第311話 新しい神紋2

 迷宮の近くには地脈が必ず有ると言われている。俺の頭の中には新しいトリガーが存在した。『神行操地の神紋』を使う為のものだ。そのトリガーに意識を集中し地下を探してみると今までは分からなかった地中の魔粒子分布が分かるようになっていた。


 そして、迷宮の構造が頭の中に浮かび上がる。この迷宮は第七二階層まで存在するようだ。迷宮の下にまで探索の手を伸ばすと地脈を見付けた。大河のような魔粒子の流れである。


 その魔粒子量は一分間でも制御可能なら富士山並みの山を造れるほどの量があった。初めての応用魔法なので、念の為に呪文を詠唱する。


 呪文により発動された<地槍陣>は、地脈の流れから魔粒子を掬い上げ魔力に変換し引き寄せた。膨大な魔力が地下から近付いて来るのを感じる。その魔力はミノタウロスの足元へと導かれ魔法効果が現れる。


 ミノタウロスの足元から十数本の地槍が現れミノタウロスの下半身と胴に突き刺さった。ただの石槍だったならばミノタウロスの頑強な皮膚で跳ね返されていただろうが、地槍は魔力によりコーティングされ鋭く硬かった。


 牛頭の鬼が痛みに叫び声を上げた。とは言え、初めて放った<地槍陣>は威力が今ひとつだった。皮膚は突き破ったが、筋肉で止められ与えたダメージは少ない。


 初めての攻撃魔法を眼にした山崎が尋ねる。

「今のが『神行操地の神紋』の魔法かね?」

「慣れていないので失敗です」

 ミノタウロスは体に突き刺さっている地槍を金棒でへし折り、凄まじい怒りの咆哮を上げた。


 咆哮は衝撃波となって、俺たちの身体を叩く。耐えられなかったスヴェンとイルゼが気絶してしまった。


 近付いて来るミノタウロスの傷が見ているうちに回復している。オーガ以上の回復力だ。今度は山崎が攻撃魔法の準備を始めた。


「時間稼ぎでもするか」

 俺は絶烈鉈を取り出すと魔力を込めた。一五〇センチほどの絶烈刃が作り出され赤紫の光を放ち始める。


 ミノタウロスに向かって駆け出す。

 傍まで近付いた時、俺目掛けて金棒が振り下ろされた。ギリギリで躱し踏み込もうとした時、金棒が地面で爆発した。


 いや、爆発したと言うのは間違いで、金棒が叩き込まれた地面が爆発したように吹き飛び、土砂を周りに振り撒いたのだ。


 俺は反射的に飛び離れ距離を取る。それでも小石が身体に当たりそうになり<風の盾>で弾いた。


 俺が無傷なのを知ったミノタウロスが、俺目掛けてゴルフスイングのように金棒を振り回した。俺は飛び退くのではなく、奴の足元に飛び込み絶烈刃を丸太のような足に叩き込んだ。


 十分な手応えが有り、ミノタウロスの足を半ばまで切断した。ミノタウロスが絶叫を上げ地面に倒れた。止めを刺そうとしたが、巨大な魔物が地面を転げ回りながら暴れ始めたので近寄れない。


 一旦距離をとって見守っていると、一声吠えてから起き上がった。切ったはずの足を見ると傷口が塞がり治り始めている。

「タフな奴だ」


 背後で山崎の声がした。

「……<渦雷嵐ストームサンダー>」

 魔法を放つ声だ。全速で退避する。


 次の瞬間、ミノタウロスを中心に竜巻が起こり、竜巻の中で稲妻が走った。それも一本や二本ではなく十数本が連続で走り、ミノタウロスの体に流れ込んだ。


 竜巻が消え、満身創痍のミノタウロスが地響きを立てて倒れた。俺は駆け寄り絶烈刃をミノタウロスの首に滑り込ませ刎ね切った。


 仕留めたのを見た山崎が近寄って来て、死骸から放出される濃密な魔粒子を吸収する。

「久しぶりに濃密な魔粒子を浴びたよ」

 山崎が嬉しそうに声を上げた。


 ミノタウロスを解体し魔晶管と角を剥ぎ取った。角は精力剤の素材となるらしい。もちろん、魔晶玉も有り高額で換金出来るだろう。


 スヴェンとイルゼの様子を見に行き揺り起こした。

「あれっ、ミノタウロスは?」

 スヴェンが慌てて周りを見回す。そして、ミノタウロスの死骸を見付けるとホッとした顔をする。


 ミノタウロスが息絶え、迷宮の様子が普段のものに戻った。スヴェンとイルゼが少し辛そうにしているので、ここで休んでから戻る事にした。


 俺と山崎は、草地に横になり休息しているスヴェンとイルゼから少し離れた場所で話を始めた。

「山崎さん、お願いが有るんだけど」

「何だね」


「『神行操地の神紋』の事はJTGにも秘密にして欲しいんだ」

「えっ、何故だ? 自分の切り札にしたいというのは、同じハンターとして判るが、JTGにまで秘密にする必要が有るのか?」


「あれは地中深くを流れる地脈を見付けられる神紋なんですよ。その情報をJTGが知れば必ず政府に報告します。そうなれば、情報戦が得意な国が嗅ぎ付けるでしょう。そして、リアルワールドの諸外国がここの神紋を手に入れようと動きますよ」


 マナ研開発が活性化魔粒子の販売を始めて以来、世界各国の政府と企業が魔粒子を採取出来る場所を探していた。彼らが『神行操地の神紋』を知れば、何としてもこの神紋を手に入れようと躍起になるだろう。


「だが、『神行操地の神紋』を手に入れてもリアルワールドでは魔法を使えないだろ」

「例外的な人間が居るじゃないですか」


 山崎がハッとしたような顔をする。

「まさか、竜殺しの強者たちが『悪意の迷宮』に集まると言うのかね」

「案内人としては儲かるようになるかもしれませんが」


「馬鹿を言うな。そんな奴らが集まれば、迷宮が荒らされる」

 一年前、イタリアが管理する転移門から行ける迷宮で、若返りの秘薬が作れる薬草アルラウネが発見されたという情報が世界に流れ、大勢の地球人が押し掛けた。


 そのあまりの熱狂ぶりに迷宮が荒らされ、現地人とも問題が起きた。最後には迷宮近くの町から外国人のハンターすべてが追放されるという騒動にまで発展した。

 当然、イタリア人たちも町から追い出され大変だったらしい。


「どうです。秘密にして貰えますか?」

「なるほど……ここの神紋は秘密にした方がいいのかもしれんな」


 後はスヴェンとイルゼだが、二人に内緒にしてくれと頼むとハンターになる為の手助けをしてくれと言われた。この二人はハンター志望だったようだ。


「駄目ですか?」

 イルゼがすがるような目で頼むので、俺は手助けする事を約束した。


「ミコト君、あまりモテないだろ」

 突然、山崎に指摘された。否定出来ないのが悲しい。

「女の子の頼みだからと言って、ほいほい承知していたら苦労するぞ」


「アマンダを少し鍛えるつもりだったんで、一緒に鍛えてやればいいかと考えただけですよ」

「……そういう事にしてやるよ」

 山崎は経験豊かな大人という感じである。戦闘以外では勝てそうになかった。


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