第310話 新しい神紋
人間一人がやっと下りられるくらいの狭い階段だった。二〇メートルほど下りると岩をくり抜いて作った広い部屋に辿り着いた。広さはテニスコートほども有る。
部屋に入ろうとした時、山崎が止めた。
「ここは『悪意の迷宮』だ。慎重に進んだ方がいい」
ベテランの山崎が言うのだ。ここは従った方がいいだろう。
三歩進んだ所に落とし穴の罠が有った。七歩進んだ所には天井から槍が落ちて来る罠が有り、十三歩進んだ所には炎が吹き出す罠が仕掛けられていた。
「罠の数が多いな」
山崎がボソッと呟いた。
「それだけ貴重な神紋が、あの向こうに有るんじゃないですか」
階段の反対側には魔導寺院の神紋の間にある扉とそっくりのものが有った。近付いて扉を調べてみる。『大地の上級神メラニクス』と書かれていた。思わず顔に笑みが浮かんだ。
「第四階梯の神紋なのか」
「何だと……それは本当か」
山崎は第四階梯神紋と聞いて驚いたようだ。第四階梯の神紋を手に入れた者は異世界の歴史でも多くは居ないのだから無理もない。
「扉に、大地の上級神メラニクスと書かれています。上級神ならば第四階梯の神紋である可能性が高い」
その言葉を聞いて、山崎は眼を輝かせ扉に手を当てた。しばらく待っていたが、扉は何の反応も返さなかった。残念ながら山崎に適性はなかったようだ。
「……駄目だったか。私もまだまだという事だな。ミコト君も試してみろ」
俺は扉に近付き、少し躊躇ってから手を伸ばしそっと触れた。その瞬間、扉の文字が輝いた。
「は、反応した」
山崎が一瞬悔しそうな顔をした。自分が駄目だったのに年下の俺が反応したのが悔しいのだろう。
「神紋を手に入れろ。そして、詳細を教えてくれ」
「判りました」
扉を開け中に入った。その時、自分の魔力が吸われるのを感じた。真っ暗だった六畳ほどの部屋の中、左側の壁が輝き始める。そこに神紋について説明しているエトワ語の文字が見えた。
この神紋は『
大地の深くには地脈と称するものがある。天から降り注いだ魔粒子が大地に染み込み、地下水のような流れ形成しているもので、それは膨大なエネルギーとなる。
『神行操地の神紋』は大地を流れる地脈を探し出し、その地脈に流れる魔粒子を魔力に変換し吸い寄せる事が可能なようだ。しかも、その膨大な魔力を使って地形を操る事さえ出来るらしい。
光っていた壁が暗くなり、反対側の壁が光り始めた。その壁には基本魔法と応用魔法が刻まれていた。
基本魔法は<
応用魔法は<
俺は壁に刻まれている説明文と付加神紋術式を記憶した。
右側の壁から光が失われていき刻まれている文字が見えなくなると、今度は正面の壁が輝き始めた。そこに浮かび上がったのは神紋付与陣。見た瞬間、身体が金縛りとなり動けないようになった。
神紋付与陣を形成している神意文字と神印紋が輝くと眼を通して頭の中に飛び込んで来た。『神行操地の神紋』が頭の中の神紋記憶域に刻まれる。
頭がギシギシと痛む。少しの間だけジッとしていると痛みも和らぎ動けるようになった。
少しふらふらしながら外に出ると山崎が待ちくたびれたという顔で扉の前に座っていた。
「どんな神紋だったんだ?」
素早く立ち上がった山崎が興味津々という様子で尋ねた。
「中に有ったのは『神行操地の神紋』というものでした」
「古書に書いて有った通り、第三階梯神紋だったのか。それとも第四階梯神紋だったのか?」
神紋の階梯を決める基準は、時代により変化している。古書が書かれた時代には地脈に流れる魔粒子を魔力に変換し吸い上げる技術は一般的に存在していたので、第三階梯神紋となっていたが、現在においては失われた技術であり、『神行操地の神紋』は第四階梯に分類される。
神紋の特徴を説明すると段々興奮して来るのが判った。
「とんでもない神紋だぞ。地脈の魔粒子を魔力に変え地形を変化させられるのなら、魔法で地震や津波、土石流なんかの自然災害も再現出来るという事じゃないか」
山崎は『神行操地の神紋』の基本魔法<大地操作>を攻撃魔法として使う事を想像しているようだ。俺は何か建設的な事に使えるんじゃないかと考えた。
一休みしてから階段を登って湖の島に戻った。扉から出て周りを見渡した時、辺りが嫌に静かなのに気付いた。
「何か様子が変だ」
「ミコト君も気付いたかね。もしかすると大物が近くに居るのかもしれん」
「どういう意味です?」
「この感じに覚えが有る。第一五階層でハグレの首長黒竜が出た時と同じだ」
「首長黒竜と言うとナイト級上位か……ワイバーンと同じだな」
動揺した様子のない俺を見て、山崎が首を傾げる。
「首長黒竜と聞くと大概のハンターは驚くか怯えるものなんだが、倒せる自信が有るのかね。……そう言えば、やけに切れ味のいい鉈を使っていたね。あれはワイバーンか何かの爪を使ったものなのか?」
俺は邪爪鉈を取り出した。
「こいつはバジリスクの爪で作った鉈です」
「バジリスクを倒した実績が有るのか。だが、その落ち着いた様子からすると……まさか、『竜の洗礼』を受けた案内人が居るという噂が有ったが、君なのか?」
俺が灼炎竜を倒した事実はJTGの理事クラスにしか知らされていないはずだ。それに理由は知らないが、『竜の洗礼』を受けた事実はJTGの機密事項にすると注意されていた。
取り敢えず、誤魔化す。
「まさか、俺も話を聞いた覚えが有りますが、単なる噂でしょ」
「……そうだな。『竜の洗礼』を受けた案内人が居るとすれば、豪剣士の伊達さんじゃないかと予想していたからな」
山崎の勘は鋭いようだ。
「取り敢えず、向こう岸に戻ろう」
山崎が水面を凍らせ、氷の上を渡って向こう岸に渡った。
「嫌な予感がしますね。早めに帰りましょうか」
俺がそういった時、凄まじい咆哮が山の背後から響いた。
「おいおい、この咆哮は首長黒竜じゃないぞ」
左側にある山の背後から巨人が現れた。
「ミノタウロス?」
俺は自信なさげに呟いた。
ミノタウロスとは身長五メートルの巨躯に牛頭を乗せた魔物である。トロールの一種だとかオーガの上位種なのではないかと言われる。
よく見ると迷宮のミノタウロスは金棒を装備しているようだ。
スヴェンとイルゼは泣きそうな顔で地面に座り込んでいた。山崎が青褪めた顔でミノタウロスを見ている。
「ミノタウロスのランクは何だった?」
「ビショップ級下位ですね。バジリスクなんかと同じですよ」
「逃げられると思うか?」
「俺と山崎さんだけだったら可能だと思います」
その時はスヴェンとイルゼを見捨てる事になる。俺が選んで連れて来た子供たちだ。そんな事が出来るものか。
山崎は一度目を閉じ心を決めたように声を上げる。
「ミコト君、出し惜しみは無しだ。全力で戦うぞ」
「おう」
ふと『神行操地の神紋』が使えるか試してみようと思い付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます