った奴らの方が上じゃねえか」


 難癖を付けているとしか思えない論理だった。大体狩りの条件が違うのだから、獲物だけで比較する事自体がおかしい。


「勝手に獲物比べなんか始めるな。狩りの条件が違うんだから、意味がないだろ」

 俺が文句を付けると、先程の野次馬ハンターが嫌な笑いを浮かべ。

「負けそうになったからって、勝負を下りるのは卑怯じゃねえのか」

 どうしても山崎が負けた事にしたいようだ。


 どうも口では勝てそうにない。

「ミコト君、あれを出してくれ」

 山崎が俺の背負い袋に入っているミノタウロスの素材を出すように言う。背負い袋から大きな角と特大の魔晶管、それに魔晶玉を取り出した。


「そ、そいつはミノタウロスの角じゃねえか」

 三角眉毛が驚いて声を上げた。


 見物していたハンターたちが目を丸くする。そして、ギルドの職員が声を上げた。

「ちょっと待って下さい。そのミノタウロスを仕留めた階層は何処なのです?」


 迷宮の門番から、俺たちが今朝早い時刻に迷宮に入ったと言う報告を受けていたので、ミノタウロスが出る階層まで潜ったはずがないとギルド職員は知っていた。


「第一〇階層だ。こいつもハグレだった」

「馬鹿な……ビショップ級の魔物がハグレとなり第一〇階層に出たと言うのですか?」

 ビショップ級以上の魔物がハグレとなる事はほとんどないそうだ。


 今回ミノタウロスが現れたのは、特別な状況だったからだと思っていた。『神行操地の神紋』を手に入れた事と関係しているのではないかと推測している。


 ガヤガヤと騒がしくなったギルドの中で、青褪めた三角眉毛と相棒が肩を落としコソコソとギルドから立ち去った。


 この騒ぎをあおっていたハンターたちも舌打ちするとギルドから消えた。俺たちは素材を換金し大金を手に入れた。スヴェンとイルゼにも相応の金額を渡す。


「こんなに貰っていいの?」

 イルゼが震える手で金貨を握り締めている。

「遠慮するな。今回は運が良かっただけだ」


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