第307話 クノーバル王国2
クノーバル王国の国土面積は小さいが、魔導先進国の一つなので国土開発が進んでいる。マウセリア王国の場合は、魔物の住処の中に人間が暮らす町がポツポツ在るという感じだが、クノーバル王国の半分ほどが魔物が存在しない土地となっており、広大な耕作地が存在する。
とは言え、国境付近の風景はマウセリア王国と大して変わらなかった。だが、首都の在る東南へ道を進むと万里の長城のような防壁が見えて来る。
この防壁の内側が魔物が居ない場所だった。防壁の門を潜り内部に入った途端、行き交う人々の数が多くなった。
「この国は牧畜が盛んなようね」
牧場が幾つか在るのを見て、アカネが呟く。
育てている牧畜は牛や羊が多いようだ。魔物の心配をしなくて良いからなのか牧畜たちものんびりと草を
「こんな場所だとハンターの数は少ないのかな」
「JTGの資料にあったけど、この国には三つの迷宮が在って、ハンターはその迷宮の近くに住んでいるらしい」
「案内人の山崎さんもそうなの?」
アカネの質問に俺は頷き、
「山崎さんは『悪意の迷宮』近くに在るトラウガス市を活動拠点にしているそうだ」
トラウガス市は国境から馬車で二日ほどの距離にある街で、迷宮都市に匹敵する広さと人口がある。俺たちは途中の小さな町で一泊した後、次の日にトラウガス市へ到着した。
ハンターギルドへ行き、山崎の活動拠点が何処か教えて貰う。そこは『魔導練館』と呼ばれる施設で、魔法を研究する者が集う場所らしい。
魔導練館に辿り着き、大声で人を呼んだ。間もなくしてアマンダと同年代の金髪少年が出て来た。
「俺はミコトという者だが、仙崎さんは居ますか?」
「仙崎先輩なら、迷宮に行っています。明後日には戻ると思います」
持って来た仙崎の装備は弟弟子らしい少年に預けた。
俺たちは魔導練館で少し休憩し宿をどうしようか相談した。魔導練館は研修センターのような施設だった。宿泊施設と教室、研究室のような部屋があり、魔法の訓練場のような場所もある。
俺たちがロビーで寛いでいると三〇代後半の男性が近付いて来た。黒髪黒目で彫りの浅い顔、日本人である。
「ミコト君だね。案内人の山崎だ」
山崎は身長一七〇センチほどの鍛え上げられた身体の持ち主で、一角の人物らしい風格が有った。
「はじめまして、ミコトです」
俺はアカネとアマンダも紹介した。
「仙崎が世話になったようだね。感謝するよ」
「いえ、仕事ですから」
「仙崎は伸び悩んでいたので、環境を変えれば解決するかと思ったのだが、思っていた以上に成長したので喜んでいるよ。……ただ鍛えてくれた伊丹氏の名前を出すと、怯えたというはちょっと違うな。顔を強張らせるんだが、そんなに怖い人なのかね?」
俺は伊丹に短期間で鍛え上げるように頼んだのだが、その期間が短すぎて苦労したと聞いている。
「怖い人ではないんですが、短期間に鍛える為に少し無理したようです」
「そうだったのか……だけど、三回ほど五年前に死んだお祖母さんが、お花畑でおいでおいでしている光景を見たとか言っていたよ」
俺の背中に嫌な汗が吹き出した。どんな鍛え方をしたんだろう。
山崎は有名な案内人にしては意外に腰の低い人だった。
「そう言えば、仙崎さんから聞いたんですけど、古代魔導帝国時代の古書を解読し、神紋について新たな発見をしたとか」
山崎は顔を顰める。
「あいつ、そんな事まで話したのか」
「秘密にしていたんですか?」
「いや、秘密という訳ではないんだが、研究途中で発表する段階にはないんだ」
「良ければ、その古書を見せて欲しいんですけど……駄目ですか?」
山崎が苦笑した。その笑いを見て、言葉を付け足す。
「タダとは言いません。適切な金額なら支払います」
山崎が首を振った。
「いや、金では駄目だ。私の知らない魔法の情報となら考えよう」
山崎は幾つかの神紋を上げ、それらの応用魔法の情報なら欲しいと言った。
たぶん山崎自身と弟子たちが持つ神紋を上げたのだろう。但し第三階梯神紋が入っていないので、自分が持つ第三階梯神紋は除外しているようだ。切り札として秘密にしているのだ。
山崎が上げた神紋の中に『流体統御の神紋』が有った。
「『流体統御の神紋』の応用魔法はどうです?」
「いいだろう」
山崎が即答した様子から、彼自身が『流体統御の神紋』を所有しているのかもと思った。
「もしかして『流体統御の神紋』を」
「バレたか」
「実は俺も『流体統御の神紋』を持っているんですよ」
「おいおい、そんなに簡単に教えていいのか?」
「『流体統御の神紋』の応用魔法を教えると言った時点で、俺が所有していると予想が着いたんじゃないですか」
「まあな」
俺は『流体統御の神紋』の応用魔法<飲水製造><水刃><旋風鞭>を教える事にした。どんな魔法か山崎に伝えると、目を輝かせ魔導練館に泊まるよう勧めてくれた。
その夜は魔導練館に泊まり、次の日から応用魔法の伝授を始めた。応用魔法の付加神紋術式を教えると、約束通り古代魔導帝国時代の古書を渡され読み始める。
その古書はエトワ語で書かれており、知識の宝珠によりエトワ語を習得している俺には簡単に読めた。中身は古代魔導帝国時代末期の神紋について書かれた研究書で、珍しい神紋について記述されている。
その中で興味を引いたのは、『悪意の迷宮』の第一〇階層に珍しい第三階梯神紋が隠されていると記述されていた箇所だ。
具体的にどんな神紋なのかは記述されていないが、『悪意の迷宮』にしか存在しない神紋らしい。
夕食を終えた後、魔導練館のロビーでアカネとアマンダを含めた三人でクノーバル王国の印象を話している時、アカネが古代魔導帝国時代の古書について尋ねた。
「神紋に関する研究書なんだけど、この大陸の各地に存在した珍しい神紋を纏めたものらしいんだ」
「へえ、クノーバル王国には何かないの?」
アカネに『悪意の迷宮』の神紋の件を教える。
「へえ、興味深いですね」
「どんな神紋か確かめたいんだけど、いいかな」
「『悪意の迷宮』に潜るの?」
「ちょっと行って、神紋を確かめて来る」
その時、背後で気配が生まれた。
「話は聞かせて貰ったよ。……私も一緒に行こう」
唐突に現れた山崎に驚いた。寛いでいたので隙は有ったのだが、それでも気配に気付かなかったのは、意図的に気配を絶ち聞き耳を立てていたのだろう。
「盗み聞きとは良くない趣味ですね」
俺が非難する。
「済まん、クノーバル王国について話しているのが聞こえて興味を持ったのだ」
神紋の情報は、元々山崎所有の古書から仕入れたものだ。解読が進めば、山崎も手に入れたであろう情報なので、知られたからといって問題はなかった。
翌朝、迷宮へ行く準備をしていると、山崎が現れた。コカトリスの革製らしい鎧と神紋杖を持ち、腰には脇差しくらいの剣を吊るしていた。
「迷宮に行くのは、君だけなのかね?」
「アカネさんとアマンダは、買い物に行くそうです」
アマンダは迷宮に挑戦するには力不足なので、アカネと一緒に留守番である。アカネはクノーバル王国の産物を調べると言っていたので、アマンダを荷物持ちにして歩き回るつもりのようだ。
「二人だと前衛が不足だな。誰か呼んで来ようか?」
「いえ、第一〇階層までしか行きませんから、二人で十分ですよ」
俺と山崎は『悪意の迷宮』へ向かった。
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