第309話 悪意の迷宮2

 山崎が呪文を唱えるのを聞き、彼が『竜の洗礼』を受けていないと判った。この迷宮の第三八階層にビショップ級中位の雷鋼竜が居ると聞いているが、まだ攻略していないのだろう。


 だが、山崎の攻撃魔法には見るべきものが有った。完全に制御された魔法は必要最小限の魔力で発動し歩兵蟻を倒した。彼の魔力制御は自分以上だと感じる。


 それからの山崎は凄かった。遭遇した魔物のすべてを一撃で仕留め、魔晶管だけを剥ぎ取った。因みに剥ぎ取る係りが俺である。


 ホブゴブリンの中にはメイジも混じっており、メイジの魔晶管の中には魔晶玉が存在した。

「ヤマザーキ様、凄いです」

 スヴェンとイルゼの尊敬を山崎は勝ち取ったようだ。


 気分を良くした山崎は快進撃を続け、階層の半分ほどまで進んだ時、何かを感じたのか皆を止めた。

「何か居る……アサシン蟷螂かもしれん」


 俺は<魔力感知>を使ってチェックした。通路の一部に崩れた箇所が有り、そこにアサシン蟷螂が潜んでいた。


 俺は邪爪鉈を握って近付き一閃する。人間ほどの蟷螂の頭がポロリと落ちた。通路の色と同化していた体表が元の緑色に戻り倒れた。


「わっ!」

 イルゼが驚いて声を上げた。

 山崎が近付いて来て、アサシン蟷螂の死骸を確かめる。


「よく判ったな。私でも正確な場所は分からなかったのに」

「修行の賜物です」

「そうか、君も伊丹氏に鍛えられたのだな。私も彼に会いたくなったよ」


 会うのは自由だが、修行したいとか言わない方がいいですよと忠告した。伊丹は熱中すると限界を超えた所まで鍛え上げるからだ。


 アサシン蟷螂から魔晶管と背中の上翅と呼ばれる外殻を剥ぎ取った。アサシン蟷螂の外殻は特殊な防具となるので高い値段で換金出来る。


 その後は問題なく進み、第五階層を攻略し下へ降りる階段を見付けた。第六階層は乾燥した荒野が広がっており、スケルトンとグールが襲い掛かって来た。


 スケルトンは問題なく倒したが、グールには参った。腐臭が酷く近付くと吐気がするほど臭かったのだ。ここは山崎に期待する。俺の<缶爆>や<魔粒子凝集砲>だと腐肉が飛び散りそうで嫌なのだ。


「<炎池>を使うから離れて」

 山崎が左手で鼻を摘んだまま言う。勇者の迷宮でもグールと遭遇したが、ここまで臭わなかった気がする。『悪意の迷宮』の特徴なのだろうか。


 『紅炎爆火の神紋』の応用魔法である<炎池>が放たれた。グールは炎に包まれ消し炭となった。山崎の攻撃魔法は派手さはないが、的確で効率的だった。


 第五階層を攻略した俺たちは、第六階層、第七階層、第八階層、第九階層と攻略し第一〇階層に到達した。


 この階層は草原の中に二つの山が存在するエリアである。魔物は足軽蟷螂や斑熊、オーガが棲息しているそうだ。


「ミコト君、見てみたまえ。山は二つしかないだろ」

 山崎の言う通り、山は二つしかなかった。

「そうですね」


「どうする。あの山を調べるか?」

 古書には三つ目の山とあった。元々有る二つの山は関係ないだろう。周囲の地形を一つずつ確認する。山と山の間にキラキラと輝くものが有った。


「あれは?」

 山崎に尋ねた。

「湖だ」

「あの湖には何かないんですか?」

「真ん中に島があるくらいで、他には何もないぞ」

 何故か湖が気になった。


「湖が気になるな。あそこに行ってみましょう」

「探しているのは山じゃないのか?」

「そうだけど、気になるんです」

 取り敢えず、湖に向かった。


 湖の畔まで来ると周りを調べた。湖は直径二〇〇メートルほどで澄み切った水で満たされていた。

「やっぱり、何もないじゃないか」

 山崎が湖を見回して言った。


 俺は湖の中央にある島に目を向けた。山とは言えない小さな島だった。

 水面に目を向けると近くの山が映っていた。

「山か……ん……もしかして」

 俺は水面に顔をつけ水中を見た。───山が有った。水中に聳える山だ。


「三つ目の山を発見した」

 その言葉に反応した山崎が水面に顔を突っ込んだ。

「なるほど……三つ目の山だ」


 三つ目の山は見付かった。問題はどうやって山の天辺である島まで行くかだ。その問題は、山崎が解決した。『凍牙氷陣の神紋』の基本魔法である<凍結>で水面を凍らせ道を作ったのだ。


 氷の道を歩いて島に渡る。

「きゃあ、滑る」

「アタッ、尻打った」

 騒ぐスヴェンとイルゼの二人と一緒に島に上陸する。


 湖の島は縦三〇メートル、横十五メートルの楕円形をしていた。中央には大きな岩があり、文字が刻まれているのを発見する。


『力を見せよ』

 岩にはそう刻まれていた。

「どういう意味だ?」


 俺が首を傾げていると、

「動かしてみろという意味じゃないのか」

 山崎が大岩に両手を添え押し始める。


「ウオオーッ」

 山崎が全力を出したようだが、大岩は一ミリも動かなかった。


「ふうう、やっぱり無理だな」

 俺はジト目で山崎を見て、

「いやいや、やってみる前に駄目だと判っていたでしょ。どう見ても三トンぐらい有りますよ」


「まあな……私の<爆炎弾>を叩き込んでみようか?」

「いえ、俺の攻撃魔法でバラバラにします」

 山崎が興味津々という顔で見守る中、俺は呪文の詠唱付きで<渦水刃>を発動する。詠唱なしでも発動出来るが、詠唱した方が魔力消費が少ないようなのだ。


 魔力が湖の水を吸い上げ回転させ円盤状の形状を作り上げた。結界が水に渦を包み込むと中の水が音速を超えて回転を始め渦水刃が完成する。その渦水刃を自在に動かし大岩をバラバラに切り刻んだ。


「ほう、凄い攻撃魔法だ。それがミコト君の切り札か」

 山崎はいいものを見たというように感心する。


 バラバラになった大岩をどけると地面に金属製の扉が現れた。扉の取っ手を持って開けると地下へ繋がる階段が姿を現す。

「行ってみましょう」

 俺は階段を下り始めた。


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