第306話 クノーバル王国
アマンダは改造型飛行バギーがヴァスケス砦ではなく南に在るルゴス大湿原へ向かっているのに気付いて声を上げた。
「ミコト様たちはクノーバル王国へ行かれるのではないんですか?」
「そうだ。但し、魔導先進国に向かう前にルゴス大湿原近くに居る
俺が答えるとアマンダが首を傾げる。
「大鎧蛙の素材が必要になったんですか?」
アカネが笑い、俺の代わりに答える。
「アマンダは『魔力袋の神紋』を授かってから一ヶ月くらいだと言っていたでしょ」
アカネは『魔力袋の神紋』を授かって一ヶ月以内に、濃密な魔粒子を浴びる事がハンターとして成長する為には必要なのだと教えた。
「私の為なんですね。ありがとうございます」
理解したアマンダは嬉しそうに笑って感謝の言葉を口にする。
改造型飛行バギーがルゴス大湿原近くの池に到着すると、俺たちはバギーから降り徒歩で池の周りを回り始めた。俺はアマンダの武器が剣鉈であるのに気付いてニヤッと笑った。
「何を笑っているの?」
アカネが俺の笑いに気付いて尋ねた。
「アマンダの武器も鉈だって気付いて、嬉しくなったんだよ。俺以外で鉈を使っているハンターはほとんど居ないから」
「アマンダは昔から剣鉈を使っていたの?」
アカネが確認するとアマンダが頷き、二年前から使っていると答える。
「剣鉈の他には、ウサギを狩る飛び道具としてボーラも使ってます」
「へえ、ボーラか珍しい武器を使っているのね」
池の水は植物性のプランクトンが繁殖していて濃い緑色をしていた。少し生臭い臭いが漂ってくる。
アシに似た水草が生い茂り、所々に浮き草のようなものが漂流している。突然、水音がして巨大な雷魚のような魚が水面から飛び上がり姿を見せた。
「デカイ魚ね。美味しいのかしら」
「どうだろ……こんな環境にいるんじゃ、生臭い気がする」
アマンダは池のあちこちをキョロキョロと見ている。
「アカネ師匠、本当にここに魔物が居るんですか?」
魚が飛び跳ねる以外は静かな池だった。アマンダが疑問に思うのは無理もない。
「ハンターギルドの資料によれば、居るはずなんだけど……どうしましょうか?」
水の中だと<魔力感知>が使えないので魔物が居るかどうか確かめられない。ちょっと手荒な方法になるが、<缶爆>を使って魔物を炙り出そうと考えた。
「耳を塞いでいろ。<缶爆>を池に投げ込むぞ」
俺はビール缶ほどの<缶爆>を魔法で作り、池に投げ込んだ。その<缶爆>は時限信管になっており、池に着水して五秒後に爆発した。
強烈な爆音が響き渡り、緑色をした水が上空に舞い上がる。その水飛沫が落ちて来る前に、池の中から巨大なカエルが飛び出した。牛に匹敵する大きさのカエルだ。
姿を見せたのは大鎧蛙だった。普通のカエルの皮膚は柔らかいものだが、大鎧蛙の皮膚は鋼鉄の甲冑並みに強靭で、その皮膚で革鎧を作るハンターも多い。
「うわっ!」
飛び出した大鎧蛙に驚き、アマンダが叫び声を上げた。そして、少し離れた場所に大鎧蛙が着地するのを目にして、顔を青褪めさせる。
「こ、こんな化け物をどうやって倒すの?」
大きさ自体はクレイジーボアより小さいが、大鎧蛙の方が体高が高いので、アマンダにはクレイジーボアより大きく見えたようだ。
「心配無用よ」
アカネが『天雷嵐渦の神紋』の応用魔法である<雷槍>を大鎧蛙に放った。第三階梯神紋の<雷槍>はかなりの威力を示し、一撃で大鎧蛙を麻痺させた。
麻痺だけで済んだのは、大鎧蛙の丈夫な皮膚が威力の大部分を弾き返した所為である。これがクレイジーボアなら、今の一撃で心臓が停止していたはずだ。
大鎧蛙は眼だけは動くらしく、焦ったようにギョロギョロと動かしている。アカネは大鎧蛙に駆け寄ると邪爪グレイブの斬撃を巨大カエルの頭に叩き込んだ。バジリスクの爪が巨大な頭に喰い込み脳を破壊する。
バタリと倒れた大鎧蛙の死骸から、濃密な魔粒子は放出され始める。
「アマンダ、こっちへ」
アカネはアマンダを呼び寄せ、濃密な魔粒子を吸収させる。初めて濃密な魔粒子を吸収するアマンダは顔を赤くさせながら、濃密な魔粒子が身体中の筋肉細胞を刺激するのに耐える。
魔粒子の放出が終わった後も、アマンダは大鎧蛙の死骸を見詰めボーッとしていた。
「どうしたんだ?」
俺が心配して尋ねると。
「大鎧蛙って、帝王猿やトロールと同じナイト級下位の魔物ですよね」
「そうだけど、それが何?」
「ナイト級下位ですよ。凄く強い魔物なんですよ」
アカネが強いはずの魔物をあっさり倒したので、衝撃を受けたようだ。
「話している途中悪いんだけど、あれはどうするの?」
アカネが大鎧蛙を指差した。俺は皮と魔晶管を剥ぎ取り、残った肉からロース部分を切り取った。それを見たアカネが眉をひそめ。
「大鎧蛙の肉は固くて美味しくないと聞いたわよ」
「毒がないなら試してみようよ」
食べてみたら美味しいかもしれない。俺は期待して焚き火を起こし薄く切ったカエル肉を炙って塩を振ってから食べてみた。
かなり力を入れないと噛み切れないほど固く、肉からは何とも言えない独特の味がして、それが口の中に広がる。食えないほど不味いとは言えないが、もう一度食べたいとは思えない味だ。
「どんな味なの?」
アカネとアマンダも興味が有るようで、味を知りたがった。
「複雑な味だ」
「それじゃ分からないわよ」
俺は無言でカエル肉を切り分け炙って二人に渡した。
その肉を食べた二人は何とも言えない顔をする。
「やっぱりギルドの情報は正確だというのが判ったわ」
俺は肩を竦めた後、カエル肉を池に放り投げた。
取り敢えず目的は達成したので、旅を再開した。今度こそヴァスケス砦へ向けて出発し、その日の夕方に到着した。
俺は改造型飛行バギーをヴァスケス砦の格納庫に預けた。
モルガート王子に空巡艇の操縦法を教えている時、クノーバル王国を訪ねる事を伝えると、最新式の機能が搭載されている改造型飛行バギーに乗って魔導先進国のクノーバル王国を訪れるのは、危険だと言われた。
魔導先進国では改造型飛行バギーの価値を見抜き、何とか手に入れようとする者が必ず出て来るそうだ。
俺はなるほどと納得した。モルガート王子はヴァスケス砦の格納庫を使えるように手配してくれた。
因みに魔導飛行船レースに出る空巡艇は大丈夫なのかとモルガート王子に尋ねると、警護の兵士を付けるから大丈夫だと教えられた。
ミズール大真国へ行った時は、街をほとんど素通りしていたので危険な目には遭わなかったが、次からは気を付けなければならないと思った。
俺とアカネ、アマンダの三人は小型の馬車に乗って国境線に向かった。この馬車と馬はヴァスケス砦で借りたものだ。これもモルガート王子が手配したらしい。
「これだけの心配りが出来る人物なのに、何故オラツェル王子が関係すると見境がなくなるんだろう」
「毒殺されかけた事が影響しているんじゃないの」
俺とアカネが話していると御者台に居るアマンダがもうすぐ国境だと教えてくれた。クノーバル王国との国境線には関所みたいなものが有り、国境門と呼ばれている。
この国境門を通過する時には身元を証明するものと入国税が必要となる。身分証はハンターギルドの登録証を見せ、俺が入国税を纏めて払った。
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