第301話 惨劇のゴルフ場2

 薫が鉄頭鼠と戦い始めた頃。

 群馬の山岳付近を軍用ヘリで捜索していた自衛隊に、山梨のゴルフ場に鉄頭鼠が現れたと知らせが入った。


 軍用ヘリの操縦者は急行すると無線で返答し、ヘリの速度を上げ山梨の方へ向かう。ゴルフ場の上空に到着すると、全開にしたドアから銃架に載せられた重機関銃が外に向け突き出された。


 ヘリの中で、轟木一等陸曹が重機関銃を抱えゴルフ場を見下ろした。一番ホールで魔物が暴れたらしく、ティグランドが血の海となっている。


「クソッ、群馬に魔物が現れたというのはガセだったのか」

 群馬の山林で魔物に殺されたと思われる鹿の死骸が発見されたという情報が届き、捜索隊の大部分が群馬を中心に展開していた。


「気を付けろ、近くに居るはずだ」

 一番年長の三木原陸曹長が注意を促した。軍用ヘリは低空で一番ホールの周りを飛行し始めた。


 その直後、林の中から大きなネズミ型の魔物が現れた。

「魔物だ。轟木、狙え」

 轟木一等陸曹は急いで重機関銃の照準を鉄頭鼠に合わせる。


「撃て!」

 重機関銃から連射された銃弾は、鉄頭鼠の丈夫な毛皮を貫き体をズタズタにした。特別な個体である特異体だとしても、元が最も弱い部類の鉄頭鼠だったので、重機関銃の連射には耐え切れなかったようだ。

「おっ、もう一匹、飛び出して来たぞ」


 鉄頭鼠が重機関銃の弾丸によりボロ屑のようになるのを、薫は林の中で確認した。

「思っていた通り、自衛隊の人がいい仕事してくれた。私が倒すと後が面倒になりそうだったから、良かった」


 <豪風刃>で作った地面の傷跡や鉄頭鼠が流した血を落ち葉で覆い隠し、他の林の中に残った戦闘の痕跡を適当に消す。


「証拠隠滅完了」

 これが殺人事件なら鑑識が徹底的に調査し、こんな偽装工作など見破るだろうが、今回に限っては調べないだろうと薫は予測していた。


 軍用ヘリがフェアウェイに着陸するのを見てから、二番ホールの方から遠回りしてクラブハウスに戻った。クラブハウスでは怯えた人々が、窓から外を見詰めている。


「カオル、大丈夫だったの?」

 由香里たちが薫を見付けると駆け寄って来た。

「ええ、上手く逃げたから大丈夫だった」


「良かった。心配したのよ」

 佳苗と照美もそうだというように頷いた。彼女たちはクラブハウスに戻るとすぐに警察に電話したようだ。


 ホッとして魔物の事が気になったのか、彼女たちがクラブハウスに逃げ込んだ後の事を知りたがった。

「あの後、女子プロの人が魔物に殺されそうになっていたから、助けて上げたのよ」

「どうやって?」


 由香里には想像が付かなかったようだ。

「ドライバーで魔物の頭をぶん殴ったの」

 三人が呆れたような顔をした。

「カオルが何で生きているのか不思議だよ」


 そんな事を話していると何だか喉が渇いて来て、食堂に行こうと誘った。

 三人も同意したので食堂に向かう。


 ティグランドでは怪我人の応急処置をしている人たちも居たのだが、十分な人手があり手助けは必要なさそうだった。これが伊丹なら治療が可能なのだが、残念な事に薫では包帯を巻くくらいしか出来ない。


 食堂に入った途端、緊迫した空気を感じて戸惑った。

 入り口の近くに居たおじさんに薫が尋ねる。

「どうかしたんですか?」


 おじさんが掠れた声で。

「み、見ろ。魔物だ」

「えっ」

 薫たちはおじさんの視線の先を見た。


 テーブルの上に出目兎が座って、テレビを見ていた。

 よく見るとサラダとリンゴを交互に食べながら、美味しそうにビールも飲んでいる。


「何でビールなんか飲んでるのよ」

 由香里が驚いて声を上げた。


 その声に反応し、出目兎がこちらに視線を向け人間だと判るとゲップをしてからテレビに視線を戻した。

「完全に人間を舐めているわね」

 薫が感想を言うと照美が頷いた。


「助けを呼んで来る」

 そう言うとおじさんが食堂を出て行った。自衛官にでも助けを求めるつもりなのかもしれない。


 薫は相手が出目兎なのを知って気が抜けた。ウサギにしては大きく、顔もヤクザ顔だが、魔物ではなく異世界の動物だと知っていたからだ。


「そう言えば、ミコトが出目兎には気を付けろと言っていたけど、何でかな」

 その独り言を由香里がしっかりと聞いていた。


「なになに、ミコトって誰よ?」

「ちょってぇ・・した知り合いよ」

 薫が少し慌てて噛んだのに気付いた由香里が面白そうに笑った。


 突然、二十歳ほどの男がスマホを手に持って食堂に入って来た。ちょっと軽薄そうな若者である。

「本当に居たよ。ウサギの魔物だ」


 出目兎は魔物じゃないと訂正するのも面倒臭かったので、薫は黙って見ている事にした。男はスマホで撮影を始めた。スマホを構えながら無造作に出目兎へ近付いて行く。

 この時、薫は何か起こると予感がした。


「ねえ、由香里はスマホを持ってる?」

「持ってるよ」

「だったら、あの人と出目兎を撮影しといてよ」


「いいけど、何で?」

「ハプニングが起こりそうな予感がするの」

 由香里は納得はしていないようだったが、スマホを取り出すと出目兎に向けた。


 相手を魔物だと分かっているのに、男は警戒する事なく近付く。

「へい……ウサギちゃん、テレビが好きなのか。おお……ビールも飲んでるよ」

 その様子を見た厨房の料理人が警告した。


「危ないぞ。そいつは魔物なんだろ」

「大丈夫さ、大きなウサギってだけだよ」

 本物の魔物だったら、襲われて怪我している所である。


「よしよし、リンゴでも食べるか」

 テーブルに置いてあったリンゴを手に取ると出目兎に差し出した。

 その時、呑気にテレビを見ていた出目兎の目付きが鋭くなった。


 そのリンゴは出目兎が集めてテーブルの上に置いたものだった。

「ブモッ」

 警告の鳴き声を上げた出目兎は、男を睨んだ。


「要らないのか、美味しいぞ」

 男はちょっとだけリンゴを齧ってから、出目兎に差し出した。


 出目兎はテーブルを蹴るとフライングヘッドバットを敢行した。全体重を乗せた頭突きが、男の股間に突き刺さる。


「げっ」

 男はスマホを取り落とすと呻きながら股間を押さえ膝を突いた。


 出目兎の攻撃は終わってはいなかった。苦しんでいる男の顔に飛び掛かり、強力な後ろ足で顔面を蹴った。


「うわっ、凄い。プロレスラー顔負けのドロップキックよ」

 薫の声が響くと同時に、男は鼻血を出しながら仰向けに倒れた。


「ブモッ」

 一声鳴いた後、出目兎は落ちたリンゴを拾い上げ、開いている窓から外に出て行った。

 後日、薫は出目兎を捕まえなかった事を後悔する事になるのだが、この時は面白い動画が撮れたと喜んだ。


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