第308話 悪意の迷宮

 『悪意の迷宮』へ向かう途中、山崎が古代魔導帝国時代の古書に書かれていた中身を尋ねて来た。


「迷宮の第一〇階層に神紋が隠されていると言っていたが、あそこは二つの山があるほど広大なエリアだ。何か手掛かりがないと探し出せないぞ」


「古書には、『三つ目の山の頂に入口あり』と書かれてました」

 山崎が首を傾げた。

「三つ目の山だって……あそこには二つの山しかないぞ」


「でも、古書には三つ目の山と書いて有りましたよ」

「ふむ、直接行って確かめなければならないようだ」


 『悪意の迷宮』はトラウガス市に隣接する場所にあり、七メートルほどの高さが有る防護壁で囲まれた通路で繋がっていた。この通路は『探索者ロード』と呼ばれ、迷宮に行く者が必ず通る道だった。


 探索者ロードの入り口には分厚い鋼鉄製の扉が有り、八人の門番が警備している。クノーバル王国の迷宮はハンターギルドの正式メンバーなら入れるらしい。マウセリア王国のように三段目以上という制限はないそうだ。


 扉の周りには荷物運びの者たちが集まっていた。勇者の迷宮とは違い猫人族などは居なかった。全部が人族の子供や若者たちだった。魔導先進諸国は過去に猫人族を迫害した歴史が有り、全ての猫人族は周辺国へ逃亡していた。


「どうする。荷物運びを雇うかね?」

 山崎の問い掛けに、俺は荷物運びを希望する子供たちの顔を見た。キラキラした眼でこちらを見ている。


 その中にやせ細り顔色の良くない少女と少年が居た。

「そこの二人を連れて行きましょう」

 山崎は二人を見て笑う。

「ミコト君は優しいね」


 選ばれた二人は何度も何度も礼を言った。余程嬉しかったのだろう。少年はスヴェン、少女はイルゼという名前だそうだ。スヴェンとイルゼは背負子を担ぎ、俺たちの後ろを歩き始めた。


 門番にハンターギルドの登録証を見せ扉を潜り、探索者ロードを歩き出す。朝の早い時間なので迷宮から戻って来る者は少ない。だが、一組だけ疲れ切ったパーティが戻って来た。


「パーセルじゃないか。何処まで潜ったんだ?」

 山崎が声を掛けた。

「おう、ヤマザーキか。第二五階層で翔岩竜を狩って来た」


 ちょっと変な発音で山崎の名前を呼んでいるが、知り合いらしい。山崎はパーセルから少し情報を仕入れた。


 それによると第五階層にアサシン蟷螂が出たそうだ。アサシン蟷螂は人間大の蟷螂でカメレオンのように体表の色を変える事が可能であり、薄暗い迷宮の中だと眼では発見出来ない。


 アサシン蟷螂の攻撃手段は背後からこっそりと忍び寄り、ハンターの首を狩るというものでハンターからは恐れられている。


 山崎が先頭に立ち進み迷宮に入る。第一階層は草原エリアだった。ここで遭遇する魔物はスライム、跳兎、陰狼である。小さな丘が点在する地形で広さは三キロ四方ほどある。


 そんなエリアにハンターたちが狩りをしている姿が見える。若く未熟なハンターたちのようだ。

「アマンダを鍛える為に、連れて来るのもいいな」

 俺の独り言が耳に入ったのか、山崎が忠告する。


「連れて来るのはいいが、ここは『悪意の迷宮』だ。思わぬ魔物や罠が仕掛けられている事もあるから、気を付けるように注意するんだな」


 ここの迷宮も階層ごとに遭遇する魔物の種類が固定されている。だが、『悪意の迷宮』にはハグレと呼ばれる魔物が居た。ハグレは階層に関係なく出る魔物なので、第一階層なのにナイト級の魔物と遭遇する危険が有るのだ。


 山崎は慣れた場所なので迷いなく進んで行く。所々に『悪意の迷宮』らしい辛辣な罠が有ったが、ベテランである山崎の警告で無事に切り抜けた。


 一〇分ほど進んだ頃、陰狼の群れに遭遇した。五匹の陰狼が近付いて来るのを見て、スヴェンとイルゼが怯える。


「心配するな。私の魔法で全滅させてやる」

 山崎が頼もしい言葉を発し神紋杖を抜いた。俺は慌てて止める。

「陰狼くらいなら俺だけで大丈夫です。無駄に魔力を使うのは止めましょう」


「ほう、自信が有りそうだ。お手並みを拝見させて貰うよ」

 俺は邪爪鉈を抜き陰狼目掛けて走り出した。出会い頭に先頭の狼に一撃を加える。狼の頭がかち割れ血飛沫が上がる。


 二匹目が襲い掛かって来た。舞うように攻撃を躱し、そいつの首に回し蹴りを叩き込み骨を折る。三匹目は邪爪鉈を右に薙ぎ払い首を飛ばす。四匹目は邪爪鉈を狼の顔面に叩き込み切り裂いた。


 最後の陰狼が脇をすり抜けてスヴェンたちのほうへ行こうとする背中に邪爪鉈の刃を滑り込ませ撫で切った。数秒の間に戦いは終わった。

 スヴェンとイルゼが呆気に取られたような顔をして、こちらを見ている。


「さすがだね。次は私が倒すよ」

 山崎が腰に吊っている小剣を叩いた。その小剣を使って魔物を倒してみせると言っているらしい。だが、その小剣は魔導剣であり、使うと魔力を消費するそうだ。


 それを聞いた俺は小物の始末は、自分が行なうと申し出た。

「このくらいの魔力消費なら問題ない」

「いや、通常なら前衛に任せているのでしょ。俺が始末します」


 陰狼程度なら何匹だろうと問題ない。ただ襲って来る魔物が多過ぎて剥ぎ取りが面倒だった。

「山崎さん、ポーン級の魔物は剥ぎ取りなしで進みませんか?」


「私はいいが?」

 山崎は後ろを歩いて来るスヴェンとイルゼを見た。スヴェンとイルゼの収入は剥ぎ取った素材の価値に直結している。


「スヴェンとイルゼには剥ぎ取った素材に関係なく銀貨一枚ずつを保証する。どうだ?」

「銀貨一枚……」「本当ですか?」

 俺が約束すると二人は承知した。


 第一階層を最速で攻略した俺たちは、第二階層に下りた。この階層に住み着いている魔物はゴブリンと鬼熊ネズミである。この階層も邪爪鉈だけで魔物を倒し駆け抜け、第三階層、第四階層では鎧豚や赤目熊を薙ぎ倒して抜けた。


 第五階層に下りた俺たちは慎重に進み始めた。この階層は通路が迷路のようになっているエリアで、薄暗い通路を山崎の案内で右へ左へと進む。


 ここに居る魔物はホブゴブリンと歩兵蟻である。ホブゴブリンの中には魔法を使う奴もいるので、これから先は山崎にも戦闘に参加して貰う事にした。


「やっと出番が来たか」

 山崎は見守るだけの戦いに物足りないものを感じていたらしく張り切り始めた。


 五分ほど歩き、十字路に辿り着いた時、歩兵蟻と遭遇した。山崎は呪文を唱え<氷槍>を放ち歩兵蟻を仕留めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る